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俺は彼女を監禁する / 白銀の剣閃  作者: 清水
邂逅 〜 The Dawn and "Girl" of a lonely Servant.
11/26

LVNH//O//2038/04/14/12/28//TE-01/2021/05/22//FCE

 俺が振り返ると、地獄を喚起させる衣装を纏う二人の少女がいた。

 一人はもう、見ただけで俺に罵詈雑言を吐き付けた方の少女だと否応無く理解させる、長身と吊り目が目立つ少女だ。その少女の身体的な特徴を列挙するのであれば、一番に言うべきは栗毛色のポニーテール、続いて衣服の上からでも分かる豊満な胸の膨らみと八重歯属性。

 そして、瞳だ。その瞳はまるでクリスタルのような水色の瞳だ。彼女の澄んだ水色の瞳はどこか青い瞳を持つ玲華を想起させるようである。実は親戚とかかな。いやいや、そんなわけねえだろ。それに、玲華の青い瞳とは違ってこの少女の瞳はどこか氷のような鋭く冷たい印象を与える。現に今も彼女の氷のような冷たい視線は俺に容赦無く突き刺さってきている。痛いです。

 身体的に注目すべき部位は言ったが、男性的に言うのであれば改めてその突き出た二つの膨らみについて述べなければならないだろう。お前らも気になるんじゃなだろうか。いや、これは相当の代物なのだ。ルナよりデカいんじゃないかなあ。彼女が俺の鬱陶しい視線にイライラしながら腕組みをするが、逆効果だ。何故って、その二つの膨らみが彼女の腕で締め上げられることによって更に衣服から飛び出んばかりに押し出されるからだ。男の目に悪い。


「って、何ジロジロ見てんのよ、全然気持ち悪い…………」

「あ、ああ、い、いや、ごめん。ごめんなさい!」


 その巨乳ポニテの後ろに突っ立っている少女は見るからに無口無表情キャラみたいな少女だ。件の表情はこれと言った感情が何一つとしてない無表情で、口は一文字にきっと結ばれている。彼女が饒舌に話す様を俺は想像することが出来ない、というのが彼女を見て一番に思ったことだ。

 更に背丈や胸の膨らみ自体は中学生くらいで、玲華よりも小柄な少女だ。というか、胸の膨らみなんて言ったが、実際には膨らみそのものが無いとさえ思える。まあ、あるにはあるのだろうが。髪型は清潔感のある銀髪のショートカットで、前髪は綺麗に揃っている。パッツンというやつだ。

 さて、ここまでならもう隣の巨乳ポニテの圧倒的な胸と存在感によって背景と同化、空気と化すような地味な少女なのだ。しかし、コイツはコイツで思わず二度見してしまうような凄まじい特徴を持っていた。まず、髪飾りなのかクリップみたいのを付けている。おやおや、クリップなんて有り触れているじゃないか、何がオカシイと言うのかというツッコミが多数来るんじゃないだろうか? しかし、これは明らかに普通じゃない。彼女の髪飾りのクリップは異常で、普通だからオカシイのだ。ああ、もう、回りくどいことを言うのは止めよう。彼女の髪に付いているのは銀色で無骨なただの業務用のクリップなのだ。一体どんなファッションだよ、斬新過ぎるだろ。

 そして、一番目を引くのは彼女の光彩異色症。つまり、オッドアイという二次元美少女に有りがちな眼球を所有しているのだ。問題の色はルビーのような赤の右目と琥珀のような金色の左目だ。……周りが明るくて分かりにくいが、恐らく右目の赤眼は魔的なものだ。ああ、魔術絡みって意味な。


「あ、あの……ご主人様。お昼…………お昼、お昼」


 悪いがルナ、俺は今、お前に構ってなどいられないのだ。済まないが、そのままご主人様のためにドアを開け続けていてくれ。何だかドアの向こう側にいるウエイトレスさんが目の色を白黒させているような気がするが。


