第六十五章 レオナルドの骨子案
百年ほど前、最後の中洲の略奪戦争終了後、両国は互いの特産品を原価で輸出入し合うという契約を結び、その後も運良く争い事のない友好な関係を築いてきた。
しかしその時結んだ打開策は、ただ一時的に争いを回避する為のもので、両国にとって大したメリットがあるものではなかった。
つまり言い換えれば、実際のところ例えそれが無くなっても破られても、大して痛くも痒くもないレベルの契約だった。
そんな不確かなもので友好を続けているよりも、互いになくなっては困るような強固な友好関係を作るべきではないか…それが両国共通の課題であった。
つまり両国がタッグを組む事で大きな利をもたらし、お互いが助け合わなければ困るような関係になればいいのである。
それが川の中洲を両国で統治するという事だ。どちらのものでもない、両国のもの・・・
まずは中洲に隣国の進歩的な技術と地下資源を用いて防災対策のしっかり施された工場を造る。
そしてそこでヴェオリア公爵家の領地で作られる農作物を持ち込んで、加工品や保存食を生産するのである。
儲けはもちろん折半だ。原材料を提供するのは主にヴェオリア公爵領で穫れる農作物だが、設備費は隣国が請け負い、燃料も出すのだから。
互いに協力し合って売り上げが増えれば両国とも利益が増えるウィンウィンの関係になれる。
もちろん両国にとっては利益だけではなく、雇用対策や、保存食の確保、そして一番の目的である友好にも役立つのだ。この中洲の防衛費が無駄なものから有意義なものに変わるのだから。
そしてこの川の中洲に工場を作る事にはもう一つ大きなメリットがある。それは販路を拡大出来る事だ。
出来上がった商品を荷馬車などで運ぶよりも、船の方が大量に、しかもスピーディーに遠方まで輸送出来る。
その上商品を運び終えたら、今度は反対に海洋国からは海の幸を、森林の国からは森の幸を買い入れる事も出来る。
大量買いが可能になって商品の価格が下がれば、平民もそれらを手に入れ易くなって皆に喜ばれる事だろう。
まあ、ヴェオリア公爵領地の街道が早く整備されないと、王都の方にまで恩恵がもたらされるのは、ずいぶんと先の話になるだろうが・・・
レオナルドが提案した政策は実際にそれを実行しようとすると、かなり手間暇がかかる内容だった。
しかしそれが実現すれば、両国にとってかなり大きなメリットが生まれる事は自明の理である。
そこで問題になってくるのはヴェオリア公爵と国王だ。
この中洲の問題は両国のトップが決断する事案だが、隣国の方はともかく、こちら側はヴェオリア公爵が自分の権利を主張してくるのは間違いない。自分の領地に関する事であり、莫大な利益が生まれる話なのだから。
そして公爵に言いなりの国王もそれを認めてしまう恐れがある。
そうなるとヴェオリア公爵は今以上力を付けて、それこそ実質上のこの国の為政者に成りかねない。
つまりはヴェオリア公爵が中洲の権利を得たら、それこそクーデターを起こしかねないのだ。
レオナルドが今までこの案を誰にも教えなかったのはそういう事情がわかっていたからだった。
一年前、レオナルドの意図を察した王太子は、父親である国王や信頼している宰相にさえ話さず、秘密裏に隣国の王妃となった姉やその夫である国王とずっと話を進めてきたのだった。
この中洲の共同管理の話には隣国もすぐに乗り気になってくれた。しかし、やはり契約は一領主とではなく国同士で結びたいと思ったようだ。
それは難民を生み出すようなヴェオリア公爵家に、南の国王夫妻もかなり以前から不信感を持っていたためでもあった。
そもそも難民問題について南の隣国はこの国の大使館に苦言を述べていたのに、一向にその対策がなされず不信感を抱いていたのだ。
弟の王太子の事は信じていたが、自分が嫁いだ後の母国の詳しい情勢はよくわからず、弟との繋ぎに誰を信用すればよいのかがよくわからなかった。
