第五十八章 姉スージーの涙
この章と次章で何故突然姉二人が侯爵家にやって来たのかがわかります。
少し切ない話です!
「それにしても、あのヴィラに幽閉していた男がまさかあのトーマス=カートン伯爵だったとはね。驚いたわ。
道理で貴方が丁寧に扱っていたわけよね。あの方は王妃殿下の懐刀だものね。
まあ、薄々それに気付いていながら閉じ込めていた貴方の度胸にも驚くけれど」
「ずいぶんと失礼な物言いをしたので、後で王妃殿下から不敬罪に問われるかも知れませんね。
でも、トーマス卿から直接王家の情報を教えて頂くにはこの方法しかなかったんで、致し方ない事でした。
しかし、まさか彼繋がりでノアの出生の秘密が暴露されるなんて、それは予想外でした。
それでまあ、興奮状態に陥って冷静さを無くしたというか……」
レオナルドの言葉に続いてノアが口を開いた。
「盗み聞くような真似をしてすみませんでした。
でもパークス様から自分の出自について詳しく知りたいのなら、客室の続き部屋に行くようにと言われたんです。
私が戸惑っていたら、奥様が真実を知るのを恐れてはいけないとおっしゃって、一緒に付いて来て下さったのです。
トーマスという名前はとても多いので、私の名付け親のトーマス様がまさかカートン伯爵様だとは思ってもみませんでした。
確かに今考えれば、王妃殿下の信任の厚い家臣でいらっしゃるのだから、同一人物だと気付いてもよさそうなのに」
「どんなに頭のいい人間だって、案外自分の事には鈍くなる、そんなものよ」
カレンが優しく言った。
「カレンの言う通りね。私も最近それを実感したわ。少し自惚れていたんだと反省したわ……」
「姉上?」「お姉様……」
「まあ私の事はともかく、貴方があの国王陛下のお子様とはね。でも全く似てないのね」
とスージーが言ったので弟はノアの秘密を教えた。
「ノアは変装の名人なんです。本当の彼は銀髪緑眼、陛下と同じ色なんですよ」
「まあ。その美貌にそんな王家色してたら目立つどころの話じゃないわね。
お母様が女装させたのは正解ね」
スージーは感心するように呟いた後で真剣な眼差しになってノアに尋ねた。
「弟はこれから王妃殿下や宰相閣下と共に、ヴェオリア公爵一派の一掃に向けて動くと思うけれど、貴方はどうするの?」
「もちろん私は旦那様に従います」
ノアは迷わずにそう答えたが、姉達は思案顔になった。
そしてカレンが徐にこう尋ねた。
「貴方はジュジュちゃんの護衛をするつもりなのよね?
彼女は教会側の不正の証拠固めをしなくてはならないから、どうしても危険が伴うから……」
「はい。ですから私は命をかけて奥様をお守りする覚悟でいます」
「でも本来は貴方こそが守られるべき立場ですよね?」
「私はただの平民です!」
「でも、貴方の容姿はいくら変装しても目立ち過ぎるわ。
カートン伯爵もパークスも貴方のお母様の名前を聞いて、すぐに貴方の正体に気が付いたのでしょう?
つまり貴方のお母様をご存知の人が貴方を見たら、貴方の出自は一目瞭然だという事よね?」
「貴方がジュジュちゃんの前に立ったら、守る側ではなくて却って狙われる側になるのではなくて? それって、本末転倒じゃないのかしら?