「も、もう少しだけ待っていてくれ、ルナ」

「畏まりました……」


 ……おいおい、これの一体何が地獄だって? 可愛らしい和服メイドに加えて巨乳&貧乳美少女とご対面とか、幸せ以外の何物でもないじゃないか! そこ変わりやがれ! って感じじゃないですか。だが、待て待て、俺の話をよく聞け。彼女たちの身に纏う衣服が問題なのだ。この世の地獄を具現化する、そのオーバー過ぎる表現も俺にとってはあながち間違いと否定することは出来ないだろう。

 もう、一目で嫌という程分かった。俺の記憶の一番深いところに封印したものなのだが、あっさりと俺の記憶の浅い層に飛び出てきやがった。俺の記憶の施錠も随分とガバガバなものだ。


 それは、とある学校の制服だ。

 制服の端々に金色のストライプを織り交ぜつつ、紺色をベースにしたブレザー。やや特徴的なワイシャツの襟からはブレザー全体のアクセントとなる真紅の紐タイ。ブレザーと同色のチェック柄のスカートは膝くらいまでの長さの丈がある。

 あ、因みに今説明したのは貧乳オッドアイの着用している制服だ。巨乳ポニテの着用している制服は確かに貧乳オッドアイの制服と同じなのだが、何と言うか、明らかに校則に反した改造をしちゃってます感がある。スカート丈の短さとか、紐タイじゃなくて滅茶苦茶大きめなリボンだったり。

 しかし、そうは言ったって、貧乳オッドアイの制服の袖だって明らかにぶかぶかだ。いわゆる萌え袖というやつらしい。と、言うわけで、彼女たちの着ている制服は適切に着用されておらず、然るべき制服の全体像が見えない。

 だが、長々とその制服について喋ったが、そもそも制服などさほど重要ではないのだ。っつうか萌え袖可愛いよな。問題というのは、そのブレザー、の右胸辺りに縫い付けられた忌わしい紋章だ。そのたった一つの紋章によって可愛らしい制服は地獄を具現化するものとして機能しているのだ。俺はさっきから制服というよりは、この紋章に目が釘付けになっているのだ。ああ、いや、決してその紋章の内側にある巨乳を見ているのではないんだ。とも弁解しようと思ったが、さっき巨乳ばかり見てしまっていると自供したばかりではないか。畜生。

 はいはい、巨乳はさておき、件の紋章は王冠と草だとか羽だかよくわからんものとエスカッシャンとかいう盾だか何だかが組み合わさったという、全体的に西洋風に見えるものだ。よく分からないものだらけで済まないな、生憎紋章学の知識は備えていないのだ。文武両道天才少女の玲華がいつしかヨーロッパの歴史ミステリーだとかの特番を見ている時に軽く説明してくれた気がする。


 さて、件の紋章。

 忌わしき紋章に記された盾。

 その盾に描かれた紋章は四つ。


 一つ目は羽のような流麗な平行四辺形。

 二つ目は黒に浮かぶ六芒星。

 三つ目は日本風の家紋。

 四つ目は碇。


 出来ればこの四つ目の紋章の碇というポイントでピンときて欲しいのだが、そんなヒントがなくとも俺がこんなにも忌避するべきものと言えば、アレが絡むことだと分かるだろう。おかしいなあ、最近エンカウント率が高過ぎる気がするぞ。これも天上の意志だと言うのか? というか天上の意志って何だよ。


 碇は船に、船は港に。

 即ち、それは、かの魔術先進国である港元市を象徴する紋章だ。


 故に必然的にこの紋章を縫い付けているのはどう考えても港元市関係者だ。そして、それが制服である以上、港元市内の学園の生徒と考えるのが妥当と言えよう。

 目の前の巨乳ポニテは俺の視線がそのご立派な巨乳ではなく、その紋章に向けられるものと気付いたのだろうか。直様、彼女は腕組みを解いて、今度は彼女が俺に風穴を空けんとばかりに目を覗き込む。事実、巨乳も見ていたんだけどね。

