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第六十章 姉スージーへの要請

王太子、スージー、ミラージュジュの視点から話です



 カレンは王太子殿下が何を言いたいのかをちゃんと理解していた。

 王太子はあの王妃殿下の教え子で後継者である。身分や学歴、そして男女も関係のない、真の能力主義者である。

 弟のレオナルドだけでなく、姉や自分のことも誰それの夫人ではなく、一個人としてその能力を求めて下さっているのだ。

 

 カレンは大きく息を吸い込んでからこう答えた。

 

「私は姉と縁を切るつもりはありません。姉には何一つ落ち度がないのに、何故縁を切らねばならないのでしょう?

 しかし、縁を切らねば婚家に傷が付くから離縁すると言われれば仕方ありません。私はそれに応じるしかありません」

 

「カレン! 何を言っている?

 私は君と別れるつもりはない。それに義姉上(あねうえ)とも別に縁を切れと言っている訳じゃない。

 ただ今はこの状況だから、慎重に接触すべきだと言うつもりだっただけで……」

 

「そうか、それは良かった。出来ればスージー夫人にも私の改革を手伝って欲しいと思っているんだよ。

 私は今まで公爵夫人だから彼女と交流を持っていたわけではなく、彼女個人とは友人として付き合ってきたつもりだったからね。

 だから、アレがどうなろうと関わりなく、私と彼女との友情は変わらないと思っているのだよ。

 

 それは君の細君にも言える事だ。

 二人ともカリスマ性が高く、人心掌握術に優れているからね。特に女性の。だから是非とも女性達のリーダーになってもらいたいんだ。

 つまり君と夫人には別々に手伝ってもらいたいと考えているんだよ」

 

 夫は妻のただのサポート要員でないし、妻も夫のただのサポート要員ではない。そう王太子は言いたかったのだ。

 

「私の言いたい事を貴女なら理解できるでしょう? 

 貴女の姉上は暫く辛い思いをするだろう。貴女には私の親友を是非とも支えてあげて欲しいと思う。

 そして落ち着いてからでいいから、私が彼女の力を望んでいる事を伝えて欲しい」

 

 王太子の言葉にカレンは感謝し、深く深く頭を下げた。そして涙が溢れるのを必死に堪えたのだった。

 

 ❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋

 

「王太子殿下は暫くしてからでいいとおっしゃられたんだけど、寧ろすぐにお伝えした方がお姉様は元気になられると思ったの。

 王太子殿下のお言葉を聞いたらきっと喜ぶと思って。

 だから、アノ人が登城するのを見計らって朝一で訪問したの」

 

 とカレンは言った。

 姉のスージーから夫が王太子妃と浮気をしているらしいと、彼女は前々から聞いていた。

 それ故に、姉が自信を失くしているのではないかと心配していたのだった。

 

「殿下から親友だと言われてこんな嬉しい事はないわ。そのお言葉がなかったら、さすがに自分が惨めで立ち上がれなかったもの。

 裏切られ騙されているとも気付かず、夫に尽くし、妃殿下の悩みを聞いたり相談に乗ってきたのだから。本当におめでたいわよね……私って…」

 

「姉上・・・」

 

「私達は政略結婚だったし、元々たとえ浮気をされたとしても仮面夫婦としてそのまま暮らすものなんだと思っていたわ。

 それにもし離婚になったとしても夫の浮気による有責離婚でしょ? それなら慰謝料もらって、私一人でも子供達と生きられるようにと以前から心積もりはしていたのよ。

 あの人若い頃から女性の話が絶えなかったから。でもそれらも私と同じようにカモフラージュだったのね。

 

 でも、これはただの浮気で済む話ではないのでしょう? お相手が王太子妃殿下ではね…

 正直これからの身の振り方は私一人では決められなくなったわ。公爵家がどうなるかわからないから、子供達連れて出ていくわけにはいかないし、使用人の今後の事も考えないといけないから」

 

「姉上、申し訳ないのですが、義兄上(あにうえ)の事、出来るだけ知らない振りをしていてもらえませんか? 

 今回の件がヴェオリア公爵一派の耳に入る前に事態収拾をしなければなりませんので、そのための時間を出来るだけ稼ぎたいのです。

 もちろん可能な限り速やかに事を進め、姉上の辛さを出来るだけ軽減出来るように尽力しますので……」

 

 弟は酷く辛く、切なそうにその美しい顔を歪めて、姉の両手を握りしめながらこう言った。

 すると、姉も無理に微笑みながらこう応じた。

 

「これまでだって知らない振りをずっとしてきたのだから今更問題ないわ。心配しなくても大丈夫よ。

 今まで同様にちゃんと振る舞えるわ。安心して頂戴……

 それに貴方もそんなに無理しなくていいわ。

 それよりも、どんなに緊急性のある重要な仕事があっても優先順を間違っては駄目よ。

 あの日、言うべき事を言えなかったために、貴方は長い間苦しんできたのだから。

 ジュジュちゃんの意識が戻ったら、すぐに話をしなさい。わかったわね?」

 

 スージーの言葉にレオナルドは頷いた。

 彼女が許してくれるかどうかはわからない。しかし、誠心誠意謝るしか方法はないのだ。

 どれほど時間がかかろうとも彼女の信頼を取り戻してみせる。自分は彼女を絶対に手放す事は出来ないのだから・・・

 

 ❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋

 

 ミラージュジュが目を覚ますとそこは自分の寝室だった。

 

「良かった、気付かれて。二時間も目を覚まされないから心配していたんですよ」

 

 そう言ってホッとした顔でミラージュジュを見下ろしていたのは、彼女の専属侍女であるナラエだった。

 

「私、一体どうしたのかしら?」

 

「客室でお倒れになったのですよ。旦那様が抱えられてこちらまでお運びになったのです。

 ああ、マーラ様をすぐに呼んで来まね」

 

 ナラエはそう言うと慌てて部屋から出て行った。

 

「旦那様……

 そうだ。思い出したわ!

 ノアが男の子で、陛下のお子様。

 そして旦那様が私の大切な親友のレナ…… ウソーッ!!」

 

 ミラージュジュが再びパニックを起こしかけたところにマーラが淑女らしくない早足でやって来て、焦ったように大きな声で名を呼んだ。

 

「ミラージュジュ様、奥様、大丈夫ですか? 気を確かにお持ち下さい!」

 

 あまりにも動揺し慌てているマーラを見て、反対にミラージュジュの方が彼女を落ち着かせなければいけないと思った。

 

「マーラさん、大丈夫よ」

 

 奥様のその言葉を聞いた侍女長はホッと一息つくと、後ろを振り返ってナラエにこう命じた。

 

「旦那様に奥様が目を覚まされたと伝えて頂戴。そして私が報告に伺うまでこちらへ来るのはお控え下さるようにと」

 

「わかりました」

 

 ナラエはそう返事をして頭を下げると、部屋のドアを閉めて出て行った。

 マーラはベッドの側の椅子に座るとミラージュジュの乱れた髪の毛を優しく梳くように撫でながらこう尋ねた。

 

「ご気分はいかがですか?」

 

「大丈夫よ。すぐに起きられるわ」

 

「まだそのまま横になっていて下さい。お話もございますし」

 

「話って、旦那様の事ですか?」

 

「はい、そうです」

 

 

 マーラは慈愛の籠もった目でミラージュジュを見つめていた。

 ミラージュジュは母親の愛情を知らない。普通の家庭の母親というものは、みんなこんな優しい瞳で娘を見るものなのだろうか……?

 彼女はふとそんな事を思ったのだった。

 

読んで下さってありがとうございました!

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