第七十六章 教会対策と人事異動
王太子とノアが初対面します!
王太子はレストルームから出ると、侍従と護衛、そしてザクリーム侯爵家の侍従と共に客室に戻ろうと歩き出した。そして廊下の角を曲がろうとした時、向こうからこの屋敷の護衛がこちらにやって来るのが見えた。
王太子は思わず足を止めた。その護衛はかなり若く、まだ十七、八というところか……まるで絵画の中の女神のように美しい青年だった。
その若者は壁際に寄り、頭を下げて王太子が通り過ぎるのを待った。
この者が我が弟か? 間違いないな。エメランダ様に瓜二つ、生き写しだ。
「君はエメランダ様のお子か?」
「はい」
「名前を尋ねてもよいか? 私の名はローバート。この国の王太子だ」
「存じております。お目にかかれて光栄です。私はザクリーム侯爵家の護衛をしておりますノア=リンドンと申します」
「君と是非話をしたいのだが、後で時間を取ってもらえるだろうか?」
「主人に確認いたします。お返事はそれからでもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
そう言って王太子は客室に向かって再び歩き出したが、確認もなにも我々を会わせるつもりで君の主人は私をここへ連れてきたのだが、と彼は言ってやりたかった。
弟は見事なまでに無表情だったが、私と顔を合わせた事を明らかに不本意に思っているのが丸わかりだった。
そう。王太子である私に無表情な顔を向ける人間など、この屋敷の主くらいなのだからな。
それを考えると、あのノアという男はなかなか骨のある奴なのかも知れない。まあ、今日まで生き延びてこれたのだから、それを考えただけでもただ者ではないのだろうが。
そして王太子と宰相はこの屋敷の主と共に食堂で夕食をとった後、今度は大きなサロンへと向かった。
「で、どうでしたか首尾は? 教会の出方は?」
サロンに入って主が誰にともなくこう尋ねると、ノアがそれに答えた。
「用はあっさりと済みました。全く拍子抜けするくらいでした。
教会の教会長や幹部は全員ヴェオリア公爵領の祭りへ行っていて、留守を守っていたのは、それこそ熱心な信徒さん達数名でした。
ですから我々が宮殿の聖堂から来た査察官とその護衛だと告げたら、何の疑いもせずに作業をさせてくれましたよ。変装して行って正解でした」
「教会長や神父達はよほど過信しているのでしょう。何の警備もしていませんでした。
多分護衛達は全員自分達に回したのでしょうね。普段から彼らの側に貼り付けていたようですから。宮殿の聖堂でもないたかが一教会の聖職者達が、何故護衛を必要とするのかがわからないのですが……」
カートン伯爵が苦笑いをした。
自分達は悪い事をしていて誰かからを恨みを買っています、とでも宣言しているようだと。
事実そうなのだろう。
「帳簿の隠し場所も八年前と変わっていなかったので、さすがに呆れたというより驚きました。
礼拝場の正面の一番目の付く祭壇の裏側に、そんな物をしまっておくなんて、信徒をおちょくっていますよね? しかも二重底の中だなんて」
「確かに留守番の信徒達が目を丸くしていましたね」
カートン伯爵は、驚いて呆然と口を開けていた信徒達を思い出しながら言った。そしてこう続けた。
「今ヴェオリア公爵領に行っている者の中に不正をしている者がいる。それが誰なのか調査をしているので、この事は口外しないで欲しいと彼らに依頼しておきました。
一緒に神をも欺く悪党を見つけましょうとお願いしたら、彼らも義憤に燃えて、協力してくれると言ってくれましたよ」
「とてもじゃないですけど、今いない連中が全員その悪党だなんて言えませんよ。
人身売買や脅し、転売や横領、聖水まで売っていたなんて知ったら、彼らの精神は崩壊しますよ」
ノアの言葉に、今日一緒に教会に同行してくれた近衛第二騎士団団長のエドモントンが頷きながらも、渋い顔でこう言った。
「とは言え、これだけの罪を犯しておきながら公表しないのもいかがなものかと思いますよ。
確かに信者離れは大きな社会問題になり、国の安定にも差し支えるとは思いますが」
すると王太子が言った。
「公表はともかく、罪を犯した者はきちんと罰するよ。それは教会関係者だろうと、誰であろうと。
それとそれを監督出来なかった聖堂にもね。ただ法王が引退するだけではなく、しっかりと後始末をつけてもらうつもりだよ」
「それなら大丈夫そうですよ。今朝聖堂に顔を出して次期法王様に聖水の話をしましたら、大変お怒りでした。
そして教会長の処罰と後始末は聖堂の方できちんとなさるとおっしゃっていました。