そのために、王妃は賭けに出た。自国の大使に国際会議の場でもしレオナルド=ザクリーム氏に会う事があったら、この件についてそれとなく伝え欲しいと前々から命じていたのである。
王妃が南の隣国へ嫁ぐ直前、幼い頃から親しくしていた宰相が、王城のパーティーで金髪に金色の瞳の美少年を指して、
「彼はいずれこの国を救ってくれる黄金の女神ですよ。王女も覚えておいて下さいね」
と真面目な顔で言ったので、当時第一王女だった王妃はとても驚いたのだ。確かに黄金は幸福を呼ぶと言うが……
「男の子なのに女神だなんて、彼に失礼じゃないの?」
「しかし、黄金の勇者ってがらでもないでしょう? それに見かけだけで言っているわけじゃないんですよ。
知恵の女神みたいに頭脳明晰で冷静沈着、しかも絶対に自分の目標を諦めない信念の強さを持っているんです。
だから、彼ならきっとこの国を変えてくれると信じているんですよ」
王妃はその時の宰相の言葉を何故か忘れられなかったのだ。
そして王妃はその賭けに勝った。その上とんでもない大きな副産物まで手に入ったのだった。
ヴェオリア公爵は南の隣国にとっても好ましくない面倒な人物だったのだ。それ故に隣国も彼らの排除に協力してくれると約束してくれたのだった。
もちろんこれらの約束は本来国王が認めなければ何の意味もなさない事柄なのだろうが、王妃は平然とこう言い放ったのだった。
「陛下、私の父親はとても子煩悩な人なのですが、特に第一王女だった私に一番甘いのです。
私とヴェオリア公爵のどちらを取るのかは明白です。
それに間もなく国王の地位は弟である王太子に譲位されるでしょう。母である王妃殿下の我慢もそろそろ限界に達しているでしょうし。
今更現国王の承認なんて必要ありませんわ」
と・・・
❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋
「だからね、いざとなったら対岸から大砲を二、三発撃ってくれる事になっているんだ。そうすればさすがにあの爺さんも領地から離れられなくなるだろう?」
レオナルドが考えた計画の詳細を話し終えると、王太子はニヤニヤしながら最後にこう言ったのだった。
ヴェオリア公爵は王太子にとっては母方の祖父に当たるのだが、王太子は公爵に対しては軽蔑や憎悪以外の情は全く持っていなかった。そして、一度もあの男を祖父だと思った事はなかった。
「しかし、大砲を撃ったら隣国に不利益を与えるのではないですか? 侵略をしかけたと他国にも見なされて。たとえそれが空砲だったとしても…」
宰相が眉間に皺を寄せてこう言った。しかし王太子は問題ないよ、と笑った。
「隣国は花火を打ち上げただけだと言うだろうし、こちらの櫓の防衛騎士も花火だったと答えるだろう」
と・・・
それを聞いたレオナルドは驚いた。へぇーこれはなかなか……
そして彼の側にいた宰相も深い深いため息をついた。
「貴方がこれほど腹黒だとは思いもしませんでしたよ。私まで騙すとは…
この事を王妃様はご存知なんですか?」
「腹黒だなんてひどいなぁ。確かに祖父や母親のことはずっと騙しているが、宰相を騙した事は一度だってないよ。今回はただ黙っていただけさ。
宰相は私が義母上の次に信頼している人物だよ。それは嘘じゃない。
ただどこにでも獅子身中の虫はいるだろう? 用心に用心を重ねないといけないだろう?
この機会を逃したらもうこの国は取り返しがつかなくなるからね。
ああ、義母上はもちろんご存知だよ。だからこそ邪魔になる陛下を自ら監禁なさったんだから。
そしてそのおかげで国王の委任状と国印も私に譲渡される事になったのだからね。
本当は今更夫婦の真似事をするなんて、義母上は死ぬ程お嫌だろうにね」
全くだとレオナルドと宰相も思った。
読んで下さってありがとうございました!




