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夜会のあと


 痛みで目が覚めた。辺りは暗い。一本だけ、ろうそくの灯りがついていた。

「お目覚めですか?」

 そっと声がかけられた。

「ここは?」

 シンシアが聞くと、優しそうな笑みを浮かべた年配の女官が目の前に現れた。

「王城の客室です。お薬を召し上がっていただくよう、言われております。」

 彼女はそういうと、薬を飲ませてくれる。

「少しお待ちくださいね。」

 静かに部屋を出て行った。

 窓にはカーテンが掛っているが、間違いなくまだ夜中だろう。あれから何がどうなったのか。

 痛みでもう眠れそうにない。

 しばらくして、ドアが開いた。

「シンシア。」

 セアラの小さな声だった。女官を一人連れている。

 髪はおろされて後ろでゆるく一纏めに括っている。ガウン姿だ。化粧をしてなくても、やっぱりきれいだ。

「セアラ、眠そう…。」

 つぶやくと、セアラが笑顔になった。でもやっぱり目が開ききってない。

「そう。眠くてたまらないわ。まだ真夜中よ。シンシア、眠れそう?」

「いたい」

 セアラがベッドの傍の椅子に座ると、女官がひざ掛けとショールを掛ける。

「お風邪を召しませんように。」

 そう言って、女官が部屋を出て行った。

 眠そうなセアラを見ていると、言いたくなった。

「一緒に寝る?」

 セアラが微笑む。

「可愛いこと言わないの。」

 どこが可愛いいのかわからないが、セアラはカップを枕元の台に置くと、向き直ってきた。

「王城の客室だって聞いた?」

「聞いたわ。」

「ここね、リビングを挟んで寝室がふたつあるの。向こう側に、シンシアのお母さまがお休みになってるわ。」

 少し驚いた。一緒にいてくれたのか。でもそれではセアラはどこにいたのだろう。

「セアラはどこで寝てたの?」

「使用人用の部屋。」

 何でもないことのように言われて、また驚く。伯爵家のご令嬢を使用人部屋に寝かせるなんて、ありえない。

「ごめんなさい。」

 痛みが一層ひどくなった気がした。

「平気。気にしないで。」

 セアラは眠そうなまま言う。

「シンシアが痛みで起きるかもしれないから、側にいたかったの。薬を飲んでもすぐには効かないだろうし、気を失った後のことも、知りたいかと思って。」

「私、気を失ったの? 薬で眠ったのかと思ってた。」

「気を失うように眠ったのかしら? とにかくあの後のこと、シンシアに見せたかったわ。」

 セアラの目は閉じがちだったけれど、楽しそうな笑顔になってる。

「シンシアのお母さま、あなたの声が急に聞こえなくなったから、突然立ち上がったの。猛然とこちらにやって来て、『まさか死んでしまったんじゃないでしょうね!』て叫んだのよ。」

 シンシアはぽかんと口を開いてしまった。

「お医者様を突き飛ばす勢いだったわ。子爵と、ディーンが必死で押さえて、お医者様に何度も大丈夫だって言われて、一時、治療が中断したわ。けど納得すると、その後シンシアの手を握っていたのは、お母さまなのよ。」

 優しい声に、自分の左手を見た。

「それからしばらくして、ロークの上司が彼の言い分を言いに来たの。」

 怖い顔を思い出して、思わず縋るようにセアラを見てしまった。

 彼女の表情は、優しいままだ。

「その時もお母さまが大活躍。私の娘はそんなことを言ってまわったりしないって。自分も含めてケルター子爵家の者は誰もそんなことは言っていない。言ったと言う人を連れて来てって。迫力あったわ。」

「みたかった。」

 自分のためにお母さまが怒ってくれたと知って、なんだか涙が出てきた。残念な娘でも、大事に思ってくれていたのかもしれない。

 セアラが涙を拭いてくれた。

「シンシアは自慢の娘ですものね。」

「私が? 自慢?」

「そうよ。どんな時もきちんとしていて、毅然としたところのある頭のいい子だって。私も聞いたことあるわよ。」

「しらなかった。」

 呆然とした。

「いつも、駄目だってばかり言われてたのに。」

「人の心って複雑ね。」

 セアラの眠そうなゆっくりとした声が心地いい。

「そこに女官長が言いだしたの。カティス子爵夫人から聞いたことがあるって。」

 ロークの母親だ。

「エレーナがシンシアに大怪我をさせてしまったのに、ケルター子爵夫人が寛大なおかげで、お友達でいられてると言っていたそうよ。これでシンシアのお母さまが戦意喪失してしまったの。どうして自分の息子にそう言ってくれなかったのかって。泣き出してしまわれたわ。」

