第八十二章 逆説的数の論理
ヴェオリア公爵は領地にある屋敷の中で、ここ数日イライラしながら過ごしていた。というのも、王都へ帰るのが何日も延びているからである。
それは今年の秋の長雨が例年よりも早くやって来たせいだ。
こんな事なら祭りが終わってすぐに教会のやつらと一緒に戻れば良かった。
「鷹狩りなどをしようと思って二日ほど日延べしたのがまずかったんだ」
公爵はこう言って人のせいにしようとしていたが、鷹狩りをしたいと言い出したのは公爵本人であった。
そもそも本人は馬車に乗っているだけなのだから、別に雨だろうが気にせず出発すればいいのだ。
しかし、広い公爵領内の道は整備がされていない悪路なので、雨が降ると至る所がぬかるんで、馬車の移動は大変なのである。乗っている本人も楽ではない。体が前後左右上下に飛び跳ねる。故に年配者や女性にはきついものがあるのだ。
もっともこれは道路整備をちゃんとしていないのが悪いせいなので、まさしく公爵の自業自得である。
公爵はもうそこそこ高齢であるために、秋祭りの時にしか領地には戻らない。それ故に領地のインフラ整備に全く関心がないのである。
しかしこれが命取りとなった。身から出た錆である。
『政治でも戦争でも、勝負は金と味方の数の多い者が勝つ』
これがヴェオリア公爵の口癖で、味方を増やす為に金をばら撒き、その金を儲けるために裏仕事をする。そしてそれをさらにばら撒いて仲間というか手足になって動く子飼いを増やす。こうして力を付けていけば、使った元手の金は何倍にもなって返ってくる。
そう、この世は金や力や従う人間の数が多い者が勝つのだ。
幼い頃から祖父のそんな言葉を聞いて育った王太子が、
「あの爺様、何か数が減ってくれれば負けてくれるのかな……」
などと、半ば投げやりに呟いたのは一年程前の事だった。
若き外交官が隣国から極秘に戻って来ていた時だった。王太子は宰相の執務室に向かっていたレオナルド=ザクリームを途中で待ち伏せをして、彼の執務室に連れ込んだ。
この時王太子はレオナルドと、南の隣国への民の流出問題について相談をした。そして両国の境に流れる川の中洲の共同統治の骨子案を彼から引き出した。
この頃、王太子は難題がてんこ盛りしていた現状に、かなり疲れが溜まっていた。戦うべき相手の巨大さに、どこから手を出せばいいのか見当もつかず悩んでいた。
それが、レオナルドのおかげで問題の一つに解決の目処がついた。そこで少しホッとして、そんな事をつい漏らしてしまったのだろう。年下だがかなり出来る男に、つい愚痴をこぼしてしまったのだ。
「それってヴェオリア公爵の口癖の『勝負は数の多い者が勝つ』の逆説ですよね。でも、確かにそちらも真理ですね。……いいかも……
殿下!その線で話を進めませんか? ヴェオリア公爵と戦うにしても、あちらの一派の護衛騎士の数が合わさったら、改革派だけでは到底敵いませんからね」
王太子は目をパチクリさせた。その線って何? 私、何か言っただろうか……?
