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第三十章 大使館の裏事情


「「「売り飛ばす?!」」」

 

 その場にいた三人が思わず同時に声をあげた。選りにも選って教会がそんな極道のような悪辣な行為をするなんて!

 いや、違う・・・

 

「そうです。貴女が抱いた疑惑は当たっていたんです。

 でもまさか伯爵令嬢である貴女がそこまで見抜いていたなんて・・・」

 

「気付いたって、貴女や他の子供達を助けられなかったのだから何の意味もないわ。それがどんなに悔しかったか……」

 

 ミラージュジュも顔を背け、両手の握りこぶしをブルブルと震わせた。

 

「一人で乗り込まないでくれて本当に良かったですよ。それじゃ無駄死にするだけですから。巨悪を倒すためには多くの人々が団結しないと出来ませんからね」

 

「そうですとも、奥様。

 先日旦那様が奥様の無自覚な善行が怖いとおっしゃった意味が、ようやく私にも理解できましたよ。

 ある意味奥様は決してお一人にしてはいけませんね。

 以前はおとなしすぎておどおどなさっていたので心配しておりましたが、私達の認識は間違いだったのですね」

 

 パークスがしみじみと言ったので、ミラージュジュは真っ赤になった。


「私、別におとなしい振りをしていたわけじゃありませんよ」

 

「ええ、もちろんそれは存じておりますよ。

 奥様は何しろ、こんな事を言っては甚だ失礼ですが、あの環境下においてお育ちになったので、自己評価がかなり低いので、それ故に自信無さげなのでしょう。

 しかし言い換えれば、よくぞあのような仕打ちをされても、ご自身の力だけでこのように立派な淑女に成られたものです。

 一本芯の通ったものをお持ちになっている方だからこそ、それが可能だったのに違いありません。

 それに気付けなかった、自分の人を見る目の無さが情けないのです」

 

「そんな事はありません。

 私はそんな大層な人間ではありません。私はあの家から出たかっただけなのです。

 私は侯爵夫人になれるとは本当に思ってはいなかったんです。

 いくら伯爵家の娘だと言っても、貴族の令嬢としての扱いを受けてきていませんでしたから。

 きっとそのうち侯爵家にはふさわしくないと嫌がられて、婚約破棄されるだろうって思っていました。

 ですから、私は学園を卒業したら家を出て一人で生活が出来るように、一所懸命勉強したんです。

 でも、旦那様とお手紙をやり取りしているうち、生まれて初めて夢を見てしまったのです。

 この方ならもしかしたら私の存在を認めてくれるのではないか。そして幸せな家庭を作れるのではないかと。

 しかし、ご存知の通り結婚式直後に、早くもその夢は破れ去りました。

 最初はあの家を出て、親友を見つけ出したかっただけなのに、私は無謀な夢を見てしまいました。

 あの絶望感、虚無感をどう言葉で言い表したらいいのかわかりません。

 多分あの時、この屋敷の方々に情をかけてもらえていなかったら、正直私はどうなっていたかわかりません。

 私が今こうしていられるのも、パークスさんやマーラさん、ナラエさん、このお屋敷の皆さんのおかげです」

 

「奥様……」

 

「ジュジュ……」

 

「奥様、すみません。

 今更ですが、奥様にそんな辛い思いをさせてしまう片棒を担ぐような真似をしてしまって」

 

 ベネディクトが突然頭を下げたので、ミラージュジュは驚いた。

 

「貴方が何故謝るの? 貴方はご自分の仕事をされていただけでしょう?」

 

「でも、病院であの骨折した男を知っているかと尋ねられて、俺は知らないと嘘をつきました。

 それに、俺は自分の事を運の悪い可愛そうな奴だと思って拗ねている所があったんですよ。

 情けないですよ、いい年をして。

 奥様が幼い頃から理不尽な思いをしながらも、たった一人で生きてこられたというのに、恥ずかしい限りです」

 

 彼はやっぱりあのトムの事を知っていたのね。そうじゃないかと思っていたけど…

 

「あのトムを知っているんですか?

 それでは何故それを教えてくれなかったんですか?」

 

 パークスが眉間に皺を寄せて、少し怒ったような口調で詰問した。

 するとベネディクトは思いもよらない事を口にした。

 

「トムさんは、俺を隣国へ逃れる手配をしてくれた、俺の恩人なんです。だから言えませんでした」

 

 

 

 ベネディクトの口からトムが彼の恩人だと聞かされて、奥方と執事は驚いた。

 しかしその説明は当主が帰ってからという事になった。二度手間になるのを避けるためである。

 

 もちろんのノアの事も・・・

 

 

 そして当主が戻る前に、奥方は先に尋ねたい事があった。

 

「ねえ、そもそも何故ベネディクトさんまでこの屋敷にいらしたんですか?

