第九十一章 後始末 その3
前章で突然出て来た感のある、側妃の侍女(元乳母)が、どんな人物だったかがわかります。影の悪党です!
元ヴェオリア公爵の裁判が終わった一月後、国王はノアとの約束通り王位を王太子ローバートへ譲渡して隠居し、離宮で王弟となった息子のアダムスと暮らし始めた。
本当はアダムスを王族から外し、下位の貴族か平民に落としたかったのだが、アダムスと彼の元妻マリアとの間の息子が唯一王位継承権を持っているので、孫の立場を守る為には致し方なかった。
ただし彼の王位継承権は剥奪した。
元国王はアダムスを自分の手で鍛え直す事にした。もう昔のような甘い父親ではなかった。
実の母親を泣かせ、妻を蔑ろにし、愛人の人生を翻弄し、愛し合う臣下とその妻を引き裂いて泣かせた・・・そして実の子を捨てた・・・ろくでもない息子。
自分に瓜二つの愚かな息子が、年をとった時、惨めな今の自分のようにならなくする為に、厳しく鍛え直さなくてはならないと思った。そして自分自身も。
アダムスは一切泣き言を言わずに父親の命じる通りに、たとえ怪我をして血を流しても訓練を止めようとはしなかった。
あの落石事故の後、アダムスは父親である国王から、再び辺境騎士団へ放り込まれた。
父親との約束を反故にして、昔の恋人との仲を復活させ、しかも学園時代の先輩の屋敷に愛人として住まわせて、そこへ通っていたのが父親にばれたのだ。
アダムスは愛人を見舞う事も、妻の出産にも立ち会えず、何も聞かせてはもらえなかった。
ただ、息子が無事に生まれた事を聞いた時は、ホッとしたのと同時に妻子に会いたくて堪らなかった。
しかし、今更会いたいだなんて、いくら面の皮が厚いと言われていた彼でもそれは出来なかった。
後で考えれば、たとえ読まれなかったとしても手紙を出したり、贈り物をすれば良かったが、そこまで頭が働かなかった。
そして、何も出来ないまま離縁状にサインをさせられた。
結局アダムスが息子の顔を初めて見る事が出来たのは、あの裁判が終了後に開かれた王室会議の場であった。
その王室会議の出席者は国王夫妻、王太子、第二王子と元妻、そして二人の間に生まれた王子・・・
宰相夫妻、法務大臣夫妻、外務大臣夫妻、各騎士団団長とその妻達、そしてザクリーム侯爵夫妻・・・
会議が始まる前、ザクリーム侯爵夫妻を見かけたアダムスは彼らに駆け寄り、深々と頭を下げた。
アダムスはその数日前、父親と宰相から彼らの生い立ちや、自分のせいでどんなに辛い思いをしたのかを聞かされていたのだった。
家族に虐げられ、たった一人で育った少女ミラージュジュ……彼女を幸せにしたい、守りたいという一途な思いでひたすら真っすぐ努力していた青年。
そんな彼の願いが叶い、ようやく婚約したところに、自分がとんでもない契約を彼の父親と結んでしまったのだ。
レオナルド青年のミラージュジュ嬢への思いは一方的だった。だから彼の必死な努力で彼女との婚約に漕ぎ着けた後、徐々に二人の仲を縮めようとしていた。
しかし、外交官として隣国へ赴任する事になり、彼女とは会う事ができなくなってしまった。
そして二人は手紙のやり取りを続けていたが、彼は彼女に好かれている実感を持てないままに、彼女と結婚式を挙げた。
本当は心が通じ合ってから彼女を迎え入れたかった。しかしその余裕が二人には無かった。
それは学園の卒業と同時に彼女は寮を出なければならないのに、家族から虐待されていたために戻る所が無く、結婚をするしか彼女を守る方法が無かったからだ。
彼は彼女の傷を小さくしようと、愛している事を隠し、偽装結婚だと愛する妻に告げたという。
まさか妻も自分を愛してくれているとは思ってもいなかったからだ。
偽装結婚の方が夫が同じ屋敷に愛人を囲っているというシチュエーションを、彼女も割り切れるのではないか……そう思ったようだ(記憶がないのでその点は想像らしいが……)。
二人は愛し合っていたのにその思いを伝え合う事も出来ずに苦しんだ。
アダムスは自分の醜い欲望だけで、ひたすら思い合って努力をし続けていた一組のカップルを苦しめたのだ。
そしてそんな中でも彼らは、悪化していた社会情勢に目を向け、それを改善しようと努力し、今回の大改革も二人の貢献度がかなり高かったらしい。
あの落石事故でザクリーム侯爵の記憶が失われたとわかった時、兄と宰相がお前の首を本当に絞めようとしていたと、父親からアダムスは言われた。
