第八話「隠し事はいけない」
【春臣視点】
まさか辻くんとエンカウントするとは思わなかった。
流石に初心者のさくらさんにはヘビーと言うか…………普通に引くよね?
しかしお店では女の子に対してだってサービス精神旺盛なんだけどな、辻くん。
いや、そうでもないか。気に食わない子はいじり倒してたな。
まあ、言ってもその子は案外喜んでたから、辻くんも人を見てサービスでやってるってのだろう。
やっぱり凄いな、辻くんは。
でも、さっきのさくらさんの様子だと、きっと辻くんの印象は良くないよな。
やっぱり辻くんの本当の魅力を解ってもらう為にも、さくらさんを辻くんのお店に連れて行かないとだな。
僕の交友関係も理解してもらいたいし。
まあ、最初は抵抗あるかも知れないけど、きっとさくらさんも気にいるはずだ。
「今日は何を作る予定なんですか?」
「えっ…………と、とりあえず内緒って事で……」
「そうですね。最初だしその方が楽しいですね」
無粋な質問だったのかも知れない。
確かにこうして自ら楽しもうとするかで、同じ事でも随分と感じ方が変わるし、結果だって違ってくる。
自分が楽しまなければ人を楽しませる事は出来ない。
さくらさんは自然とそう言う事が出来る人なんだろう。
仕事以外でもそうした意識を持たないとだな。
こう言うところは年下でも見習わなければいけないな。
【さくら視点】
しまった。
辻さんが強烈すぎたのとゲイバー行きを考えてたせいで、何を買ったかすら頭に残ってないよ……。
荷物は春臣さんが持ってくれてるから、いきなり袋を開けて中を確かめるのもなんだか憚られる。
たからと言って、春臣さんに何を買ったのか聞くのはもっと憚られる。
うーん…………困った。
「今日は何を作る予定なんですか?」
「えっ…………と、とりあえず内緒って事で……」
「そうですね。最初だしその方が楽しいですね」
そんな楽しいとか呑気な事言ってる場合じゃないの、春臣さん。
メニューは好きなものリストのごはん部門でランクイン入りしていた、安心メニューのカレーライスに決めたの。
最初だから無難さで選んじゃったけど、私のカレーライスはお兄ちゃん家族にも大評判なんだよ?
だけど、どんなに安心メニューでお兄ちゃん家族に大評判でも、食材が無ければ作れないの!
カレールーだって買ったかどうかさえ覚えてないの。
しかもメーカー違いのルーを2種類入れるのに、どっちも手に取った覚えがないの。
お肉は見た覚えがあるけど、見ただけでカゴに入れた記憶が全くないの。
春臣さん、お肉なしのカレーライスってあり?
私は無しだと思うの。
だってカレーのカは力でしょ?
お肉を食べないと力が出ないと思うの。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。
もう謝る事しかできない。本当にごめんなさい。
せっかく採用してくれたのに……。
期待に応えられなくて本当に本当にごめんなさい。
なんで私はこんなに本番に弱いんだろう。
32回も負けたんだからそろそろ勝たせてよ……。
「どうしました? もしかしてまたお腹が痛くなりました?」
「いえ……大丈夫です…………」
春臣さんの優しさが痛い。
しかも大丈夫っえ言っても心配そうに覗き込んでくる。
そんなイケメンな仕草の視覚的刺激が、私の後ろめたさに更なる激痛を与える。
苦しい…………。
【春臣視点】
明らかにさくらさんの様子がおかしい。
何か小さな声でブツブツ言い出してるし。
ん? 今、ごめんなさいって言ったか?
あんな前向きな言葉を言ったばかりでごめんなさいとか言う?
まさかまたお腹でも痛くなったのか?
もしかして恥ずかしくて言い出せないとか?
「どうしました? もしかしてまたお腹が痛くなりました?」
「いえ……大丈夫です…………」
明らかに嘘をついている。
顔を覗いて見るとそれは歴然としていた。
どう見ても大丈夫な顔ではない。
顔は真っ青だし額にじっとりと脂汗を浮かべているし……。
「だ、大丈夫ですか、さくらさん!」
さくらさんが急に蹲ってしまった。
顔を歪めて苦しそうに胸を押さえている。
確かさくらさんの母親は心臓の病気で亡くなったんだよな?
もしかしてさくらさんも心臓に持病が?!
【さくら視点】
「さ、さくらさん、今救急車を呼びますから
頑張ってください!」
ん……?
