第七十章 王妃殿下との謁見
時間軸が多少、現在と過去を行ったり来たりするので、ご注意下さい!
数日ぶりで一緒に夕食を取っている間も、妻は終始ニコニコしていた。早く食べ終えて早く話をしたいと思っているのがバレバレだった。
そこで食事をしながら取り敢えずこう振ってみた。
「ノアとトーマス卿はどうしてる?」
「お昼過ぎにお戻りになりました。
第二近衛騎士団の皆様との打ち合わせは無事にお済みになったそうです。
それで、その後お二人は、ベネディクトさんやジャックスさんと共に、私達の手伝いをして下さいました。
皆様さすが優秀な方ばかりで、あっという間に怪しい方々の正体がわかりました。
多分、明日その人達の証拠も見つかるだろうってノアも言ってたわ。
貴族名鑑に載っている姿絵を見ただけで数人知っている者がいるって」
「ほう、それは良かった。それでジュジュのメモに書いてあった人物も誰だかわかったの?」
「ええ。馬車に記されていた紋章はハッジス子爵家とモールディング伯爵家のものでした。
似顔絵から当てはまるのはコールダル子爵じゃないかと思うの。髪や瞳の色や眉間にある黒子から察すると……
それとアレンタウン男爵。赤毛の癖毛でそばかす、右目に嵌めたモノクルがとても特徴的なので……
それから西の国の言葉が時折混ざっている、肌黒の背の高い男って書いてあったのは、ザルティス侯爵じゃないかと…これは確実とはいえないんですけど」
「ザルティス侯爵か… 彼の母親は西の国の姫君だったな。かなりの長身で西の国特有の浅黒い肌をしているな」
「まあ、そうなんですか? それではその方もヴェオリア公爵家と親しいのですか?」
妻の問いに夫は首を横に振った。そして食後のコーヒーを飲みながら、もし今話題の主が教会に通っていたとしたら少し違和感があるなと思った。
ザルティス侯爵は中立的立場で、決してヴェオリア公爵派ではない。
それに確か彼は母親の国の宗教を支持していた筈だ。それなのになぜこの国の教会に足繁く通っていたのだろう?
レオナルドは妻が上げた名前を頭の中で復唱してみた。
確かにモールディング伯爵とコールダル子爵はヴェオリア公爵一派だろう。しかし、他の三人は違うと思った。そして、この三人の繋がりはよくわからなかった。
「旦那様もこの方々が同じ仲間だとは思えないのではないですか?」
妻が夫の頭の中を読んだかのようにこう言ったので、彼は思わず瞠目した。すると、やっぱりそうなんですか、と一人で納得している。そして徐にこう言った。
「彼らはいくつかの別々の目的で教会に集まっていたんじゃないかって、トム様がおっしゃっていたんですよね」
ミラージュジュはトーマス=カートン伯爵の事をトム様と親しげに呼んでいる。彼女が他人を愛称で呼ぶのは珍しいが、伯爵本人の強い希望でそう呼ぶ事になった。
一月以上落石事件の容疑者として庭のヴィラに監禁されていたのに、今更伯爵呼びはお互いに気不味いだろうとトーマスが言ったのだ。それ故に屋敷内では愛称呼びにして欲しいと……
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トーマスの正体が明らかになった翌日、レオナルドはトーマスとパークスと共に登城して王妃殿下と謁見した。
そしてそこで彼らは秘密裏に色々な要な事柄を短時間で話し合った。
それはヴェオリア公爵家一派を排除する事を最大の目標に掲げた、一切無駄なく綿密に練られたレオナルドの計画についてだった。
王妃は若者の話を聞きながら、それの一つ一つに頷いて承認していたが、最後に満足気に微笑んでこう言った。
「やはり貴方は私の思っていた通りの優秀な人物でしたね。まさしく我が国の至宝だわ。
言っても詮無い事ですが、ザクリーム侯爵、貴方がもっと早くこの世に生まれていたらと思わずにいられないわ」
若き侯爵は困ったように微笑み返した。
「陛下は私がしっかりと監禁しますから、貴方方は王太子や宰相と共に思い切りやって下さい。責任は全て私が取りますからね。
ところでノア殿の養子の話だけれど、ノア殿をトーマスの息子にする訳にはいかないかしら。
パークス卿にはしっかりとした跡取りのご嫡男がいるわよね? それに比べてトーマスは結婚していないから当然子供もいないわ」
監禁…… 軟禁じゃなくて……
王妃殿下の覚悟のほどがよくわかった。しかし、王妃殿下に責任なんて取らせてなるものかと、レオナルドもパークスもトーマスも思った。
責任を取るのは国王陛下だ。
