第九十九章 それぞれの決意
スージーの元旦那様、可哀想だと自分で書いていながら同情してしまいました。
しかし、やはりスージーには幸せになって欲しくて、こんな結末にしました!
「王太子殿下(現国王)は、本当は二人を結婚させて、どこかの屋敷に閉じ込めようと思っていたらしいの。真実に愛し合っているのなら、そうしてやるべきだろうって……」
「さすがは腹黒王子だな。やる事が陰険だ」
スージーの言葉にノアがこう言ったので、ミラージュジュは焦って周りを見回して、シーッ!と唇に右人指し指を当てた。
「でも、二人の関係が陛下が想像していたものとは違っていたから止めたんでしょ。
でも、却ってそのせいでお姉様も結論を出すのに時間がかかってしまったのよね。
浮気や本気だったらさっさと別れられたのに、脅されて家族を守る為に致し方なかったと言われたらね」
カレンの言葉にミラージュジュも同意するように頷いた。二人の気持ちが切な過ぎる。
「でもまあ、スージー様が悩む前に離縁させてしまったのは、あの方を褒めてやってもいいかな。
優しいスージー様、そうでもしないと、離縁出来なかっただろうし」
「あら、私は離婚した方が良かったのかしら? ノア君?」
「そりゃあそうですよ。スージー様は大人しく奥様をやっているより、バリバリと外で働いている方が似合っているじゃないですか!」
ノアがそうはっきりと言い切ったので、三人の女性達は嬉しそうに微笑んだ。どんな決断でも悔いは残るものだ。
しかし、第三者からそれが正しかったのだと後押しされると、それだけでも気分が軽くなるものだ。
「それに僕はスージー様には学校作りを手伝って欲しいんですよね! スージー様の商会は儲かっているでしょう? 当てにしていますからね!」
「なんて事言うの!」
ミラージュジュは怒って立ち上がろうとしたが、スージーはまぁまぁと彼女を宥めた。
「貴方って、お兄様にそっくりね! 清廉潔白そうな涼やかな笑顔で捻くれた物言いばかりして……。
ジュジュちゃん、違うのよ。
ノア君のお願いはね、基礎の勉強が終わった子供達のために、専門技術を学ぶ学校を作って欲しいって事なの。
ほら、私と妹で作った商会では洋服や小物を扱っているし、レストランも経営してるでしょ。だから洋裁や、調理、職人を養成する学校を作ってもらえれば、子供達が仕事に就けやすくなるって……」
「まあ!」
ミラージュジュは目を丸くした。自分が一緒に学校を作ろうと言った後、ノアはすぐに動いてくれたのだ。
しかも、自分よりもずっと先まで見通して考えていた事に感動した。
「凄いわ、ノア! とてもいいアイディアね! 私はそんな事思いつきもしなかったわ」
「大した事ないよ。前にレオナルド様がベネディクトに、フォールズ流の剣術の養成学校を作って、平民の子供にも騎士や護衛の仕事に就けられるようにしたいね、って話していたのをたまたま聞いて閃いただけだから」
「本当にこの三人組は凄いわね! 先見の明があるし、発想力があるし、そもそも意欲と行動力が溢れんばかりだわ。
ピカピカキラキラの見かけ通りね!」
カレンがそう言って笑った。でも、すぐに真顔に戻ってこう姉に尋ねた。
「でも子供達の事はどうするの?」
「子供達は二人の子供だから、やはり私が無理矢理に引き取るのはいけないと思うの。あの人も子供達を愛しているみたいだから。
それに子供達の将来を考えたら、可能性は大きい方がいいでしょ。貴族として生きたいと思うかも知れないし。
だから親権は父親で、育てるのは私という事にしたの。もちろん定期的に父親との交流も持たせるつもりよ。
あの人が再婚したらどうなるか分からないけど、その時はその時で考えるわ」
「そりゃあそうね。お姉様だって、再婚するかも知れないし」
カレンが揶揄するようこう言うと、ミラージュジュもそうですね、と同意した。そんな女性陣に、さすがのノアも眉を顰めた。離縁したばかりなのに不謹慎だなと。
そう、女装歴の長いノアでも、女心を完全にはわかっていなかった。女は一度踏ん切りがつけば、頭と心の切り替えが早いって事を。
もし、ローズメリーから脅迫された時に夫が相談してくれていたら、いや、もし関係を持ってしまった後でも正直に告白してくれていたら、自分は夫と共に戦って、どんな困難に遭おうとも家族として一生を過ごしただろうとスージーは思った。
しかし、夫は自分を頼らなかった。それは一生を共にするパートナーとしてみなしていなかったという事ではないのか……
妻や幼馴染みの王太子夫妻と、顔色一つ変えずに会合に参加していた夫は内心相当辛かっただろう。真面目な人だったから。
それなのに何も相談してくれなかった。辛い顔さえ見せなかった。その事にスージーは妻としての矜持を傷付けられた。
『夫だけではない。自分にだって思い合う人はいた。それでも結婚が決まれば貴族の娘の義務として夫だけを愛して尽くそうと割り切った。
それなの夫は妻を頼らず貴族としての矜持を捨てる行為をし、王族や職務を裏切ったのだ。それこそが私への裏切りだわ』
スージーの商会は元々公爵家へ嫁ぐ以前の独身時代に妹のカレンと自分達の力で起こしたものなので、離縁して平民になっても何も問題がなかった。
しかも妹だけでなく弟も後ろ盾になってくれるというので、貴族社会との絆も切れる事はないだろう。
