第七十七章 信頼出来る相手
レオナルドとパークス、ノアとベネディクト、そしてレオナルドとノアの本当の思い、繋がりがわかります。
ザクリーム侯爵は一度サロンを抜けると、執務室に向かった。
そして猛スピードで十通ほどの手紙を書き終え、それを封筒に入れて封蝋で閉じ、ザクリーム家の印璽を押した。
「パークス、明日この手紙をジャックスの護衛を付けて、直接本人の元に届けてもらいたい。
貴方が忙しいのは百も承知だが、これは僕のもっとも信頼出来る者にしか頼めない」
「旦那様の味方になると申し出て下さった方々へのお手紙ですね?」
「そうだ。正直まさかこんなに早く事が進むとは思っていなかったので、手順が悪くて急ぎの仕事になってしまい申し訳ない」
「とんでもございません。このような重要な役目を任せて頂けるなんて、執事冥利に尽きます。光栄です」
パークスは丁寧に手紙の束を受け取りながら、心底嬉しそうに言った。記憶を失う以前の主からは内緒にされていた、機密事項に関する仕事を命じられたのだから。
「私がまだ領地におりました頃、十三歳だった旦那様とご一緒に、ザクリーム侯爵家の改革の計画を立てましたよね?
今だから正直に申しますが、当時はそれを絵空事だと思っていたのですよ。前侯爵様の権力はそれはそれは絶大でしたし、とにかく伝統を重んじて変化がお嫌いな方でしたから。
それでも夢を見ているだけで、私はただワクワクしていたのです。三十に手が届きそうな年になっていたというのに。
ところが旦那様ときたら、本気だったんですよね。私が無理難題を提示し続けても諦める事なく、努力し続けて全て突破し、不可能を可能に変えられてしまいました。
そしてついにその夢を達成されてしまいました。(まあ、その全てが奥様と結婚なさりたかったからなのでしょうが……)
その上、今度は国まで改革しようと言うのですから、私の夢はどこまで広がるのか、大きくなるのかと最初は恐ろしくなりましたよ。
でも、今は恐怖はなくなりました。なにせ、夢は旦那様と私だけのものではなく、多くの人々の夢にもなったのですから。
そしてその為に協力して下さる方々もたくさん増えたのですからね。
これからも大きな夢をずっと私に見させて下さいね、旦那様・・・」
レオナルドも邪気のない嬉しそうな笑みを浮かべて、親愛なる執事に大きく頷いたのだった。
その頃、サロンから最初の客間に戻った王太子と宰相は、カートン伯爵やベネディクトからノアの簡単な情報を入手していた。
伯爵は酷く言いづらそうだった。それは王太子の母親である側妃がいかに残酷非道な事をしたのか、それを伝えなければならなかったからだ。
王妃からは王太子には同情から来る嘘や誤魔化しは不要だと言われたし、そんな弱い人ではないと思うとザクリーム侯爵にも言われた……そんな弱い人間ならば、最初から母親や祖父に逆らおうなんて考えたりしませんよと。
カートン伯爵ことトーマスだって、王太子の事は赤ん坊の頃から知っている。彼の人となりはよく分かっているつもりだ。
しかし、祖父はともかく、実の母親への想いというものは断ち切れないのではないか? いくら王妃殿下の方により懐かれていたとは言え。
ところがそれは杞憂に終わった。
王太子はまるで普段の業務報告を受ける時と何ら変わらない態度で頷きながら、表情一つ変えずに彼らの話を聞いていたのだ。
ただ、独り言のように最後にこう呟いた。
「さぞかし王家を恨んでいるだろうな……」
「それはもう……
彼の辛辣な王室批判の言葉は、聞いているこちらの方がヒヤヒヤするくらいです」
ベネディクトの返事に、お前の言葉も聞いていてヒヤヒヤするぞ、とカートン伯爵は目を剥いた。もちろん、彼の気持ちはよくわかっているのだが……
王太子は苦笑いをしてから、ベネディクトに頭を下げた。
「ベネディクト君、君の父上や兄上、いやご家族や親戚の方々にも大変申し訳ない事をした。詫びて済む事ではないが……
詳しい話はザクリーム侯爵から聞いている。今再調査の準備をしている。ただもう少しだけ待っていてくれないか。もちろん兄上の待遇改善だけはいち早くするつもりだが……」
「殿下に謝って頂けるとは思っておりませんでした。却って恐縮します。ですが殿下が謝罪する必要などありません。もし兄を陥れた人物がいるとしても、それは殿下ではないのですから。
ただ同じ血を引いているという、ただそれだけで理不尽な目に遭ってきましたから、他の人に対しても自分と同じ思いをしてもらいたくはありません。同類にはなりたくないんです。
ですから、殿下が兄の為に純粋に動いて下さるのならばありがたく存じます。この改革が成されて落ち着いた頃、また思い出して頂けたら嬉しいです」
「忘れるわけがないだろう? 貴殿の主人でもあるまいし」
王太子の言葉に今度はベネディクトとカートン伯爵が苦笑いをした。
