第八十四章 忌まわしい離宮
この章に悪玉三人組が登場します!
「何故私がこんな所にいるのだ?」
ヴェオリア公爵がこう呟くと、
「こんな所とはずいぶん言い草だな。私にとっては天国のように居心地の良い場所なのだがな」
という声がして、思わず声のする方へ顔を向けると、ちょうど開いていた扉から国王陛下が入ってきた。
あの忌々しい王妃と、彼女の護衛騎士のカートン伯爵、そして新しい侍女だろうか、見覚えのない眼鏡をかけた長身の若い娘を引き連れて…
「失礼な事を申し上げて大変失礼致しました。えーと、何と申しましょうか、今さっき目を覚ました所でして、ここが何処なのかさっぱり見当がつかなかったものですから……」
ヴェオリア公爵はそう言いながら、慌てて体を起こした。そして自分のすぐ隣の床で寝ている娘に気付き、慌てて揺さぶった。
何故自分達は床なんかで眠っていたのだうか……
「以前ここには君も来た事があるだろう? 君が王妃をここに連れて来て、暫く押し込めていたじゃないか。それも療養のためだと無理矢理に……」
「そんな、無理矢理などと、とんだ誤解でございます。
王妃殿下が年子で姫様をお産みになってお疲れのようでしたから、こちらの離宮でゆっくりお身体を休めていただこうと」
「相変わらず口がよく回るね。しかも平気で嘘をついて人を信じ込ませようとするなんて、相変わらず騙しの天才だよね」
国王は今まで見せた事のない氷のような冷たい目で、じっとヴェオリア公爵を睨みつけていた。
「何をおっしゃるんですか? 私は陛下を騙した事などありません」
「この離宮は今でこそ療養の為の別荘と呼ばれているが、以前は設備などもなく療養には不向きだった。
真に私の最愛の妻を心配していたのなら、もっと違う場所を選んだろう。
貴様がここを選んだのは、人を閉じ込めやすかったからなのだろう? そして私と妻とを引き離し、貴様の娘を強引に私の側妃にねじ込みたかったからなのだろう?」
国王は側にあった水差しを持ち上げて、その水を寝ているヴェオリア公爵の娘(側妃)の顔にかけた。
「何をなさるのです!」
「その女を起こせ!」
国王が怒鳴った。
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ようやく雨が収まってきたのを見計らって、公爵達が領地を出発したのは七日ほど前の事だった。
悪路のせいでいつもより一日遅れたが、明日はどうにか王都に着きそうだ。公爵と彼の娘はホッと一息ついて、今朝ホテル側に用意させておいたランチを馬車の中で食べた。
そう、食べたところまでは覚えているのだが、目を覚ましたら何故か見知らぬ建物の一室で、娘と共に床に転がっていたのである。
そしてヴェオリア公爵が訳がわからずにいると、いきなり国王陛下から声をかけられ、寝ている娘に水をかけられた。そこで娘もようやく目を覚ましたのだった。
しかし彼の娘も状況が把握出来ずにパニックになった。そして勢いよく起き上がって目の前に立っていた王妃の元に行こうとしたのだが、いつのまにか周りにいた騎士達に取り押さえられてしまった。その上父親と共に後ろ手に縛られて床に座らされた。
二人は、周りを取り囲んでいた近衛第一騎士団の騎士達から、激しい怒りに燃えた目で睨み付けられた。
普段冷静沈着な彼らが、憤怒の表情を隠さずに自分達を見下ろしている。二人はその理由が全くわからなかった。
特に側妃は今まで自分に忠誠を誓っていた騎士達の豹変に驚いた。
しかし彼女は勘違いをしていたのだ。彼らは国王に対して忠誠を誓っていただけで、そもそも側妃にまで忠誠を誓っていた訳ではない。
確かに近衛第二騎士団ならば全員が王妃に忠誠を誓っていた。しかし、元々城の中で側妃に忠誠を誓っていた騎士はヴェオリア公爵家の息のかかった一部の者達だけだったのだ。
所詮彼女は国王に付随しているだけの存在。おまけで守っていただけで、その国王が見捨てれば、騎士達にとっても何の価値もない人間なのだ。
もちろん、これまで彼女が騎士達にそれなりの対応していたのならば、多少なりとも情を持てたかも知れない。
しかし、彼女は騎士達をまるで自分の使用人のように好き勝手に動かし、彼らの矜持をズタズタにしてきていた。
近衛第一騎士団は、第一という名が付いている通り、以前は各騎士団の中でもっとも優秀な騎士達が集まっていた。国王陛下を命をかけてお守りするのだという高い意識に燃えていた。
しかしこの側妃が王妃を追い払って実権を握るようになってからは、近衛騎士達にとってここは、一番配属されたくない所属先になっていた。