今、救急車って言った??
「だ、大丈夫ですからっ!」
「あ……」
春臣さんの手からスマホを奪い取った。
慌てて通話をオフにする。
って言うか、これ、緊急電話だし。
救急車って119番じゃないの?
「ど、どうしたんですか? それで本当に大丈夫なんですか?」
「だ、大丈夫なんです……」
確かに……。
私、いつの間にか道端にしゃがみ込んでるし。
しかも春臣さんからスマホを奪い取った手じゃない左手は胸を押さえている……。
いきなり道端にしゃがみ込んで苦しそうに胸を押さえてたら、誰でも心配するよな……。
「ご、ご心配おかけして申し訳ありませんでした……」
春臣さんに謝りながらスマホを返す。
「いや…………。そんな事より心臓は本当に大丈夫なんですか?
さくらさんとは暫く一緒に暮らす訳ですし、僕も覚悟しておかなければなりませんから、隠している事があったら正直に言ってください」
私の横にしゃがんだ春臣さんは真剣な顔で迫って来る。
そうか、春臣さんも食卓で何が起こるか覚悟しておかないとだよね。
やはり隠し事はいけないな。
「実はさっきの買い物で何を買ったのか、全然覚えてないんです……」
「は?」
「いや、見たものとか部分部分では覚えてるんですよ? ただ、辻さんの顔がお肉の間からどーんと出て来たり、ゲイバーでキャッキャする春臣さんの映像が調味料の隙間から見えたりで、全然買い物に集中出来なかったんです。頭の中は辻さんとゲイバーではしゃぐ春臣さんの映像でいっぱいになってしまってたんです……」
「そ、そう……だったんですね……?」
やっぱり正直に言わない方が良かった?
頬の辺りが物凄くピクピクしてるんですけど、春臣さん。
「私、ちょっと変わってますよね?」
「い、いや、まぁ…………人、それぞれ……ですからね? そう、言ってみれば人はみんな変わってますよ?」
「いいんです、春臣さん。私は変人なんです。変人だから結婚も出来ないんです!」
「…………」
言っててボロボロと涙が出て来てしまった。
だって……。私だって将来は結婚して幸せになりたい。
でも………………。
『悪いんだけど別れて欲しいんだ』
『え、なんで。なんで急にそうなるの?』
『正直お前、なんか気持ち悪いんだよ。顔は可愛いいと思うよ? でもお前、変わってるって言うか……。変人だろ? 結婚は向かないと思うんだよ。俺、普通に結婚したいからさ。ごめんな?』
似たような理由で三人にフラれた。
三人が共通して使った言葉が変人。
私が変人だから結婚までは考えられない、と。
最初は好きになる人が悪かったんだと思ってた。
でも流石に三人目で気づいたよ。
私が悪かったんだと。
私は変人で、結婚なんて出来ないんだと。
でも、現実はもっと厳しかった。
結婚だけではなく、就職すら出来なかったのだ。
『君、変わってるねぇ……』
『面白いとは思うけど、ここでそれを言うのはどうかと思うよ』
『あなたは個性的でいいと思いますが、うちの社風にはどうも……』
『ぼーっとしてましたが、ちゃんと話を聞いてましたか?』
『見当違いな事を言ってますけど、質問の趣旨は解ってます?』
『個人的には君みたいな変わり者は好きなんだが、これは仕事だからなぁ……』
『君、変わってるって良く言われるでしょ?』
『偶にいるんだよね、君みたいな変わった子』
『あなた、自分が変わってるって自覚してます?』
『変わってるわー、君。変わってる。そう言うの、いいとは思うよ? いいとは思うんだけどねぇ……』
………………
…………
……
…
結婚も出来ないし就職も出来ない。
私、どうすればいいの?
誰か教えてよ……。
「さくらさん、もう一度スーパーへ行きましょうか?」
「え……?」
春臣さんが私の手を取って笑っている。
「なんですか、そんな顔して。買い忘れたものがあれば、もう一度買いに行けば済む事じゃないですか。
それに、例え変人だったとしても結婚を諦める事はありません。さくらさんの魅力を解ってくれる人は必ずいます。まだ会ったばかりですが、それは僕が保証します。ですから何も気にする事はありません」
春臣さん…………。
「ほら、行きますよ」
「…………」
せっかくのイケメンな春臣さんの顔が制御不能の涙で歪んでしまった。