陛下に自分達の悪事が知られたとヴェオリア公爵が気付いたら、きっと貴方を人質にして、陛下を自分側に再び引き込もうとするのではなくて?」
スージーも言った。
ノアは黙った。彼にしては珍しく青ざめて、固く握った両手を震わせた。
そして縋るような目で主であり友人でもある男を見た。
すると、その友人は大丈夫だ、安心しろという顔をした。
彼はノアの気持ちを誰よりも知っている。長年ライバルだったのだから。
ノアは子供の頃から誰よりもミラージュジュの事を大切に思っていた。しかし実際は彼女に守られてばかりいた。
そんな自分が情けなくて、いつかきっと彼女を守れる男になるんだと、ノアはきっとそう考えていたに違いない。自分がそうだったから。
ところがその思いを果たせないうちにノアは隣国へ売られてしまった。どれほど悔しかった事だろう。
そんな絶望の中でも歯を食いしばり、今日まで彼が生き抜いてこられたのは、いつかはミラージュジュの役に立ちたい、そう願ったからだろう。
そしてついに彼女を守るべき立場になれたと思ったその途端、その資格がノアにはないと言われたら、それは絶望するだろう。
しかしレオナルドは、長年のライバルにそんな情け容赦ない仕打ちをするはずがなかった。
そもそも、彼の助けは絶対に必用なのだ。
「姉上、大丈夫ですよ。奴らにはノアに手出しをしても無意味だという事を思い知らせてやりますよ」
「どうやって?」
「ノアをどこかの貴族の家と養子縁組させますよ。まあ、目星はついてますし。
そうすれば、平民とは違って勝手に手を出せませんからね。
それが済んだらノアを国王陛下と対面させます」
「旦那様!」
ノアが叫んだ。
ノアが国王に会いたくない気持ちはよくわかる。しかし・・・
「今国王陛下に勝手に動かれると困るんです。しかし、陛下は義憤にかられておられるので、何をしでかすか予想がつきません。
そこで、ノアにストッパーの役目になってもらうのです。
死んだと思っていた息子が生きていて、その息子に願い事をされたら、何でも言う事きいてくれるんじゃないかなと思うんです。子供に甘い方だから。
やってくれるよね? ノア?」
「・・・はい・・・」
ノアが嫌そうに小さな声で返事をすると、スージーが笑った。そして意外な事を言った。
「大丈夫よ、ノアさん。
そんなに慌てて名乗りをあげる事はないわ。ストッパーの役目は別の方がもうなさったみたいだから。ねぇ、カレン?」
「ええ。そうですね」
「どういう事ですか? 姉上方・・・?」
レオナルドが怪訝そうに姉達を見た。そう言えばどうして二人揃って先触れなしにやってきたんだ?
「夕べね、急遽王太子殿下からお呼び出しがあったのよ。トップシークレットっていうヤツ!」
とカレンが言った。
「義兄上にですか?」
「いいえ、夫婦で呼ばれたのよ。他所は旦那様ばかりだったけど」
「えっ? 何故姉上だけ・・・」
「それはもちろんレオの姉だから……」
「は?」
意味が分からず弟の目が点になった。
「つまり私に話せばレオに伝わるから、貴方への伝言役として呼ばれたわけよね。この情勢下で安易に貴方を呼び出す訳にはいかないでしょう?」
「・・・・・」
「あ〜あ。私も伝言役でいいから呼ばれたかったわ」
「公爵と姉上は呼ばれなかったのですか?
王太子殿下ご夫妻とは親友でしょう?」
「つい最近まで親友だと思っていたのだけれど、それは私の勘違いだったの。
貴方が記憶を失くしてこの屋敷に戻ってきた時、私に言ったでしょう?
王太子殿下夫妻の事をそんなに信用していいのかって… 人には表と裏の顔があるものだって。
それで調べてみたの。そしたらね、貴方の言う通りだったわ」
「姉上・・・」
レオナルドは困惑した。姉のスージーは微笑みを浮かべ、淑女らしく表情はいつもと変わなかったが、ずっと一緒に育った大切な姉の心持ちに気づかない訳がなかった。
弟は立ち上がって一番上の姉の隣りに座り直すと、彼女の肩を抱いた。すると、その細い肩は震えていた。
「お義兄様ね、王太子妃殿下と男女の仲だったのよ。スージー姉様をずっと裏切っていたのよ」
「違うわよ、カレン…
あの人が私と結婚したのは、元々カモフラージュだったのよ」
元々王太子夫妻とスージーの夫は幼馴染みだった。
そして二人は幼い頃から好き合っていたが、ヴェオリア公爵が娘を王太子妃にしたがっているのを知っていたので、誰にも知られないように密かに交際していたのだ。
互いに結婚してからはその関係は断っていたようだが、数年前によりを戻したらしい。
王太子妃殿下にお子が出来ない事に同情したのか、どうせ妊娠しないなら体の関係を持っても大丈夫だと安心したのかはわからないが……
「まさか自分がこんなに愚かな女だったなんて思ってもみなかったわ。レオに言われるまで全くあの人を疑っていなかったんだもの。おめでたいわね」
勝ち気な姉の目から一筋涙が頬を伝った。何年ぶりだろう。姉スージーの涙を見るなんて。
「すまない……」
「なんで謝るの? 貴方には関係のない事だわ。いいえ、あの時貴方に言ってもらって良かったわ。
夫をあのままずっと信じていたら、今朝カレンからその話を聞いた時、逆上してナイフを持ってあのクズ野郎を刺し殺して、子供達を親なし子にするところだったわ。
むしろ感謝しているの。真実を知ったあの日から今朝まで色々と準備が出来たから。心も、将来のビジョンも」
姉は弟から渡されたハンカチで涙を拭うと、弱々しいが嘘のない笑顔で微笑んだ。
「その話、カレン姉上は王太子殿下から聞いたのかい?」
「そうよ」
「では、王太子殿下は二人の浮気をどうやって知ったのですか?」
「国王陛下からですって……」
「「えっ、・・・・?」」
レオナルドとノアが思わず声を上げた。
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