第五十四章 差配の誤り
直接この話には関係ないのですが、王家の女性の呼称についてお知らせします。
国王の正妻は王妃、正妃、二通りの表現をしてしまいました。(大目に見て頂けると助かります)
側妃は側室とは違い、第二夫人の立ち位置で、この国には側室はいません。
そして正式な妻でない女性は愛人となります。
全てを知った国王は、出来るだけ早く息子を王族籍から廃し、彼の皇位継承権を失くしてしまわなければと考えたようだ。
たとえマリアの子供の継承権には影響がないとはいえ、父親が王族でいるうちに愛人の方にも子供が出来る事だけは、絶対に避けたいと。
愛人に子が出来れば、その子供を巡ってまた騒動が起きるのは目に見えているからだ。
国王は自分が過去にした過ちをもう繰り返したくはなかったのだろう。
とはいえ、国王は息子を抹殺しようとまではさすがに考えてはいなかったようだ。
(レオナルドや宰相の前では殺意があったかのように言っていたのだが……)
王族としての責任を果たせなくなる程度に怪我を負わせ、その後、王子を平民に降下させるつもりだったらしい。
トーマスからこの話を聞かされた一堂は、全員が引き攣った。
馬車の中で誰がどの位置に座っているかもわからないのに、適当に上から岩を落としてどうするのだ!
ほどほどの傷を負わせたいのなら、直接本人に相見えて怪我をさせなければ、そんな事は不可能だろう。
「『二重線の男』って馬鹿の集団なんですか?」
ノアが呆然としてそう呟いたが、みんなも同様に頷いた。
「いいえ。きっと陛下の指示が大ざっぱだったのでしょう。
恐らく『ダメージが残るくらいの怪我をさせるように…』くらいの…
今まで陛下は、直接には彼らを使った事がなかったのだと思います。
基本、穏便に事を済ませようとなさる、事なかれ主義のお方ですから。
しかも、そもそも『二重線の男』達は、正体がばれないように任務遂行する事が義務付けられているのだそうです。
ですから本来の彼らの仕事は、かなり緻密な仕掛けを用いた、計画的で大掛かりなもののようです。
対個人向けのものではなく、事故や自然災害に見立てたもの・・・
たとえば建造物の破壊や河川の堤防決壊とか、疫病を流行らせるとか、山火事を起こすとか・・・」
「それなのに今回は計画や準備をする間も与えられずに、無理矢理に決行させられたという事ですか?」
パークスがトーマスに尋ねると、彼は頷いた。
「陛下は、アダムズ殿下が地方へ視察に出かける事を偶然に知って、急遽計画を立てられたようです。
遠い地方で起きた落石が原因の自然災害による事故なら、事を大きくせずに処理できるのではないかと。
しかしいくら『黒い二重線』だって、緻密な計画も無しに、そんな都合の良い細工は出来なかったし、完璧な証拠隠滅をする暇もなかったのでしょうね。
それでも彼らはたとえどのような命令であろうと、与えられた任務は果たさなければならなかったのでしょう。
そういう契約魔法をかけられていますからね」
「なるほど。だからあんなにも目撃者がいたんですね。
つまり今回は、『黒い二重線』にとって通常の任務じゃなかったのですね…」
夫人が納得して頷くと、ノアが首を振った。
「今回は確かに急な指令だったのでしょうし、十分な準備が出来なかったのは事実でしょう。
しかしそれにしてもあんな杜撰な計画はあり得ませんよ。
私は何か作為的なものを感じますね」
「作為的というか、むしろどうでもいいと投げやりな気もするけどね」
こう侯爵が言うと、トーマスは思案顔で頷いた。
「これは私の勝手な推測なのですが、侯爵様のおっしゃる通りなのかもしれません。
『黒い二重線』は闇の汚れ仕事を背負わされています。
しかし選ばれた者達は極悪非道の人物というより、むしろ真逆の元々優秀で紳士的な者達なんですよ。
ですから契約魔法で強制的にやらされているだけで、好き好んで命令に従っている訳じゃありません。
歴代の国王はそれをわかっているからこそ、個人ではなく組織的なものの破壊活動に彼らを使っていたのでしょう。
本来、個人を標的にするのならば、暗部の中でも特殊訓練を受けた暗殺団を使うのが常套手段ですから。
まあ陛下からすれば、殺すつもりはなかったから暗殺団を使うのを躊躇ったのかも知れませんが…」
「国王は何から何まで中途半端ですね」