その為に騎士総大将が騎士達の不満を宥める為に、短期間で団員の半分を入れ替えていたのだ。
もちろん入れ替わっていなかった半分の騎士達は、ヴェオリア公爵家の息がかかった者達だった。
そしてそんな彼らが、騎士団長以外の第一騎士団の美味しいポジションを全て独占して側にいたために、愚かな国王と側妃はその事実に全く気付いていなかったのだ。
今回の改革の狼煙を上げたのは一見すると王太子だったであろう。
教会関係者の貴族と、王太子妃と、ヴェオリア公爵家側の騎士や使用人達を、それこそ一網打尽にしたのだから。
ところが、それ以前に秘密裏に捕縛劇があったのだ。
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王妃はザクリーム侯爵家のヴィラから解き放たれて王城に戻ったカートン伯爵から、第二王子と国王のしでかした事柄を詳らかに報告された。
それを聞いた瞬間、国政をこのままこの国王に任せていてはいけない、今度こそそう王妃は思った。
これまで王太子を守り助け続けてきたのは、宰相やスチュワート公爵、そして一部の大臣達や騎士団だけだった。しかしいくらなんでもこれだけでは心許ないと王妃はずっと躊躇してきたのだ。
だが、国王にこれ以上好き勝手をされたのでは、この国は完全に沈んでしまって二度と浮上出来なくなる恐れがある。
これまでザクリーム侯爵の成長をただひたすらに待ち続けてきたのだが、宰相や王太子だけではなく、こうしてトーマスの話を聞いた様子ではもう十分そうだ。
いや十分どころか、ザクリーム侯爵夫妻と侯爵家の執事や使用人達だけで、一つの小国家分の力を有しているような気さえする。
今が決起する時なのかも知れない。
しかしその為には、もうこれ以上国王には邪魔をされたくはない。国王の要らぬやる気を削がなければならない。その為には一体どうすれば?
その時王妃の脳裏に忌まわしい思い出が蘇ってきた。そしてこう心に決めた。
『そうだ、国王にはあそこへ行ってもらいましょう。それが一番だわ。私達夫婦の運命はあの場所で変わったのだから・・・』
二人目の娘を産んだ時王妃は、出血量が多かった為に産後の肥立ちが悪く暫く寝込んでいた。
その頃、ちょうど西の隣国といざこざが起こっていて、夫である国王はそちらに掛り切りになっていた。
そんなある日、王妃は当時宰相だったヴェオリア公爵から、今国王陛下は多忙を極めていて、王妃殿下や姫殿下達に気遣いする余裕がないと心を痛めている、という話を聞かされた。
こちらの事など一切気にされないように伝えて欲しい、と王妃は公爵に頼んだ。
しかし、同じ城内に居ては陛下は気にされてしまうでしょうから、体調が回復するまでは離宮の方へ移られてはいかかですか?
そう宰相でもある公爵に言われてしまえば拒否も出来ず、王妃は娘達二人と共に離宮へ赴いた。
そして到着してすぐに気が付いた。その離宮は療養などには向いていないと。
彼女は離宮に閉じ込められ、半年後にようやくトーマス=カートンによって救い出されて王城に戻ってきた。しかしその時には、国王はヴェオリア公爵の娘シシリアを側妃に迎え、彼女を孕ませていた。
その時国王は王妃にこう言った。
「自分が一番心身共にきつい時にシシリアが側にいて支えてくれた。
もちろん君もお産で体調を崩していたのだから、君を責めるつもりは無いよ。しかし、私とシシリアの事も認めてくれ。
もし、シシリアが産んだ子が王子であっても、君の王妃としての地位は揺らぐものではないし、君が今後もし王子を産んだら、その子を後継者にする事を誓おう。誓約書を書こう」
北の隣国の王女を蔑ろにすれば、北の隣国との関係にひびが入る。それを避けるために、そんなおためごかしを言っているのだろう。
王妃は自分達が政略結婚である事は十分理解していたので、結婚後に夫が側室や愛妾を持つだろう事は覚悟していた。
しかしお産後の辛い時期に騙し討ちするように側妃を迎えた事は許し難い事だった。自分は国王を心配しながら離宮で寂しさや辛さを耐え忍んでいたというのに。
しかも、側室ではなく側妃だ。いつでも王妃の座を乗っ取れる地位なのだ。つまり、このままではヴェオリア公爵にこの国を牛耳られてしまう。
この意味を国王はわかっているのか? 王妃はある意味この時点で国王を見限ったのかも知れない。
……秘密裏の捕縛劇……の内容は次章に続きます。
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