いや、寧ろあちらから寄ってくるだろう。何せ『王国の至宝』で縁起のいい『黄金の紳士』の姉なのだから……
「実はね、新国王からは、養子になされた王子殿下の教育係になるように指名されていたのよ。だから二年後には遊び相手として子供達を連れて王城に上がる事になると思うの。
口さがない連中には色々言われると思うわ。スキャンダラスな事件の当事者で、しかも平民に落ちたんだから。でもこちらには何一つ落ち度はないのよ。そのうち実力で目にものを見せてやるわ」
スージーは笑った。そしてその後で更に声を小さくしてこう言った。
「それに、陛下と変な噂を立てられないように、二年後に教育係になる時は結婚していたいと思っているの。
以前は身分違いで結ばれなかった相手と。今はもう同じ平民だし、今度は家族からも応援して貰っているし……」
特に義妹は二人の一番の応援者だ。
最初は二人の関係を知らなかったミラージュジュから、スージーが離縁して平民になるなら、ザクリーム侯爵家に既に三人分の部屋が準備されていますから……と言って貰った。
ここはいつまでもお義姉様のお家ですからねと。
そして二人の関係を知ってからは、ここなら自由にあの方と会えますよと勧誘された。
あんなに嫌いだったザクリーム家の屋敷が、弟が結婚してからは自分にとっても帰りたい家になっていた。
しかし、けじめをつけないと、悪い噂を立てられてしまうとスージーはその申し出を丁重に断った。そして商会のある建物の住居部分に住むつもりだった。まだ子供が小さいうちはそこで十分だろう。
「この前ね、二年後には家族四人で暮らす家を準備しておくよ、そう、彼が言ってくれたの」
スージーがまるで少女のような真っ赤な顔をしてこう言った。
彼は十年以上スージーを思い続け、さらに後二年待ってくれると言ってくれたのだそうだ。
「本当に辛抱強いですね、ジャックスさんは…」
半分尊敬、半分呆れたようにミラージュジュがそう言うと、カレンがニッコリ笑った。
「従者は主に似るというのは本当なのね!」
それを聞いたノアは、ようやくスージーと子供の頃から思い合う仲だった人物がジャックスだった……という事を知ったのだった。そして彼はこう思った。
「もう鈍いだなんてジュジュには言えない……」
と。
そしてミラージュジュ達がスージーの近況を聞き終えた頃、サロンに新国王ローバートが婚約者と義母である前王妃を伴って現れた。
婚約者とは北の隣国の第三王女。前王妃の兄の娘……そう、姪に当たる女性だ。
一度西の隣国の王太子妃となったが、三年子供が出来なかったという理由で酷い苛めを受けているのを知った国王が、さっさと娘を離縁させて連れ戻した。
妹が男子を生めないという理由だけでさんざん辛い想いをした。その時に何も出来なかった事を後悔していたからだ。
ちなみにその元嫁ぎ先の王太子は今では国王になっているが、その後新しい妻や側室を何人も持ったが、三年経っても誰も妊娠していないという。
才色兼備の王太子妃と北の隣国の援助をなくした愚かなその国は、今傾国への道を辿っているという。
その王女の話を義母から聞いた国王は是非とも、第三王女と結婚したい、縁を繋げて貰えないかと懇願した。
前王妃の息子であるアダムスを押し退けて自分が王位に就いた事で、北の隣国の印象が悪くなっている事を改善したいと思ったのだ。
たとえアダムスの息子を養子にしても、再婚して新たに息子が出来れば、そちらを嫡子にしてしまうのでないか、という疑念を払拭出来ないからだ。
しかし北の隣国から王妃を迎えれば、その王妃との子供なら問題ないだろうと。
そしてたとえ子供に恵まれなくても、王妃にとっては全くの他人ではなく、血の繋がりのある従弟の子供となれば育てやすいのではないかと。
第三王女は兄姉達の子供をとてもかわいがっており、とても子供好きで優しい女性だと聞いていたし……
「彼女とは同じような傷を持つ者同士、助け合い、励まし合い生きていけるような気がするのです」
と国王は言ったらしい。そして前王妃の仲介によって手紙のやり取りを始めて三か月、なんとか婚約が成立したのだった。
「実はね、国王陛下にはずっと想う方がいらしたらしいの。もちろん私同様プラトニックよ。大分年の離れている方らしいのだけれど、彼女の方ももう結婚したと聞いたので、ようやく踏ん切りがついたのですって。
王女殿下とは今度こそは自分の素顔を見せられる関係になってみせると、珍しく意気込んでいらしたわ」
「そりゃあ良かった。何よりです」
スージーの情報を聞いたノアが、珍しく好意的に反応を示したので、女性三人は意外そうな顔をして彼を見た。
でもまあ、何だかんだと言っても兄弟なのだから、少しは兄の幸せを祈っているのだろうと、彼女達は解釈した。
しかし、国王の初恋の話を数日前に親友から聞かされていたノアは、単に彼に同情していただけだ。ミラージュジュの無意識の魅力魔法に引っかかった憐れな者同士だと。
それにしても、選りにも選って同じ女性が初恋の相手だなんて、やっぱり血とは争えない、いや、抗えないものなのだろうか?
ふと、いつもなら鼻にも引っ掛けないような事を考えたノアだった・・・
読んで下さってありがとうございました!