「王妃殿下、パークスには立派な跡取りがいます。だからこそいいのです。
ご存知でしょうが、ノアは王家のみならず貴族に対して良い感情を持っていません。
もちろん王妃殿下やトーマス卿の事は尊敬し、感謝しておりますが。
ですから本当は教会探索の件がなければ貴族にはなりたくないのです。ですからただの名義借りの養子縁組ならともかく、正式の跡取りとなると・・・
その辺りをご理解して頂けたらと存じます」
昨日ノアの養子の話が出た時に、トーマスは間髪入れずに自分の養子になって欲しいとノアに言った。
自分もトーマスを実の父親だと思っているから、そう言って貰えてとても嬉しい。しかし、それは心の中だけの事で十分だとノアは言った。
自分は平民のままがいいと。
ただし、二人きりになった時、
「もしジュジュが今独身で、彼女との結婚がまだ望めたのなら、僕も貴族になろうと思ったかも知れない。だけど、それが無理な今となっては平民でいた方が諦めが付く……」
とノアは呟いた。
レオナルドは何とも言えなかった。胸が締め付けられるような気がした。
親友が行方不明のうちに抜け駆けでもするかのように想い人と結婚してしまった後ろめたさは、常にレオナルドの心の中にあった。
その度に、ジュジュを守るためには早く自分が結婚しなければならなかったのだ!
ノアとはいつ再会出来るのかわからなかったのだから致し方なかったのだ!
そう心の中で言い訳をしていたが、正直心苦しさや罪悪感は消せなかった。
それでもレオナルドは、彼女と結婚した事を後悔していなかったし、彼に謝るのも違う気がしていた。
そしてノアと話をした直後、目を覚ましたミラージュジュから、
「もし、ノアの正体を最初からわかっていた上で彼からプロポーズされたとしても、私は旦那様を選んでいたと思います」
と言われた時、レオナルドは長い間の罪悪感から救われたような気がした。
もちろん、ノアに対しての申し訳無さは倍増したが…
ノアはいつかトーマスの息子としてカートン伯爵になるような気がしている。しかしそれは急ぐ事ではないのではないか、そうレオナルドは思っていた。
「そう。わかったわ、残念だけど。
ただ、もしあの子の正体が陛下にわかったら無理難題を言ってくるかも知れないと心配になったの。
自分の側に置いて罪を償いたいとか、愚かな事を口走らないかしらって。取り越し苦労だったらいいとは思うけれど。
私はせめてあの子の事だけは絶対に守ってあげたいのよ」
王妃殿下は本当にお優しい方だ。二十年前も自分を悪者にされてもノア親子を庇い続けてこられたのだから。
その意を無駄にしてなるものか!
「王妃殿下、ノアは私の親友です。どんな事が起きても、必ずや私が守ってみせます。どうぞご安心を」
「彼は私の息子同様です。私が盾になってでも彼を守ってみせます」
カートン伯爵も言った。すると、王妃殿下は、
「ノア殿は今幸せなのですね。こんなに立派な方々に思われて。
この情勢が落ち着いたら、是非ともエメランダのお墓参りをしたいわ。そして貴女の息子は皆に愛されて今幸せに暮しているわ。だから私に感謝しなさいって彼女に言ってあげるわ」
と、嬉しそうに微笑まれた。
王妃殿下の望みが叶うように、しっかりと力を合わせてノアを守らなければと、彼の親友と父親二人は強く誓ったのだった。
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「トーマス卿は彼らが教会に集まるその目的に、既に見当がついているのかな?」
「多分…… でも私達には教えて下さらないんです。旦那様がお帰りになってから話すの一点張りで」
ミラージュジュの不満そうな顔を見て、こんなかわいい顔をする事もあるのかと、レオナルドは嬉しくなった。
妻が近頃ようやく自分に色々な表情を見せてくれるようになった事に、彼は堪らない幸せを感じていた。
「それは無駄を省くためだろう」
「男の方々はまるで口癖のように無駄な事はしない!そればっかりですね。
でも無駄の中にも大切なものはあるんですよ!」
妻の口が少し曲がった。その淑女らしくない顔つきに夫は必死に笑いを堪えながら言った。
「もちろんそんな事はわかってるさ。今回もジュジュの山のようなメモのおかげで、重要な事がわかったんだしね。
ジュジュ、お喋りはそのくらいにして、早くフルーツを食べて、コーヒーを飲んで!
それから書斎でみんなで会議をしよう!」
と・・・
読んで下さってありがとうございました!