分かっていてわざわざ言っているのだろうが、主人の記憶がなくなったのはそれこそ王家のせいです、と二人は思った。
その時ノックの音がして、その噂の主であるザクリーム侯爵と、執事のパークス、そしてその執事の養子になったノアが現れた。
「ノア、君もこちらに来て座ってくれ」
侯爵は後ろを振り返ってこう言ったが、ノアは頭を振った。自分は護衛だからと。
「私は護衛として君をここに連れて来たわけではないんだよ。親友、そして私にとって家族同様なパークス、いやリンドン子爵のご子息に同伴してもらいたいんだよ」
こう言われては我を通す訳にもいかず、ノアは義父の隣のソファに腰を下ろした。
「王太子殿下、もうご存知だと思いますが、こちらがノアです。私の子供の頃からの親友で、私のパートナーであるパークスの義息子です。そして殿下の弟君でもあります」
親友の言葉にノアの肩がビクンと大きく跳ねた。
兄……あまりに自分に馴染みの無い言葉に違和感が半端なかった。それを見た親友がため息をつきながらこう言った。
「君の気持ちは分かるよ。いきなり兄と言われてもねぇ。
私にも三人の義兄がいるが、最初に会った時からずっと違和感がありっぱなしだ。と言うより、日毎に嫌悪感が増してる」
「旦那様、それはフォローになっていません。寧ろ煽っています。殿下のお顔をご覧になって下さい。
それに義理の兄と実の兄では違いますでしょうに……」
パークスの言葉にベネディクトが反発した。
「パークス様、それは違うと思います。世間一般的は血は水よりも濃しとよく言われます。
しかし、兄弟は他人の始まり、遠くの兄弟より近くの他人、氏より育ちというような諺もたくさんあります。
血の繋がりを否定する訳ではありませんが、好き嫌いや苦手かどうかは相性の問題です」
「雄弁だね。やっぱり君は武闘派というより頭脳派だと思うよ、ベネディクト…
君が騎士を目指したのって、兄上に対する反動だろう? 兄上があまりにも座学が得意だった為に比較され、それが嫌で体力で対抗しようとしたんだろう?」
主の言葉にベネディクトはキョトンとした。本当に彼はそんな事を思った事も考えた事もなかったからだ。
しかし、言われてみればそうかも知れないと思った。彼は深いため息をついた。
「馬鹿みたいですね。頭で敵わないなら体力でと無意識で思ったのかも知れませんが、結局どちらも中途半端の役立たずにしかなれなかったのですから」
「それは違うよ。君は頭を使う方が得意だったのに、苦手の分野でも精一杯努力をして、そちらの方でも一人前になったのだから大したものだ。
一点集中も大事な事だが、バランスよい能力も大切な事なんだよ。
君の兄上は確かに優秀だったかも知れないが、それはきっと座学においてだったのだろう。学問上の正解をいくら知っていても、人の心や社会の動きはわからないと思う。だから失敗した。
それに比べて、君は広い視野でモノを見られたし、失敗も知っている。それは大きな財産だよ。
失敗するからこそ、原因を見つけて対策がとれるのだからね」
戸惑うベネディクトを見ながら、主は珍しく優しい声でこう言った。
「私が君を雇ったのは、君がローマンシェード伯爵家の息子だと知ったからだと思っているみたいだけど、多分それは違うと思う。その時の記憶はないが、恐らく君がノアと普通に信頼関係を築いていたから、君を信用したんだと思うよ。記憶をなくした後、君を再雇用したのもその理由だし」
「「えっ?」」
ベネディクトとノアが驚きの声を漏らした。
「ノアってね、子供の頃からとにかく人を信用しないんだ。分かるだろう? 私は知り合って八年近く経ってようやく彼の身元を知ったんだよ。
しかも本人の口からじゃなく、カートン伯爵から教えられたんだ。そうでなかったら、一生教えてくれるつもりはなかったのかも知れないね。
そんなノアが君とこうして一緒に行動を共にしてきたんだから、君の事は信用に値する人物だと評価しているって事だろう?」
「ちょっと待てよ、レナ!
自分だって身元を隠していたくせに、俺だけ責めるなんておかいしいぞ!」
「責めちゃいないよ。だけど、隣国の大使館で再会した時にこっちの正体はバレたのに、そっちは教えてくれなかったというのは事実だろう?」
「それは……君に迷惑をかけたくなかったからに決まっているだろう! ただでさえ第二王子のせいで大変な目に遭っていたのに、それ以上余計な事に巻き込みたくはなかったんだ。
俺は自分の身を守るだけでいいが君は違う。その両肩に背負っている物があまりにも多過ぎた。だから・・・」
「だからこそ君は俺を守る為に、ベネディクトと一緒にこの屋敷に来てくれたんだろう? 最初の時も、今回も……」
優しく問いかけたレオナルドを、ノアは大きく目を見開いて見つめたのだった。
レオナルドの三人の義兄というのは、姉スージーの浮気夫と、姉カレンの卑屈夫、そして妻ミラージュジュの無情兄の事です。
読んで下さってありがとうございました!




