素直さの影響
それは、ニナにとって大冒険だった。
辺境伯領首都の治安はいい。メリダの店やプティ・ブティがある辺りはなおさらのことだ。10歳に満たない子どもだって昼間は自由に走り回っている。
それでも、ニナが自発的に動き回ろうと思えたことが、ヒースクリフを待たずに動けたことが、ニナにとっては大きな一歩だった。
夕方にギルドの食堂について、いつもの席でココアを頼んだ。そうやって一息ついたとき、ニナは自分の意志で何かが欲しいと動き回れたことに気が付いた。
とても、誰かに話を聞いてもらいたいと思った。
「あ、ニナじゃん。ただいま」
そう思っているところに、丁度よくジェシカがやってきて、当たり前にニナの隣に腰掛けた。
「ジェシカさん、おかえりなさい」
ニナの顔を見て、ジェシカはぷっと吹き出した。頬を赤らめて口を開いているニナは、とてもわかりやすく話を聞いてほしそうな顔をしていた。
「何、なんかいいことあった?」
「はい……!」
ニナは目を輝かせて、今日の出来事をジェシカに話した。アルに指名依頼を出したこと、メリダがとても親身になってくれて嬉しかったこと。マダムが頼りになってすごかったこと、次々に持っていないものを言い当てられて驚いたこと。
ジェシカは喜んで語るニナの話を相づちを打ちながら聞いていたが、いつからかニナをぼんやりと見つめて口をつぐんでいた。
「……あんたってさ、なんか、いいよね」
ニナの話が途切れると、頬杖をついて黙っていたジェシカがニナを見つめながら言葉をこぼした。
「いい、ですか?」
「うん。『嬉しい』とか『たのしい』とか、素直に口にだすとこ。そういうの、いいよね」
ジェシカはそう言うと、うーんと声を出しながらぐっと背伸びをした。
「なんかあんた見てたら、意地はってる自分がばかばかしくなってきた」
ジェシカはよし、と気合を入れて立ち上がった。
「ねえ、あたし今から素直になってくるからさ、応援してよ」
「はい!あの、応援します!」
ジェシカは優しい顔できれいに笑って、他のテーブルに向かって歩き始めた。
ニナの応援を背にジェシカが向かった先にいたのは、他の冒険者たちと打ち合わせしながら呑んでいるライノだった。
「あのさあライノさん!」
「おう、どうしたジェシカ」
ライノは突然大きな声を出して名前を呼ぶジェシカに、何事かと振り返った。
「あたしライノさんが好きなんだけど!」
突然ギルドの食堂に大声で響き渡った告白に、ライノはむせ返って咳き込んだ。
「ぶはっぐっごほっ……おま、お、何、な、いきなり何言ってんだよ!?」
「あたし本気なんだけど!ずっとずっと前からずっと本気でライノさんが好きなんだけど!!」
静まり返った食堂に、さらに大きな声が響き渡った。食堂にいる者も、受付カウンターの方にいる者も、みんなあっけに取られてライノとジェシカの方を向いていた。
「ば、ばかやろう!」
ライノは焦り切って立ち上がり、ジェシカの腕をつかんだ。
「こんなとこで言うやつがあるか!!」
「だってこんなとこでもなきゃ、本気にしてもらえないじゃん!」
「ば……っちょっとお前こっち来い!!」
ライノは周囲を見渡し、慌てふためきながら、ジェシカの腕を引っ張って足早にギルドを出ていった。
静まり返ったまま全員がそれを見送り、しばらくしてからどっと爆発したように歓声があがった。
意味もなく大声をあげるもの、頭を抱えてショックだ、ジェシカさんと叫ぶもの、指笛を鳴らすもの。そのうちに誰かが賭けまでやり始めた。
ライノが落ちるか落ちないか、さあ張った張ったと声が張り上げられ、それに応じるものたちの金が飛び交った。
「え……なんの騒ぎ?ニナこれどうしたの?」
何も知らないヒースクリフが帰ってきた。ヒースクリフは面食らいながらニナに近寄り、そっとニナに問いかけた。
「よくわからないんです。ジェシカさんがライノさんに『好き』と言って、それからこうなんです」
ニナもこの騒ぎに面食らって、戸惑いながらヒースクリフにこたえた。
ジェシカがライノのことを『好き』なのは、当たり前のことではないのかとニナは思っていた。ニナにはまだ、恋愛というものがわからなかった。
「そっかあ……」
ヒースクリフは呆然としながら周りを見渡し、ニナを振り返って顔をほころばせた。
「そっか、ジェシカがんばったんだなあ。うまくいくといいね」
ヒースクリフはまだよくわかっていないニナの頭を撫で、ジェシカの勇気を応援した。