「ですからね、公爵の仲間を別々の場所で捕縛するんですよ。しかも日にちや時間をずらして。そうして敵の数を減らせば、こちらも数が少なくても戦えますしね」
「でもどうやって連中を分散させるんだい? たとえ奴らを離したとしても連中の連絡網は凄い。直ぐに結託するぞ」
「ええ。ですから、その連絡手段を断つためにも彼らにはグループごとに距離をとってもらうのです。そして個別に時間差攻撃を仕掛けるんです」
「どうやって?」
「ヴェオリア公爵領って、王都から一番遠いですよね?」
その一言で王太子も若き参謀の言いたい事を察したのだった。そして決戦時期はあっさりと決まった。秋祭りの季節だ・・・
その日までに自分達がやるべき事は、断罪すべき相手を正当に処罰出来るだけの、その犯罪の証拠を出来る限り集める事なのだ。
王太子の眼前がパッと広がったような気がした。そしてその先に明るくて確かな日差しが一筋、真っすぐに伸びていくのが見えた、そんな気がした。
そしてあれから一年。
レオナルド=ザクリーム侯爵が想定外の記憶喪失になって、計画をまた一年延長しなければならないのかと、王太子を始めとする改革派は不安になった。
しかし、二年間の記憶を失くしても彼の頭脳は優秀なままだった。そして子供の頃から記していたアイデアノートも残っていたので、思っていたより支障がなかった。
その上、彼の新妻ミラージュジュ夫人や、ノア=リンドン、ベネディクト=ローマンシェードという新たなブレインの加入によって、どうにか最初の予定通りに準備を進める事が出来た。
まあ、王太子妃と公爵の浮気現場を取り押さえる機会が突如訪れた為、予定より幾分行動を起こすのが早まったが、それはさほど問題にはならなかった。寧ろ良いタイミングだった。
時間的余裕が生まれたので騎士達の体力を回復させる事が出来たし、援護射撃も得やすい環境が整ったのだ。
フォールズ男爵とザクリーム侯爵の援助要請に呼応して、各地の教え子や友人達が続々と協力を申し出てくれたおかげで、計画通りの人員が配置出来たのだ。
つまりそのフォールズ流派の騎士達が、王都からヴェオリア公爵領までの街道の要所に待機して、宰相の指示通りに動いてくれたのだった。
そして改革派には天気まで味方になってくれた。
例年よりも早く秋雨の季節になったため、ヴェオリア公爵家一派の王都帰還の時期がバラバラに分散したのだ。
まず最初に帰還した教会の聖職者及び護衛達は、王都目前の税関で捕まった。そして罪人服を着せられ、鎖で繋がれて中央広場へと連行された。罪状が全て記されたプラカードと共に。
護衛達の方は取り敢えず、王都近くにある採掘場に放り込まれた。もちろんそこは牢獄が一杯だった為に充てがわれた仮の収容所である。
今回の改革で暴かれるであろう犯罪者の数はかなりの人数になるだろう。しかもその裁判が行われるまで被疑者を囲い込むのは大変である。
そこでその収容先を選定する役目を新たに負ったのは、緊急対策本部の面々だった。
街道の連絡網及び人員配置図作成と、税関の整備をやり終えた後で、この仕事を命じられたのだ。
王都近辺だけでなく、ヴェオリア公爵領へ続く街道筋にいくつもの収容先を見つけなければならなかったので、彼らは悪戦苦闘した。
しかし、ザクリーム侯爵がいくつもヒントというか的確なアドバイスを与えてくれたので、どうにかこうにか各地で捕縛劇が開始される前までに準備を終わらせる事が出来た。
彼らはホッとしたと同時にやりきった感が沸き起こってハイになった。もしかしたら、仕事でこんなに熱中したのは初めての事かも知れない。
その上王太子からも労いの言葉をかけられ、彼らはこれからは絶対に王太子とザクリーム侯爵について行くのだと、その思いを再確認したのだった。
こうしてヴェオリア公爵領の秋祭りから王都へ帰還しようとした同派閥の貴族達は、街道の途中で王家の旗印を掲げた騎士達に馬車を止められ、捕縛され、家族、使用人、護衛共々仮収容所へ収監されて行ったのだった。
当然貴族達の多くが最初は抵抗を試みたが、形式美だけを追求していた彼らの剣術が、実戦向きのフォールズ流剣術を真剣に研鑽してきた彼らに敵うはずもなかった。
「王命によって貴殿達を捕縛する。しかしむやみに心配する事はない。多少時間はかかるだろうが、きちんと調べをした上で裁判が開かれる。それまで身柄を拘束するが、出来るだけ丁重に扱うつもりだ。
ただし無駄な抵抗をする者に対しては容赦はしない。そのつもりでいてくれたまえ」
この言葉通りに騎士達はみんな礼儀正しく、乱暴な振る舞いをする者は誰一人いなかった。もちろん、抵抗する者には別だったが…
そしてヴェオリア公爵領を最後に出発したのが、当然この領地の者達だったのだが、雨の為に二組に分かれて出発した。
まずは王城で現役の官吏である公爵家の長男一家が先に王都に向かい、父親の公爵と娘である側妃は雨が止むのを待って出発する事になった。これによって護衛の数も半分に減ってしまった。
しかしたとえ護衛が半分になったとしても、彼らは盗賊程度なら軽くやっつける事が出来る程腕に自信のある者達ばかりだった。だからヴェオリア公爵家の者達は全く心配などしていなかった。
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