お買い物
昼頃に、ニナは藍色のポシェットの紐を握りしめて食堂に立っていた。ポシェットの中には給料を入れた白い財布が入っている。
アルに指名依頼を出し、今日メリダの店に買い物に行くのだ。
ニナが調理道具を買いに行くと言うと、ヒースクリフは家で使うものならとお金を出そうとした。ニナがそれを、自分が欲しくて自分で買いたいのだと言って断ると、ヒースクリフは嬉しそうに笑ってそっか、とニナの頭をなでた。
ネビュラは一緒だが、ヒースクリフのいない初めての買い物だった。ニナはもう一度、ポシェットの紐をぎゅうと握りしめた。
「指名依頼をもらったアルです!今日はよろしくお願いします!」
約束の時間にアルがやってきた。アルは、初めて受けた指名依頼に顔を紅潮させて喜んでいた。
「ニ、ニナです!よろしくお願いします!」
アルの気合が入った挨拶に、ニナも背筋を伸ばして声を上げた。
そんなニナの様子に、アルはたまらず吹き出した。
「ははっなんで姉ちゃんが緊張してんだよ。……っと、ちゃんとしなきゃダメだよな。荷物持ちをさせてもらいます!」
「あの、あの」
ニナはうろたえた声を出した。
「普通に話してほしいです。あの、緊張します……!」
眉をはの字に下げたニナの情けない顔を見て、アルはしょうがないな、というように笑った。
「わかったよ、ニナ。メリダさんとこ行くんだろ?ほら、行こうぜ!」
「はい……!」
ニナは足元にいたネビュラを抱き上げて、アルの後ろについてメリダの店に向かって歩き出した。
「まあ、お嬢ちゃん!また来てくれたんだねえ、うれしいよ」
店に入ると、満面の笑みを浮かべたメリダに迎えられた。
「はい、料理を習いました。道具をそろえて、ひとりで作ってもいいと言ってもらえたんです」
「そうかい、そうかい。何が足りないんだい?」
「まな板が2枚ほしいんです!それと、大きいお鍋とフライパンもほしいです」
メリダはニナの勢い込んだ様子に目を丸くし、ああ、と納得したように頷いた。
「肉と野菜でわけたいんだね。それならこれがおすすめだよ。ほら、それぞれ端に肉と野菜の絵柄が焼付けてあるだろう?これなら間違えないし、刃当たりだっていい」
ニナは、なんて考えられたまな板があるのだろうと感動した。
「それにします……!」
「フライパンならこれかねえ。特別な加工がしてあって、焦げ付かないって人気なんだよ。大きな鍋は何に使うんだい?」
「白菜が、まるごと入るようなお鍋がほしいんです。そういう料理を教わって、家でも作りたいんです」
「なるほどねえ、ならこれがいいかねえ。蓋もいるんだろう?」
「はい!」
メリダはとても頼りになった。ニナのたどたどしい説明から欲しがっているものを正確に読み取り、そればかりではなく必要になりそうな商品をニナに見せた。
ニナはメリダから提示されるトングやボウルセットを見て、目を輝かせて喜んだ。
買う品を決め支払う段になって、メリダはニナから金銭を受け取れないと言い出した。
大切な家族の命の恩人から、そんなものはとても貰えないと言い出したのだ。メリダは、すべてニナに贈るために商品を選んでいた。
「あの……」
ニナはお金を受け取ってもらえないことに困ってしまった。ニナはメリダを頼りたかったが、来るたびに商品をもらうことになると思うと頼りづらくなってしまう。それに、ニナは買い物がしたかった。だからメリダを説得しようと口を開いた。
「私は、まだ人が怖いです。よく知らない人と向き合うと、怖くなります。それに、買い物もうまくできません。近づいてくると、怖くなってしまいます」
ニナは一生懸命に言葉をつむいだ。
「でも、メリダさんは優しいと知っています。私によくしようと思ってくれていることを知っています。だから、買い物の練習を、させてほしいです。お金を払って、商品を受け取ることが、ちゃんとできるようになりたいです」
「お嬢ちゃん……」
メリダは、目の前の女の子が抱えた心の傷を思って目に涙を浮かべた。
「それから、できればニナと呼んでもらいたいです」
ニナはあれこれと頼みすぎたかと思い、眉を下げてへにゃりと笑った。メリダはそんなニナを見て、何があってもこの子の味方をしよう、守ろうと決意した。メリダのおばちゃん母性が爆発した。
「わかったよ、ニナちゃん……!」
メリダは力強く頷いた。
「うちなら、どんなに間違えたって大丈夫だよ。ニナちゃんが怖くないように、買い物できるようにあたしも考えるからね。お代だって、おつりだって、ここでいくらでも練習しようね!」
「はい……!」
メリダはそう言うと、この上で金銭をやり取りしようとトレイを持ち出してきた。商品の合計金額をニナに伝え、ニナがトレイの上に大銀貨を乗せると、「おつりは幾らになると思うんだい?」と計算の練習までやりはじめた。ニナはそんなメリダに真面目に向き合って、真剣に計算をし始めた。
アルはそんなふたりを眺めながら、なんだこれ、と思っていた。
「ニナ、よっぽど家に何もなかったんだな」
メリダに見送られて店を後にした。アルはたくさんの調理道具を抱えていた。
「あの、たくさんですみません。私も持ちます」
「いいよ、これが依頼なんだから。そりゃあ荷物持ちもいるよな」
アルはにかっと笑って歩き出した。
「俺んちあんま金なくてさ、くれるって言うなら貰えばいいのにといつもだったら思うんだけど」
アルは歩きながら、ふと思いついたように喋りだした。
「そういうことじゃないんだよな。俺も最近わかった。こんなにも、もう貰えないって気持ち」
ニナもそうなんだよな、と言ってアルは笑った。
ふたりは共感しながら、ギルドを目指して歩き続けた。