 セアラと一緒にシンシアもため息をついた。

「これでロークの上司が撃退されたわけ。まずは謹慎、正式な処罰は明日、いいえ、もう今日ね、決められるはずよ。」

「処罰?」

「ご令嬢に、勝手な思い込みで怪我をさせたわけだから、罰は必要でしょう。」

「そうなんだ。」

 気持ちが沈む。それから大事なことを思い出した。

「アルティアは? 彼女の春の夜会をだいなしにしてしまったわ。」

「私もあの後は会っていないのだけど、アルティアなら許してくれるわ。」

 カース子爵家宛に騒がせた詫び状を書かなくてはと思いながら、また気になること出て来た。

「お兄さまは、大丈夫?」

「お人よしシンシア。大丈夫よ。ディーンもお母さまと一緒に怒っていたわ。」

 セアラが急にクスクス笑い出した。

「ディーン、あんな家族からエレーナを早く救い出さなければ、とか言っていたわよ。ケルター領も、エレーナにはそんなに優しい場所ではないと思うけど。」

「恋って、恐ろしいわね。」

 ディーンを見て、いつも思っていることを口にした。

「そうね、カイルも、ディーンと同じことを言ったし。」

「キルティ卿?」

 誰を救い出すんだろう。

「ケルター子爵が言ったの。問題しか起こさない娘だって。お母さまにも、大人しくさせろって怒ったの。お可哀相にお母さまは涙ぐまれていたわ。」

 お父さまらしいと思った。

「そこでカイルがディーンと同じことを、私にだけ聞こえるようにつぶやいたわけ。即、カイルは、シンシアに求婚した。」

 一瞬痛みを忘れた。

「されてない。」

 つぶやく。

「シンシアは気を失ってたから。お父さまに申し入れたの。」

 ただセアラを見つめた。

「驚いた? 驚いたわよね。本当、私も驚いた。」

 ため息をつかれた。

「今日、あなたに会ったらまず話したかったことが、これなの。話す前にカイルが来てしまったのだけど。この間の話し合いの後、私は彼らと帰ったでしょう。その馬車の中でカイルがいきなり、シンシアが気に入ったって。」

 わたし? どこが?

 声に出せない疑問をセアラが全部拾い上げてくれる。

「最初は怯えていたように見えていたのに、財務資料の説明を始めると、別人のようにしっかりとして、しかも要所を押さえて丁寧で分かりやすかった。説得力もあったって。凛々しく見えたらしいわよ。」

 凛々しい、他でも言われたことがあるような気がする。

「あなたが法律士と会計士の資格を持っていると知っていたみたい。実践もすでにできているなら、最高の人だって。」

 そんなふうに思われていたなんて、本当に驚きだ。

「妻に迎えたいっていうから、私、思わず、向こうずねを蹴りあげるところだったわ。」

 セアラは不機嫌な顔になった。そんな顔をされると悲しくなる。

「軽い気持ちでシンシアに近づくなっていったの。身分差があるのを忘れるなって。シンシアにお付き合いを申し込むなら、お父上であるキルティ侯爵に結婚の了承を得てからにしてって。」

 そういえば、と思う。

「…キルティ卿、セアラの手順を踏んだって言ってた。」

「思わず会場中を見回したわよ。侯爵の顔を見つけたくて。そうしたら」

 また大きくため息をついてる。

「キルティ侯爵が、こちらを見ていて、お酒の入ったグラスを持ち上げたの。本当に了承したのか、あなた達が踊っているうちに確かめに行ったわ。」

「本当に行ったの? 侯爵様に?」

 キルティ卿が、セアラは誰に対しても勝手気ままに行動するといっていたけれど、本当だ。シンシアにはとてもできない。

「そうよ。話が違っていたら問題でしょう。キルティ侯爵、本当にシンシアを侯爵家に迎えていいって。」

「うそ……。」

「本当よ。」

「じゃあ、私、今夢をみているんだわ。」

 痛い夢ってあるのね。シンシアはため息をついた。

セアラが使用人部屋に泊っていることも納得できた。夢だからおかしなことが起こる。

「シンシア、カイルが好き?」

 セアラに聞かれた。

 夢かもしれないけど、答えるのは難しい。

「まだ、よく知らない人だから。今のところは、好き。」

「いい判断だわ。シンシア。」

 楽しそうに笑われた。おかしなことを言っただろうか。

「だいたいは話したわ。眠れそう?」

 真面目に答える。

「いたい。」

「そうよね。ごめんね。わたしだけ眠っていい?」

 シンシアは自分が笑えるのが嬉しかった。痛いけれど、大丈夫。

「おやすみなさい。セアラ。」

「ありがとう。女官がずっとついているからね。具合が悪くなったらすぐに言うのよ。」

 熱を確かめるように額に手が当てられた。それから髪を撫でてくれる。

「おやすみなさい。シンシア。」

 セアラが何度も振り返りながら部屋を出て行くのをずっと見ていた。

 入れ替わりに、安心できる笑顔をもった女官が戻って来た。

 変な夢をみた。

 シンシアはそう思いつつ、ほんの少しやわらいだ痛みを抱いて目を閉じた。


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