第七十二章 男爵印の贈答品
ヴェオリア公爵をやっつけるためにはまず教会の悪事をみんなで暴きます。
この教会、現存するどこの宗教とも関係はありません。異世界での教会の事です!
「トーマス卿は教会に集っていた者達が、いくつくらいのグループに分かれていたとお考えなのですか?」
レオナルドはまずこう尋ねた。
するとトーマス=カートン伯爵はこう答えた。
「はっきりとは言えないが、最低でも三つはあると思うよ」
「三つもですか?」
ミラージュジュが目を丸くして驚きの声を上げた。
「一つはヴェオリア公爵家一派で保守伝統派と呼ばれる者。
そしてもう一つは、中立派というより政局にあまり関心がなくて己の趣味に走っている者。
最後にもう一つは、ノア君が昔から知っている素行の悪い連中のグループですね」
ノア君……トーマスはとても言いにくそうにそう言った。
ノアとトーマスは今日の午前中に第二近衛騎士団と、明日教会を抜き打ち調査するための打ち合わせに出かけた。その際に二人の呼び名や立ち位置を決めたらしい。
ノアにしてみれば元々平民の上に、今度新たにパークスの養子になり、ノア=リンドン子爵令息となるとは言え、伯爵家より下位の身分だ。
様付けなんか以ての外な話だ。自分が高位貴族の隠し子だって疑われるじゃないか!
しかし、トーマスからすれば国王陛下の血を引くお子なのだ。呼び捨ては絶対に出来ない。
そこで彼は最初は卿呼びを提案した。たとえ貴族であろうがなかろうが、相手に尊敬の念を持って呼ぶ称号だから。
だがこれもノアによって却下された。何の実績もない若輩者に、名高い騎士であるカートン伯爵が卿呼びするのは不自然だと。
そして結局「ノア君」呼びに決まったのだった。
「旦那様と奥様はご存じですよね?
私が教会にいた頃、神父達の命令でスリや美人局をやらされていたのを」
ノアの言葉に二人は頷いたが、他の者達はギョッとした顔をした。中でも彼の隣に座っていたトーマスが凄まじい形相になったので、ノアはトーマスの太ももを手で軽く叩いた。
「あれは教会側が、仲間に引きずり込みたい貴族を罠に嵌めるための仕掛けだったんです。
少女に手を出そうとした事を公表されたら、たとえ未遂でもそれは大スキャンダルです。ただの女遊びとは訳が違いますからね。
スリもお金目的というより、財布に入っている領収書やメモの類を盗んで脅しの材料にしようとしたんでしよう」
「スリはともかくそんな子供の美人局に引っかかる奴なんてそんなにいるのか?
大体被害少女を自分の相手だと主張するなんて、そっちの方がよっぽどイカれていると思うんだが。何故そんな輩の言いなりになる必要があるんだ?」
相手だって犯罪を犯しているくせに何言っているんだとレオナルドは思った。
ノアとミラージュジュ以外も皆そう思った。
しかし平民の裏社会ではそんな真っ当な理屈は通らないらしい。
「そもそも美人局に引っかかった手合いはどれくらいいたんだい?」
「私だけで五人は引っかけましたからね…… 十人とか二十人くらいはいたんじゃないですかね」
「結構少年好きの変態っているんですね……」
「私は、女装していましたから、少女好きですね、正確には……」
侍従のアンクルトの呟きに彼と同じ年のノアは淡々と応じていた。
しかし、年端のいかない子供と関係を持とうする時点で、少女好きも少年好きと同じくらい立派な変態だと他の者達は思った。
人の性癖は色々あるだろうが、本来なら理性を働かせてそれを内に秘めておくべきだろう。社会的地位にある者ならば特に。
「旦那様、奥様、私が美人局に失敗して騙そうとした男に逆に殴られたのを覚えていますか? 奥様に助けて頂いたおかげで逃げられましたが……」
「覚えている。忘れるわけない」
「覚えていますよ、ノアと初めて会った時の事でしょう?」
「ええ、あの男はノーバン男爵というのですが、私に騙されかかったのにも関わらず、同じ教会の別の女の子に引っかかって、すっかり教会の言いなりになってましたよ。
