『分析』任意の物質および生命体の特性・特質等を看破・把握することのできるスキル
今回の主人公:学生、男、それなりに賢い。
異世界転生物の小説はいくつか読破。
気がつくとそこは、黒い壁の部屋だった。痛む頭を押さえながら周囲を見回しても、誰もいない。さっきまで一緒だった友人たちも、電車に乗っていた他の乗客たちも。
ただ異常な存在だけはただ一人、その黒い部屋の中で存在感を示していた。強い逆光の中、中空に浮かんでいる白い老人がこちらを見下ろしていた。
「起きたかね? 現状を説明しよう。君たちは現実の世界で死んでしまったのだ。しかしその若さで命を失うのはあまりに惜しい。なので君たちに異世界への転生する権利をやろう」
いきなりの言葉に戸惑う僕に、その老人は事務的な口調で流れるように全てを説明してくれた。
ここは死者の集まる場所で、僕は死んだけれど異世界に転生させてくれて、その際好きなスキルを一つ選んでいいらしい。
ただ説明が一つ足りない。僕は機械的な説明の切れ目を狙って声を張り上げた。
「あの! みんなは、みんなはどうなったんでしょうか? クラスのみんな一緒に電車に乗っていたはずなんですが……」
白い老人は無表情を少しだけ崩しつつ、それでもきちんと答えてくれた。
「お前と同じ電車に乗っていた者たちだな。みなここより転生しておるし、まだの者はお主が終わった後に転生をさせる予定だ。なればこそ、早く転生をしてほしい。好きなスキルを選べ、そうしたら異世界への扉が開くであろう」
「あ、は、はい。わかりました」
僕はファミレスのメニュー表みたいなスキルリストを見せてもらった。様々なスキル名と簡単なスキルの説明が書いてあるそれを一つ一つ確認していく。
『環境適応』『奪取』『全知』『転生先指定 ver2,1』『全属性魔法』『空間魔法』『危機感知』『転移転送』『成長率強化』etc,etc……。
半分くらいまで読んだ後、ふとあることに気付いた。暇そうに背後を向いて何かしている白い老人にまた質問を投げかける。
「あの、このスキルリストって他のみんなも見たんですか?」
「ん? ああ、転生をする際のルールだからな。誰もがスキルを得ているし、これから先の者もみな何かしらのスキルを得るだろう」
少し慌てた様子でこちらを振り返る白い老人。その手元に四角くて小さい何かがあった気がする。
スマートフォンのようにも見えた気がするが、まさかそんなはずはあるまい。たぶん逆行で何かと見間違えたのだろう。そんなことより自分の疑問の方を優先した。
「えっと、誰がどんなスキルを持ってったかとか教えてもらえません、よね?」
「無論だ。誰が何のスキルを持っているかは教えることができない」
「……せめて友達のだけでも」
「ダメだ。誰がお主の友なのか私にはわからぬし、個人情報保護の観点からも許可できない」
ダメだろうな、と思いつつ確認を取ってみたが、やっぱりダメだった。個人情報保護という言葉がこの神様っぽい人から出てきたことに驚きを隠せない。日本の権利関係に対する意識は神にも共通するんだろうか。
だが、とにかくこれは問題だと思った。今日電車に乗っていたクラスメイトは31人。そして他の乗客は同じ車両だけでも100人近く、別の車両まで含めると500人は軽く超えるだろう。
その全員が今リストで見た異質なスキルを持って転生している。これは説明に聞いたモンスターたちの群れよりもよっぽど危険なことだと感じた。
だってそうじゃないか。『奪取』なんてスキルで自分のスキルを取られたら大惨事だし、『剣技最強』なんて敵対したら一発で斬られかねない。
『消失魔法』なんて単語だけでも不穏だし、『仕切り直し』なんて死ねばいくらでもリセットし放題なんてどう考えてもチートじゃないか!
そんな異常な能力を持った人達が異世界に犇めいているのだ。だからこそ外敵はもちろん、その転生チート能力者にも対応できるような能力が必要だと思った。僕は最初からリストを読みなおし、先程の3倍の時間をかけて色々考慮をしはじめた。
どこからともなく貧乏ゆすりをして床を叩くような音が聞こえてきたが、そんな音は気にならなかった。受験もかくやという集中力を費やしてスキルを検分した。
そしておよそ1時間ほどの時間をかけて、ある一つのスキルに決めた。
「あの、お待たせして申し訳ありません。僕はこの『分析』スキルが欲しいと思います」
「わかった。ではあちらの扉から異世界へ行ける。さっさと行け」
最初の無表情とは打って変わって、だいぶぶっきらぼうな口調で白い老人が扉を指し示した。僕はそちらへとおっかなびっくり向かう。
僕がこの『分析』スキルを選んだのは、簡潔に言えば3つの理由があった。
1つはモンスター、異世界転生者そのどちらにも効果があって、確実に相手の特性を理解することができるからだ。大昔のRPGみたいにステータスの過多で戦闘の有利不利が決まるのならともかく、普通は相手の能力を知った上で周囲の状況を利用して戦うのが賢い戦い方だからだ。己を知り敵を知らば百戦危うからずというしね。
2つ目は仲間を作ることだ。きっと普通の人はこのスキル欄にあるような強力なスキルを欲しがるだろうと思う。だからこそ、彼らの仲間になり、彼らに戦わせればいいのだという考えがあったのだ。自分は安全な後衛に待機して、仲間に有利な情報だけを提供して戦ってもらう。こうすれば相手がいくら強力でも自分だけは安全に倒すことができるはずだ。
そして3つ目は、戦う力がないということだ。あくまで相手の特性や特質、またはその弱点や対応策を看破するだけで、僕自身は戦う力がない。ならばもし最悪なことに、殺されそうになったとしても、その相手に仲間にしてほしいと命ごいをすることが可能だろうからだ。強力なスキルを持っていたら許してくれと言っても危険だからという理由で首を刎ねられる危険性がある。それを避けたかった。
それに……いわゆる軍師役というのは格好良いと思うのだ。自分は手を汚さず、素晴らしい結果を生み出し、その名声を甘受する。
さらに「みなが僕の作戦通りに動いてくれたおかげですよ」と謙遜でもしておけばより良いだろう。僕は明るい未来を想像しながら、背後から聞こえた溜息を聞き流しつつ転生の扉を意気揚々と潜っていった。
…………
僕は運よく、異世界ですぐに修学旅行で一緒に電車に乗っていたクラスメイト30人全員と合流することができた。
みんなに笑顔で挨拶し、みんながお互いの無事とこれからの頑張ろうと鼓舞しあい、みんなのスキルをこっそり素早く一瞥して確認し、みんな一緒に顔を青くした。
僕が見たみんなのスキルは、右から順に、
『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』『分析』
だったからだ。
白い老人「あんなに時間かけさせられたのに、結果はこれか。くっそつまんね」