ですから教会関係者の罪人を逮捕したら、後はあちらへ回しましょう。ただでさえ王太子殿下や宰相閣下は、抱えているものが膨大なのですから、ワークシェアリングしませんと身が持ちませんよ」
「「・・・・・・」」
仕事が早い。早過ぎる。自分達の仕事を減らすというよりも、己の仕事を減らす為に動いているのだろう、この部下は……と王太子と宰相は心の中で思った。
そして彼はいかにも聖堂に丸投げしたかのように言ってはいるが、絶対に何かアドバイスをしている筈だ。
これも全て愛妻との時間を確保したいが為の行動なのだろう。
「それでそこに積み上がっているのが、証拠書類ですか?」
壁際のサイドテーブルの上の書類を見て侯爵が尋ねた。
「はい、そうです。
午前中に用事がさっさと済みましたので、騎士団の方々と共にこの屋敷に戻り、屋敷の皆さんにも手伝ってもらって一緒に確認作業をしました。
おかげで、旦那様がお戻りになる前に大方の確認が済みました。
そして早めの夕食をとって頂いた後、カートン様が部下の方々に、帳簿に名の上がった家を見張るようにと命じて下さいました」
「いや、私ではなくて・・・」
カートン伯爵は口の中でモゴモゴと呟いた。皆に指示を与えていたのは全てノアだったが、余計な事は言うなと目で訴えられたので、その先は続けられなかった。
しかしそれを察したらしい宰相が笑みを浮かべてこう礼を述べた。
「さすがは王妃様の右腕と呼ばれるカートン伯爵ですね、お仕事が早い。これで彼らに逃げられる事はない。
しかし、秋祭りで領地へ帰っている者もいるのではないかね?」
「そうなんです。正直なところ人員不足で困っているのですが、どうにかならないでしょうか、ザクリーム侯爵……
むやみやたらに仲間に入って貰うわけにもいかないので」
団長のエドモントンが、実質上の上司のカートン伯爵でも宰相でもなく、直接若輩者の侯爵にお伺いを立てた。
以前から彼もザクリーム侯爵の有能さは聞き知っていたのだが、昨今の王妃殿下の目まぐるしい変化には、この侯爵が大きく関係している事を肌で感じ取っていた。
そして今日の任務についても、何か質問や相談事があればあの若き侯爵を頼るようにと、主からそう言われていたのだ。
「エドモントン団長はフォールズ男爵家の次期当主とは確かご友人でしたよね?」
「はい。学園時代からの親友で、もちろん騎士団も同期です。彼は現在近衛第三境騎士団に所属しています」
侯爵の質問に団長はこう答えた。
フォールズ男爵とはもちろんフォールズ流騎士道を広めた一族の長であり、次期当主とはアンジェラ女史の兄の事である。
「フォールズ次期男爵からお父上に、然るべき人物を紹介して頂くわけにはいかないでしょうか?」
「もちろんそれは可能だと思います。しかしそれをすれば、その、言いにくいのですが、彼の立場がまずくなるといいましょうか、ええと・・・」
団長が口籠ったので、彼の言いたい事を察した侯爵が王太子に話を振った。
「殿下、確かフォールズ一門に対して、長年の功績に感謝して報奨を授与なさりたいとおっしゃっていましたよね?」
「ああそうだ。陛下も過去に何度もそれを打診してきたが、その度に男爵に断られてきた。報奨などを得ては奢りの心が生まれるので無用だと。
しかし、今回はあえてこの国難を乗り切る為に受けてくれるよう直に頼んでみよう。
彼の力が今必要不可欠になっているのだから」
王太子の言葉に侯爵は頷き、更にこう進言した。
「ついでと言ってはなんですが、フォールズ次期当主にライスリード伯爵に代わって近衛第三境騎士団の副団長になって頂くというのはどうでしょうか? 実力は申し分ないですよね? エドモントン団長?
それに確か辺境騎士団の副団長が間もなくご勇退とお聞きしていますので、ポストが一つ空きますよね?」
「えっ? 第三の副団長のライスリード伯爵は君の義父ではないのか? 良いのか?」
王太子が驚いてこう尋ねた。すると侯爵は例の胡散臭い笑みを浮かべて首肯した。
「殿下、辺境の副団長と言えば、近衛第三より立場的には上位ですよ。義父もきっと喜ぶでしょう。ついでに義兄も一緒に配置換えをお願い致します。
さすれば、義父の部下であるフォールズ男爵も、次期当主も動きやすくなると思うのですが……」
なるほどと王太子も頷き、フォールズ男爵の伯爵授与と、次期当主の副団長就任、それに関係する人事を進めるようにと、その場で宰相に命じた。
そしてその後で侯爵は、エドモントン団長を安心させるように微笑んでこう言った。
「急ぎの人員に関しては、私が手配しておきます。決まり次第にご連絡を差し上げますのでご心配はいりません」
と。
読んで下さってありがとうございます!




