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第八十六章 国王の劣等感


 密かに最初の狼煙(のろし)を上げたのは確かに近衛第一騎士団だった。しかしその後は活躍の場が全くなかった。

 

 彼らが仕える国王陛下は今回の改革では蚊帳の外に置かれ、ただこの離宮に籠もっていただけで何も行動を起さなかったからだ。

 いや、彼らの任務は、国王陛下が何もしないように離宮から外へ出さない事と、外からの情報を絶対に陛下の耳に入れないようにする事だった。それ故に彼らは何もする事が出来なかったのだ。

 

 しかしこの離宮には、近衛第二騎士団のカートン伯爵や宰相の執事のケイシーが、王妃殿下に報告するために頻繁に訪れていた。

 

 情報共有のため、第一騎士団の騎士達も第二と第三、そしてフォールズ流派の騎士達の活躍は聞かされていた。

 その為に彼らは一層歯がゆい思いをさせられたのだ。自分達もこの国の改革の為に思い切り働きたい。悪党どもを引っ捕まえたいと。

 

 そんな悔しい思いをしていた近衛第一騎士団に朗報が入ったのは、二日前だった。

 改革の狼煙を上げた第一騎士団に、最後の大捕物をやって欲しいと国王陛下から命令を授かったのだ。

 

 

 •••••••••••••••••••••••••••••••••••••••

 

 

 アーチー=ヴェオリア夫妻と息子夫妻を地下牢獄の中へ送り込んだ翌日、王太子は今回の国家改革のブレイン達を連れて、カートン伯爵と共に離宮へと赴いた。

 

 この時国王は、ようやく事の全てを知らされて呆然自失となった。

 執務室の机に山積みになった証拠の山を見せられて、ただ朦朧とする頭で見つめていた。

 

 そして虚脱状態でソファーに沈んでいた国王が、暫く経ってから顔を上げようともせずに徐にこう言った。

 

「すまなかった。私が愚かだったためにこんなに多くの犯罪を見過ごしてしまった・・・

 王妃やマークスに何度も何度も忠告を受けていたのに、私はその事を真摯に受け止めようとしなかった・・・」

 

 国王は涙をボロボロと流した。

 

「私の責任です。私が陛下の信用に値する人間ではなかったのが悪いのです」

 

 宰相で幼馴染みでもあるマークス=タイラー侯爵が言った。そしてそれに続いて王妃もこう言った。

 

「それは私も同じですね。この国の為に何か一つでも役に立つ事をしたいと思って嫁いできましたが、何も出来ませんでした。

 私にもっと力があったら……私が陛下の信頼を得られていたら……きっともっと早く陛下もあの者達の裏の顔に気付かれたでしょうに……

 申し訳ありませんでした」

 

 幼馴染みの宰相と妻である王妃に頭を下げられて、こう謝られて、国王は情けなさにもう身の置き所がなかった。 

 

 妻は王妃として理想的で完璧だった。友人も幼い頃から秀才の誉高く、王太子だった彼の側でいつも助言し励まし支えてくれていた。

 二人は臣下からも国民からも愛され尊敬されていた。

 そんな二人を国王が信じていなかった訳ではない。いや、信じていた。

 

「やめてくれ! わかっている。

 私があ奴等の甘言に惑わされ、信じ込み、魅了されてしまったのは私自身の弱さ、愚かさだ。

 彼らの言葉はとても心地良くて、それに従うだけで良いのは楽だったから。

 私は嫌な事、煩わしい事、面倒な事を避け、逃げ回っていた。 

 

 私自身がよくわかっていたのだ。自分が国王などには向いてはいない事に。

 しかし、私には三人の姉がいるだけで、他に男兄弟はいなかったし、身近に男の親類もいなかった。

 生まれた時から私は国王になるものだと思っていたし、それ以外の事を考えた事は無かった。

 父がもっと長く生きてくれていたら、せめて名宰相と名高かったマークスの父が急死しなかったら、手本とすべき偉大な人物を間近で見ながら修練が出来て、あんな男を頼りにする事はなかった。

 

 今こうなってみると、能力のない私に唯一出来る事があったとすれば、それは国王の仕事が出来る人物を見つけ出し、その者を信じて任せる事だったのかも知れない。

 もちろんヴェオリア公爵ではなく君達にだよ。しかし、同じ年の君に負けっぱなしではいたくないと思ってしまった。

 妻が尊敬し、頼るであろう君の姿を見たくなかった。そう、醜くて愚かしい嫉妬がその決心を邪魔したのだ。

 

 しかしせめて王位継承権を女性にも持てるように法を変えて、第一王女にさっさと王位を譲っていれば、もっと早く改革が実行出来たのかも知れないな。

 あの子なら少なくとも私のようにヴェオリア公爵に操られる事はなく、王妃やマークス、ローバートの協力も得られただろうし…」

 

 国王の率直な言葉に、王妃はフッと笑った。

 

「こう言っては大変失礼ですが、今のご意見は過去の陛下の発言の中でもっとも素晴らしい案だったと思いますわ。発想の転換というものですわね?

