頼りになる人
残念なことに、メリダの店で保冷カバンの魔術具は取り扱っていなかった。
一般家庭にも普及している大型の保冷庫ならまだしも、小型で持ち運べるものとなれば高級品だ。
メリダから、ヒースクリフなら取り扱い先の心当たりがあるんじゃないかと言われたが、ニナにはひとり、欲しい品の取り扱いでとても頼りになる人に心当たりがあった。
マダムだ。
メリダの店で買い物を終えて、厨房の片隅に荷物を置かせてもらってもまだ日は高かった。
今日は料理を学ぶ日ではない。夕方まではまだ時間があった。
「…………ネビィちゃん」
ヒースクリフを待ったってよかった。ヒースクリフを待って、相談してからだって十分間に合う。まだ肉の調理を教わり始めたばかりで、保冷カバンを買っても使うのはもう少し先だった。
「プティ・ブティに行きたいんですが、一緒に行ってくれますか?」
「構わぬよ」
それでもニナは、はやる気持ちを抑えきれなかった。
「まあ、ニナ様。どうかなさいましたか?」
ニナがヒースクリフと一緒ではないことに、マダムは驚きながらニナを迎えた。
「あの、欲しいものがあって、マダムなら知っているんじゃないかと思ったんです」
「かしこまりました。喜んでご相談にのらせていただきます」
ニナは勢いに任せてここまで来たものの、突然押しかけては迷惑だったかもしれないと口ごもりそうになったが、マダムは微笑んで即座に頷いてくれた。
ニナはほっとして、マダムはやっぱりすごい人だと思い微笑み返した。
「持ち運べる、保冷カバンがほしいんです。魔術具だと聞きました」
「承りました。幸い心当たりもございます。お時間はいただきますが、必ずニナ様に丁度よいものをご用意いたしましょうね」
やっぱり、マダムはとてもすごかった。
「……ニナ様、今お時間はございますか?」
「はい、夕方までにギルドに戻れば大丈夫です」
ニナは、どうしたのだろうと首をかしげながらマダムに答えた。
「それはようございました。あちらで掛けて、少しお話をいたしましょう。保冷カバンの他に、ニナ様に必要なお品があればご用意いたします」
マダムはずっと、ニナがポケットに大銀貨をいれていることが気になっていた。財布やポシェットは用意したが、ぜったいにそれだけではないと確信している。間違いなく、マダムの見えないところでニナの生活には足りないものが山ほどあるはずだった。
「日々の生活の上で、何かご不便におもっていらっしゃることはございませんか?」
応接セットに腰掛けて、マダムはニナに問いかけた。
ニナはマダムの問いかけに真剣に考え込んで、そしてひとつ思いついた。
「あの、お金をしまうものがほしいと思います。お財布にいれない、部屋に置いておくものです」
ニナは給料をもらって、それをそのまま引き出しに入れていた。お金はすごいものだと思っている。それなのに、じゃらりと引き出しに入れておいていいのだろうかとニナは常々考えていた。
ニナの毎月の給料は破格だ。その上ニナにはギルドの食堂でココアを飲むくらいしか使い道がなかった。
今日になってようやく調理道具を揃えたり、こうしてマダムに相談したりしたものの、給料はほとんどそのまましまわれている。それは大銀貨60枚以上もの大金になっていた。
なるほどとマダムは頷いた。
「貴重品をしまう箱をご用意いたしましょう。鍵がかかるものと、かからないもの。魔力を登録して、登録者以外が開けられなくなるものもございます。どれがよろしいですか?」
「ええと、鍵はいらないと思います。ちゃんとしまえたらいいです」
そもそもあの家にはヒースクリフとニナとネビュラしかいない。そしてそれ以外の者は立ち入ることもできなかった。
「かしこまりました。ニナ様、鏡はお持ちでいらっしゃいますか?」
「鏡……そういえば、ないです」
マダムは貴重品入れもないなら鏡もドレッサーもないだろうと踏んだ。その推測は当たっていたし、ニナには鏡を見る習慣がないので誰もそのことに気をとめなかった。
なるほど、なるほどとマダムはまた頷いた。
「机に立てかけられる鏡をご用意いたします。ニナ様、お求めいただいたカチューシャなどは、どうなさっておられますか?」
「引き出しにしまっています」
「かしこまりました。装飾品をしまう箱もご用意いたしましょうね」
マダムの聞き取りが終わるころには、ニナがマダムに頼む商品はそれなりの量になっていた。
ニナは与えられた範囲で暮らすことに慣れきっていたし、誰もそのことに気付かなかった。
ニナの部屋は、今になってようやく整い始めた。
「お品が揃い次第ご連絡さしあげますね。ニナ様は、私のテガミドリを受け取ってくださいますでしょう?」
そういっていたずらそうに笑ったマダムに、ニナは「はい!」と笑って返事をした。