 アノ方が亡くなったので、てっきりあの侍女の方と一緒に隣国へ戻られたのかと思っていました。

 貴方は隣国の命を受けてアノ方の護衛をしていたのでしょう? その為の費用は第二王子殿下が出していたのでしょうが…

 先程の話でも、態々この国から逃亡されて隣国へ行かれたというのに、何故お戻りにならないのですか?」

 

 奥方の疑問はもっともである。

 そしてその後、奥方と執事は主からも聞いていなかった、大使館の実情を聞かされた。

 その途中で、これを聞いてしまって良いのかしらと彼女は思った。

 しかし、外交官夫人というものは、肩書きがなくとも事実上準外交官のようなものだから、これから他国へ出向く時の勉強のためにも、知っておくべきですと、ノアに言われてしまった。

 

「でも、これらの外交の内情を知ってしまったら、どこへ逃げても私達同様追いかけ回されますよ。覚悟がありますか?」

 

 と、彼女は昔と同様に意地の悪い笑みを浮かべた。やっぱりノアだわ。

 最初に禁書だと教えずに本を読ませて仲間に引き込んだ手口と同じだ・・・

 今回もレナを巻き込む心配だけはない。悲しいけれど、彼女の居場所はまだ見つかっていないのだから。

 ミラージュジュは心の中でため息をついた。

 

 ただ前回と違うのは、親友二人以外にも大切な人が増えているという事だ。執事のパークスに夫のレオナルド……

 そして今回は、そもそもその愛するレオナルドが既にその渦中に居て、時既に遅しの状況だ。

 だから怖くても今更逃げられないし、もちろん逃げる気持ちもないのだが・・・

 

 そんな彼女の葛藤に気付いているのかいないのか、ノアはミラージュジュの耳元でこう言葉を続けた。

 

「我慢して我慢して、それでも逃げ出したくなったら、その時は私がジュジュと一緒に逃げてあげますよ。 

 私、逃げるのが得意ですから、絶対に貴女を守って逃げ切ってみせますよ…」

 

 驚いたミラージュジュがノアの顔を見ると、その顔は先程のシニカルな笑顔ではなく、真剣そのものだった・・・

 

 ✱ ✱ ✱ ✱ ✱ ✱ ✱

 

 三年半前、隣国へ外交官として赴いたレオナルドは、侍従と護衛のジャックスを伴って行った。そして大使館内で暮らす事となった。

 

 どの国においても、各国の大使館で働く使用人は自国の人間ではなく、その国の人間を雇用する決まりになっている。

 それは大使館員のスパイ行為や治外法権による犯罪を防ぐ目的と、雇用を作る意味合いがある。

 とはいえ、それには色々裏があるらしい…

 

 その証拠に隣国の大使館では、我が国の国王陛下の結婚後、正妃殿下の息のかかった使用人が雇用されていた。

 今回ラナキュラス=ボンズ男爵令嬢がラリーナ=ホールズと名前を変えてメイドとして雇用されたのも、そういう経緯があったのだろう。

 アダムス王子は隣国の国王の甥にあたるので、融通が利いたのであろう。

 そうでなければ、国籍を偽った女が、大使館で働ける訳がない。

 

 そう。前ザクリーム侯爵と第二王子は、侯爵の嫡男が隣国の外交官だった事に目をつけて、今回の愛人囲い込み計画を立てたのだ。

 

 王子の配下の者が修道院を脅して半ば強引にラナキュラス嬢を連れ去り、王子の息のかかった大使館職員が偽の結婚証明書を提示して、彼女を自分の妻として隣国へ入国させたのだ。

 そして入国してからは隣国の闇の組織から新たな戸籍を買い、ラナキュラス=ボンズ男爵令嬢は、隣国のラリーナ=ホールズという平民に生まれ変わったのだった。

 そして、母国の大使館でメイドとして働く事になった。

 

 ラナキュラスは男爵令嬢だったので、なんでもメイド任せで、元々は着替え一つ自分では出来なかった。

 しかし、修道院へ入ってからは当然自分の事は自分でやるのが当たり前。そしてその上に、毎日奉仕活動として孤児院や救護院で二年近く働いていた。

 それ故に平民のラリーナになっても、メイドの仕事も卒なくこなせるようになっていた。

 

「私はラリーナさんの侍女になるため、帰国の一月前に大使館の侍女になったのだけれど、彼女の世話なんて必要なかったわ。

 彼女はメイドの仕事も卒なくこなせるくらいに何でも自分で出来ていたんだもの。

 

『修道院にいる時が一番幸せだったけれど、ここでこうやって働くのも悪くないわ。でも、ここにもそう長くはいられないのでしょうね』

 

 彼女はそう悲しそうに言ってたわ。本当は王子の愛人になんかなりたくなかったのよ。

 マリア様に酷い事をしてしまったと後悔していたから。

 でも、王子が自分に執着してしまったのは自分のせいだから、最後まで責任を取らなければいけないと言っていた。

 王子の方にも愛情が無い事くらいわかっていたみたい」

 

 そうノアは言った。

 

 

読んで下さってありがうございました!

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