 

 もっとももし宰相閣下と私が実権を握ったら、私達は陛下に理不尽で腹立たしい疑惑を抱かれる事になったでしょうから、きっとお断りしていましたわね。 

 

 それに残念ながら、たとえ第一王女が女王に即位していたとしても、爵位を継いだ後のザクリーム侯爵の協力を得られなかったら、きっと成功出来なかったでしょうけれど。

 今回のこの布陣が整った事で初めて改革の声を上げられたのですよ。情けない話ですが……」

 

「そうだな……」

 

 国王も力無く微笑んだ。

 

「陛下、私が先ほど自分が悪かったと申したのは嫌味などではなく、本心なのですよ。

 

 若い頃の陛下は甘やかして貰うのがお好きでしたわよね? それと同時にかわいいものを愛でるのもお好きですわよね?

 それに気付いていたのに、私は陛下に甘える事も甘やかしてあげる事も出来ませんでした。

 

 それが出来ていれば陛下はシシリア=ヴェオリアのような女に手玉に取られる事はなかったのでしょう。本当に申し訳ありませんでした。

 

 陛下は愛情深い方です。同時に何人もの女性を優劣や順位を付けずに愛する事がお出来になれます。しかし私にはそれを受け入れられませんでした。

 

 私は陛下に私だけを愛してもらいたかったのです。それが無理なら、陛下に何人愛する方がいようともうどうでも良かったのです。

 ですから、陛下が何人の方と関係を持とうが、嫉妬すらしませんでした。

 でもそんな私を陛下は可愛げがなく思われたのでしょうね。

 

 そう。私が王妃ではなく妻として陛下を虜に出来ていたら、陛下はあの方を執拗に追い求める事もなかったかもしれません。

 そして彼女も若くして亡くなる事はなかったかも知れません。ごめんなさいね」

 

 王妃は話の途中から視線を国王から別の人物へと移しながら頭を下げた。頭を下げられた若者は驚いて、彼もまた慌てて頭を下げた。

 

「頭をお上げください。王妃殿下は母と私の命の恩人でございます。

 母が側妃に様々な嫌がらせや苛めを受けていた時、そして毒を盛られそうになった時も王妃殿下に助けて頂いたと申していました。

 自分を愛している、真実の愛だと宣った男は、一切守ってくれなかった。

 というより、毒を飲ませようとした近衛騎士に、母を守れと命じていたそうです。それを聞いた時、母は絶望したと言っていました。

 そんな母を助けて下さったのが王妃殿下とトム様だったと……」

 

 王太子やカートン伯爵と共に、ザクリーム侯爵家の面々も離宮にやって来ていた。その中にノアもいたのだった。

 ノアは改めて王妃殿下の前で片膝を突き、片手を胸に当て、頭を下げた。

 

「王妃殿下にお目にかかれて光栄でございます。物心付いた頃より、ずっと殿下に感謝しておりました。

 まさかお会い出来るとは思ってもおりませんでした」

 

「私は、絶対もう一人の息子に会えるとずっと信じていましたよ。

 ただお母様にもうお目にかかれないのが残念でなりませんが」

 

 王妃はノアに手を差し伸べ、彼に握手を求めた。ノアは恐縮しながらも自分も手を伸ばして王妃の手に触れた。温かな手だった。

 王妃は彼が思い描いていた通り、気高く美しく、慈愛に溢れた方だった。

 

 そんな二人の様子を国王は間抜け面で見ていた。

 

『息子とは何だ? 妻の隠し子か?

 いや、違う! 頭が混乱する……』


「ノア=リンドン卿、国王陛下に何か言いたい事はあるかしら? 無礼講よ、この際だから何でも言って下さいな」

 

 王妃がこう言って微笑んだので、ノアはスクッと立ち上がり、国王に向かってこう言った。

 

「どうか早くご退位して、王太子殿下に王位をお譲り下さい。それが世のため人のためになります」

 

「「ノア!!」」

 

 パークスとトーマスがあまりの事に驚いて声を上げた。その時レオナルドがノアの後ろから彼のフードを外した。

 すると国王と王太子と同じ銀色の長髪が露わになった。そしてその若者はやはり彼らと同じエメラルド色の瞳をしていた。

 

 国王は若者の顔を見た。髪や瞳は自分と同じ色。そして顔の造りはかつて愛した女性に瓜二つだった。

 

「エメランダ・・・」

 

 国王が呟いた。

 

 読んで下さってありがとうございました!

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