もっともそれ以前に、父親から命を狙われていたと知った時の衝撃に比べれば然もありなん、と彼は思っただけだったが…
あの子煩悩で大甘の優しい父親が自分を亡き者にしようとした……
そう聞かされた時、怒りとか憎しみではなく、アダムスは父に申し訳なく思った。父にそこまで決心させてしまった事に。
自ら言わなければわからなかった事実を父親がわざわざ自分に告げた事に、父の強い覚悟を感じたアダムスだった。そして罪を償ってもう一度自分の人生をやり直そうと、初めて心から思った。
しかし、やはり世の中はそんなに甘くはなかった。この世にはやり直せない事もある。そんな当たり前の事を知ってアダムスは愕然となった。
彼の初恋の相手だったラナキュラスは既に亡くなっていたのだ。
落石事故で彼に見捨てられた彼女は、大手術の後命を取りとめたが、子宮がつぶされていて子供が出来ないと知ってから、食事を摂らなくなったという。死因は衰弱死だった。
自分がすぐに助けを呼んでいれば、彼女は子宮を取らずに済んだかも知れない。いや、無理矢理に彼女とよりを戻そうとしなければ、あんな事にはならなかったのだ。
ラナキュラスがアダムスの事を忘れられずに、修道院で今でも泣き暮らしていると彼に伝えたのは、母のように慕っていた父の側妃シシリアの侍女だった。
彼女は義母の元乳母で、アダムスにとっては祖母のような存在であり、幼い頃からよく面倒をみてくれていたので信頼していたのだった。
ラナキュラスとは学園の卒業式以来会ってはいなかったが、忘れた事はなかった。彼女には申し訳ない事をしたと思っていた。
だから、彼女の方も今でも自分を思っていると聞き、いじらしいと思った。
それでも、ラナキュラスとよりを戻したらいいのでは?と侍女に言われた時には、
「そんな事は出来ない。父親と妻に知られたら、今度こそ二人から見捨てられてしまう」
とアダムスは言った。
すると侍女はこう言ったのだ。
「他人にわからなければいいのです。浮気や外に愛人を作るなんて、王侯貴族の男なら誰でもやっている事です。要は秘密裏に出来るかどうかです。堂々と愛人を囲っても人には知られない良い方法がございますよ。お知りになりたくはありませんか?」
アダムスは愚かにもこの侍女の甘い罠に簡単に嵌ってしまった。
最初に彼女のいる修道院へ迎えをやった時、彼女から断られたと侍従に言われたアダムスは酷く驚いた。彼女は自分を愛しているはずではないか!と。そして自分と会いたくて毎夜泣いているのではなかったのかと。
この時に侍女の言葉に疑念を抱けば良かったのだ。
それなのに、彼女は慎ましい女性だから、自分が結婚をした事で二人はもう結ばれないものだと諦めてしまったのではないか? と勝手に解釈してしまった。
しかし、真実の愛はそんな事では消えはしない。二人で困難を乗り越えて行こうと、却って一人で燃え上がってしまった。
どうにか彼女の心をとき解かなければと、アダムスはヴェオリア公爵に相談をした。
その結果、ヴェオリア公爵の手の者がラナキュラスを脅したのだ。
アダムスの言う通りにしないと、修道院への寄付金を止めると……
しかし、もちろんアダムスはそんな事を言ってはいなかった。
アダムスはヴェオリア公爵家一派に騙され、嵌められたのだ。
王位継承権を持つ子を彼の妻であるマリアに産ませないために仕組まれた事だったのだ。
彼らはマリアやラナキュラスの人生など路傍の石ほどどうでも良かったのだ。そう、もちろんアダムスの人生も……
そんな連中を信じて、自分は実の母親や妻を蔑ろにして、彼女達の言葉に耳を傾けなかった。
その結果、愛人を死に追いやり、母親や妻子とも会えなくなったのだ。
「ラナキュラス嬢は修道院へ入って、初めて心の平安を得て幸せだったらしいよ。お前が無理矢理に引っ張りださなければ、心穏やかに暮らせた筈なんだ。
そんな場所を守る為にお前の命令に従ったのだと、彼女が侍女にそう言ったのだそうだよ」
アダムスは脳天をかち割られたようなショックを受けた。
自分は愚かにも人に騙され、利用され、その結果、自分の思い込みで勝手に人の人生を捻じ曲げてしまった。
ラナキュラス、マリア、ザクリーム侯爵夫妻・・・
まず、自分とは何の関係もないのに、自分の我儘で巻き込み、迷惑をかけた先輩と後輩に謝罪しなければならない。
アダムスはゴクンと唾を飲み込むと、ザクリーム侯爵夫妻の前に立ったのだった。
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