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贄と呼ばれた少女の、幸せ【書籍化進行中】  作者: 紬夏乃
第3章 できるように、なりたいこと
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ギルドの食堂

 





 ギルドに出入りしてもいい、となったのは10日後だった。ヒースクリフからこの件の手紙を受け取ったギルド長は頭を抱えて、「自分がギルドに戻ってからにしろ」と返事をしたし、食堂のマスターはぐっと目をつむり「カウンターの右から4つ目の席に必ず座れ、そこが一番目に入る」とニナの座る席を指定した。


 ニナはネビュラに連れられて、初めてヒースクリフと別で街へ向かった。ネビュラを抱きかかえ、門番にぺこぺこと頭を下げながら門をくぐり、街を歩いた。


 門から冒険者ギルドの建物はすぐ近くだ。ニナは以前からそうと知らずに何度も前を通り過ぎたことがあった。歩き慣れた道だったのだ。


 少し緊張しながらギルドの扉を開き中に入ったが、誰もニナを咎めなかった。ニナは少しほっとして、食堂に向かい言われた通りにカウンターの右から4つ目の席に座った。食堂のマスターはニナにちらりと視線をよこし、膝の上のネビュラを見てまたぐっと目をつむってから、あとは黙って料理の仕込みを続けた。




「あれ、ニナ?」


 聞き覚えのある声に振り向くと、ジェシカが目をまんまるく見開いてニナがいることに驚いていた。


「ジェシカさん、お久しぶりです」


「久しぶり、どしたの?隣座っていい?」


「どうぞ!ネビィちゃんと、ヒースさんを迎えに来たんです」


 ニナはにこにことジェシカに答えた。ジェシカはふーんと言いながらニナの隣に腰掛け、ニナの膝の上にいるネビュラをしげしげと見つめた。


「何そのちっこいの、かわいいね。ネビュラ様って子供とかいたの?」


「ネビィちゃんは、ネビィちゃんです!かわいくて、かっこよくて、優しくてふわふわで、とっても素敵です」


「へえーよかったねちびすけ、かっこいいだって」


 ジェシカはカウンターに頬杖をつき、気軽な調子でネビュラに話しかけた。


「我は偉大ゆえ、当然のことだ」


「ンッふぁーーーーーーー!!?」


 ジェシカは椅子から跳び上がり、転げそうになりながらガタガタと音を立ててニナから距離をとった。


「ネ、ネ、ネネ、ネビュラ様じゃん……!?」


 ニナは自分が言い間違えたことに気付いて、慌てて言い直した。


「ネビィちゃんは、ネビュラ様です……!」


「遅いんだよお……!!」


 選りにもよってネビュラをちびすけ呼ばわりしてしまったとジェシカは涙目になって頭を抱えた。


「大変申し訳ありませんネビュラ様……その、まさか御身と思わず……」


「構わぬ。我を気にせず座るとよい」


 ネビュラの言葉に、ジェシカはごくりと唾を飲み込んで頷き再度ニナに近づいた。ひとつ席を空けて座ろうか悩んだが、ニナがしょんぼりとする様を思い浮かべて覚悟を決めてニナの隣に腰掛けた。


「親父さんビールちょうだい!大ジョッキで!」


 呑まずにはいられなかった。


 すぐさま提供されたジョッキをぐっとつかみ、ごっごっごと景気いい音をたててビールをあおった。


「ッあ゛ーーー!!このために生きてるッ」


 コオンと小気味いい音を立ててジョッキを机に叩きつけ、ジェシカは軽快に叫んだ。


「酔うなよ」


「今日はどんだけ呑んでも酔える気がしないわー……」


 じとりとした目で見てくるマスターの忠告に、ジェシカは横目でネビュラを見て、へらりと笑った。


「んで、ニナはヒースクリフさんのお迎えに来たんでしょ、どっか行くの?」


「いいえ、私が街や人に慣れられるように、ヒースさんとネビィちゃんが方法を考えてくれたんです」


「そっか……」


 ジェシカはゆっくりジョッキを持ち上げ、ちびりと一口飲んでから口を開いた。


「あのさ、あれからあんたの話を聞いたよ。って言ってもあたしが知ってるのは公表されてることだけなんだけどさ。……あんたに会ったら、話がしたかったんだ」


「私とですか?」


「そ。あのさ、ありがと。あたしあっちの領にも顔見知りがいるんだよ。町とか村とか、隣だから当たり前に行き来があるんだ。だから、ありがと」


 ジェシカはとても優しい顔をして、ニナに微笑みかけた。


「ニナは見るからにぜんぜん戦うことに向いてないじゃん。でもそんなあんたがさ、立ち上がって、戦ってくれたから、あたしの知り合いはみんな生きてる。あんたのおかげだよ」


「……いいえ、私は何もできませんでした。ただ怖くて、誰かに伝えたくて、逃げただけなんです」




「違うよニナ」


 ジェシカは体をニナに向け、まっすぐにニナを見つめた。


「切った張ったは得意なやつに任せればいいんだ。ニナが剣を持ったってあたしは何も怖くないよ、すぐに制圧できる。そうじゃないんだニナ、情報の速さって力なんだよ。命を脅かされるなんてそりゃあとんでもなく怖いことなのに、あんたはそれに負けないで一番威力のある一撃をくれたんだ」


「そうで、しょうか……」


「そうだよ、誇ってよ」


 ジェシカはにかっと笑ってニナを讃えた。


 ニナは今でも、自分が何かを成せたと思っていない。誰かを救いたいという積極的な意志をもって走ったわけでもなかった。ただただ恐ろしかったのだ。誰かがこれ以上あの門の犠牲になることが、それを黙っていることが、耐えられないほど恐ろしかった。結果は同じでも、『救いたい』と願うことと『恐ろしい』と逃げることには大きな隔たりがあるとニナは思っている。


 それでも、ジェシカが笑って最善を成したと言い切ってくれたことで、ニナの心は軽くなった。


「よっし奢るよ、乾杯しよ!あたしはビールであんたはココアで。親父さん顔に似合わずココアいれるのがうまいんだよ」


 親父さんココアちょうだいー!と快活に声を張るジェシカに、ニナは爽快な気分がした。


「ライノさんも、同じことを言っていました。ココアをいれるのが上手だって」


「そうなの?……ライノさん、今なにしてんのかなあ」


「ギルド長は帰ってきたと聞きましたが、ライノさんはまだなんですね」


「めったにあっちの方に行かないから、ついでにあちこち顔を出して依頼を受けたりするんだって。ライノさんらしいよね」


「きっと、色んな人を助けているんですね」


 ニナとジェシカは、あのいかつくて大きな優しい人を思い浮かべ微笑みあった。


「今のことはわかりませんが、王都での話はヒースさんから聞いています」


「え、なにそれ聞かせてよ」


 ニナはジェシカに、ヒースクリフから聞いた王都でのライノの様子を話した。ジェシカはけたけたと笑って、「やばい、あたしもそういうの無理だわ」と言いながらニナの話を喜んだ。


 盛り上がるカウンターにそっと置かれた温かいココアは、甘くなめらかで本当においしかった。


 ニナとジェシカはカップとジョッキをかつんと合わせて、ずっと楽しく語り合った。






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