ノアが吐き捨てるようにこう呟いたので、ミラージュジュはさすがに怪訝そうに彼女を見た。
先程からノアの陛下に対する言葉にはかなりの嫌悪感が溢れている。
幼い頃から皮肉交じりの話し方をする子だったが、こうもあからさまに敵意を剥き出しにするのは珍しい。どうしたのかしらと。
トーマスもノアを見て何か思うところがあったようだが、話を進めるために言葉を続けた。
「『黒い二重線』は心の内では国や王族を恨んでいるのだと思います。
ですから、今回の指令に対しては真剣に向き合っていなかったように思えます。
契約に違反しない程度の事をすればとそれでいいと…
まあそうだとすると、今回の件で哀れな女性や関係のない侯爵家の皆様まで巻き込んだ事を知って、彼らも相当ショックを受けているでしょうが」
「ええ、彼らにまだ人間性というものが残っているのならそうでしょうね。
あの事件で女性が一人亡くなったのですから」
侯爵の言葉にトーマスは驚いて目を見開いた。
「あの令嬢は亡くなられたのですか?」
「ええ。我が屋敷の者しかまだ知らない事ですが」
侯爵の言葉に、トーマスは深いため息をついた。
「それは残念です。
アダムズ殿下が再び関わりを持とうとなさらなかったら、彼女はまだやり直しが可能だったでしょうに。そして陛下が短慮な行動を起こさなければ……
あの日陛下が暗部の部屋へ向かうのを、私は偶然に見てしまったのです。
普段人の通らない秘密の通路を歩いて行かれる陛下を不審に思って、私はこっそりと後を付けたのです。
そしてあの計画を知り、私は急ぎ馬に騎乗して単独で殿下の後を追ったのです。
彼の地で殿下が侯爵様と合流された所に私も間に合いまして、急遽護衛に加わりました。
しかし実際のところ、『黒い二重線』がどのような方法で襲ってくるのか見当がつきませんでした。
かと言って、殿下に訳をお話して王都へ戻ろうとしても、帰路に命を狙われる恐れもあリました。
それ故に私はどうする事もできませんでした。
今思えば、侯爵様にご相談すれば良かったのですね…
侯爵様が優秀な方だという事は良く存じ上げていたのですから・・・」
「いいえ。あの状況では誰だってあの事故は防げなかったと思いますよ。貴方のせいなんかではありませんよ」
侯爵が苦笑いをしながらそう言った。もしあの時自分がその話を聞いたとしても、どうにも出来なかっただろう。
確かにあの時王子と別行動していたら、ラナキュラス嬢を落石事故に巻き込まずに済んだのかもしれないが、家臣として王子を見捨てられるわけがなかった。
もしはっきりとそれが王命だと言われたならば、自分は彼を放置したかもしれないが。
「第二王子殿下を逃したのは貴方ですか?」
夫人が尋ねた。
「そうです。奥様は自分の愛人や仲間を見捨てるなんて最低だと思われるしょうが、あの方があの場にいても何も役には立たないと判断しました。
それよりあの方の正体がばれた方が実害が出るのではないかと。
しかし最低でも助けくらいは呼んでくれると期待していましたが……殿下も護衛も侍従も糞ですね」
「まあ、トーマスさんもおっしゃいますね。それに、貴方の言う通りだったのかも知れませんね。
でもお願いですから、是非ともお城にお戻りになったら、その方々をきちんと処罰して下さいね」
「これから急ピッチでヴェオリア公爵一派の犯罪の証拠を集めて、彼らを一掃しなければなりません。
ご協力頂けますよね? 伯爵?」
トーマスは公爵と夫人の言葉に大きく頷いたのだった。
それから彼は男装姿のノアの方に視線を移してこう尋ねた。
「あなたは病院では侍女の姿をしていましたが、本当のあなたは侍女なのですか、それとも護衛なのですか?」
「私は奥様の侍女であり、護衛です」
「失礼ですがあなたのお名前は何とおっしゃるのですか?」
「かつて侍女だった頃はリリアナでしたが、今は本名のノアです。ただし護衛の時はリートと呼んで下さい」
「ノアさまですか……
それではあなたのお母様の名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」
「・・・・・・・」
トムから鋭い視線で注視されて、ノアは瞠目した……
今後、怒涛の展開(大袈裟!!)になると思いますので、楽しみにして頂けると嬉しいです。
読んで下さってありがとうございました!