私を隣国へ売り飛ばした時も、あの男が隣国と交渉していましたし……」
「「「・・・・・・・・」」」
一同絶句した。
ノーバン男爵と言えば、北の隣国寄りに領地を持っている家だ。
領地はそれ程広くはないし、爵位も男爵と低いのだが、果樹園の経営が非常に上手くいっていて、多くの利益を上げていると聞く。
ノーバン男爵印と言えば高級フルーツで有名で、この国のみならず、近隣諸国で贈答品としてそれなりに有名だ。
「旦那様、ノーバン男爵って、貴族名鑑によると小太りで油ぎったハゲ頭の男ですよね?」
アンクルトがこう聞いてきたので主が頷くと、彼はふうーっとため息をついてこう呟いた。
「私はもうノーバン男爵印の果物は買う気がしません。果物に罪はありませんが、あの印を見ただけでその変態だという男の容貌が頭に浮かんできそうなので」
その場にいた全員が同じ気持ちになった。ただ主の妻だけは冷静にこう言った。
「子供の人身売買に大きく関与している事は確実ですから、かなり重い罰を受けますよね? どう軽く見積もってもノーバン男爵家はお取り潰しになりますよね?」
「ああ、そうだろうな、間違いなく」
「そうなると、領民が困りますよね。ノーバン男爵印の果物のブランド名は地の底に落ちるでしょうから。
ただでさえ高品質で贈答用として人気がありましたから、こんなスキャンダルが出たら縁起が悪くて、誰にも贈れませんもの。
たとえ領主が代わっても、売れなくなりますよね?
旦那様、彼の罪が領民達にまで及ばないようにする事は出来ないものでしょうか?」
妻の懇願に夫は考え込んだ。そして少し経ってからこう言った。
「まあ、さすがに今迄通りという訳にはいかないだろうが、出来るだけ領民の被害が少なくなるように対処してもらおう」
「具体的にどうなさるおつもりですか?」
パークスが尋ねた。他の者達も皆若き指導者の顔を見つめた。
すると彼はいつもと同じ淡々とした表情で一つの案を提示した。
まず、目撃証人がいて悪事をしているのが確かなノーバン男爵を速やかに密かに逮捕する。
そして罪の軽減をちらつかせて犯罪を詳らかに白状させ、仲間の名を吐かせる。そしてそれと同時に、彼の領地から出荷させる果物のブランド名を変更するという通知をさせるのだ。
「罪の軽減と言っても死罪にならなくて済む程度だが、一もなく二もなく飛びつくだろう。もっとも死んだ方がマシだったと思うかも知れないが、その辺は司法の専門家が適切に考えるだろう。
そして彼の罪状は出来るだけ遅く公告するのさ。新しいブランド名が世間一般にある程度周知された後で」
妻を始めとする彼のブレイン達は、即時にそんな対策を立てられる主のその能力に感心した。
そしてたかが一男爵家の領民を助けるために、そこまで気を遣うのかと、その気配りや配慮に感銘した。
もっともそれが妻からお願いされたからだと言う事を、妻以外の者たちは知っていたが……
「ノーバン男爵みたいな連中が教会の奴らの命令で動いていました。人身売買の他にもバザー用に提供されたものを横流ししたり、詐欺をしたり……
けれど、その資金がヴェオリア公爵家一派に流れていたのは教会の裏帳簿にはっきり記載されていた筈です。
彼らとは無関係だと公爵家が言い逃れするのはまず無理だと思います」
ノアの言葉に皆が頷いた。
その後、トーマスが残りのグループについての説明を続けた。
「そしてもう一つのグループは、同じように公爵家へ最終的には資金が流れていたとしても、趣味で教会と繋がっていた連中だ。
彼らは中立的な立場だし、そもそも政治に関心がない。故に、ヴェオリア公爵家とはあまり関係ないかも知れないが」
「その趣味って何なんですか?」
ベネディクトが尋ねた。
「青薔薇作りだよ」
トーマスがこう答えると、ベネディクトが眉間に深いシワを寄せ、レオナルドとパークスが思わず顔を見合わせた。
そして残りの四人の頭の上には疑問符が浮かんだのだった。
読んで下さってありがとうございました!