 彼女のクリスタルのような澄んだ水色の瞳は始めこそ刺々しいものだったが、何だか急速に氷を溶かしたように丸々とした視線に変わっていく。そして、その視線は何だか動揺やら疑念、危機感の混じるそれと急変する。


「…………あ、あんた。もしかして、つーくん?」

「……我が名は藤原衛紀だ。因みに『つ』は名前のどこにも表記されない。覚えとけ」


 本名も知らないで、しかも初対面でいきなり勝手につけたあだ名で呼び出すとはなかなかファンキーな女だ。というか無礼だ。一体、どういう感性を持ち合わせているのだろうか。常識的に考えてちょっと自分がオカシイと思わないのだろうか。

 加えて初めましても言わないで昔のお友達のフリをして近付いてくるとは。ちょっと初対面の人でもあだ名を勝手に付けてコミュ力ありますとか、私なかなか面白い女でしょとか、そういうアピールというやつだろうか。はあ、何と言うか哀れで、痛々しい。どういうアピールのつもりかは知らんが、近寄らんでくれ、コミュ障が伝染する。

 …………と、俺は人生史上最大にして壮烈で壮絶なブーメランを放ち、そのブーメランは数ミリの狂いなく的確に確実に俺の元に戻ってくる。そして、俺を激しく殴打し、勢いよく刺突する。俺はただ……悶絶するばかりだ。

 俺の悶絶する姿を見てルナはあたふたと寄ってくるが、悪いが今だけは放っておいてくれ。本当にお前の従事っぷりには感謝しているが、俺は知らないんだ。何にも知らないんだ。特に本名も知らないで、しかも初対面でいきなりあだ名をブッ飛ばした永遠の名付けとかいう痛々しい儀式をしちまったファンキー過ぎる男なんて、俺は決して知らないんだ。断じて知らない。知らない。知らないのだ。

 巨乳ポニテは俺の英国紳士もびっくりな紳士的ツッコミ兼ブーメランを受けると、一瞬困惑したようだが、すぐに顔を真っ赤にして青筋を立てる。

 嫌な予感がするが、なかなか面白いものだな。顔を真っ赤にしながら青筋を立てる。赤と青の対比。ふふっ、実に詩的ではないか。あ、いや、冗談だ。


「は……はああああッ? あ、アンタ何様のつもりよ! この矢吹遥(やぶきはるか)様に何ですかッ、王侯貴族気取りですか! 全然有り得ないんですけど! 田舎者はマナーが悪いわねッ!」

「あらあら、矢吹さん。港元帝立第一学園の学生さんが、こーんなド田舎で自分の名前を振り翳すとは如何なことでしょうか?」


 ドヤァ。

 俺はちょっと思った。この女に勝った、と。

 矢吹遥と名乗った女が青筋を立てる怒り顔にやや焦り気味の汗を流すのを見て、俺は口元を歪める。そうだ、港元市の連中は日本の中では敵も同然だ。そんな敵地でむやみやたらに名前を明かして良いものではないだろう。どんなに彼女が港元市産の魔術師だろうと、ここは日本という敵地。地の利とは案外、戦争に於いて重要な要因だ。

 そんで、港元帝立第一学園というのは、港元市にある学校組織の内の一つだ。組織の内の一つというか、実質一つしかない。そもそも港元市内の学校というものは小学校から大学などの教育機関が集合した大規模な学園という単位で存在する。その内の一つ(だから、一つしかないが)が、港元帝立第一学園だ。

 紺色のブレザーは第一学園のトレードマークみたいなものだ。そして、矢吹の容姿を見る限り、コイツはその港元帝立第一学園の高等部、つまり女子高生であることが窺える。

 はは、何故そこまでその港元帝立第一学園に詳しいかって? 言わせるな、俺は七年前、ここの初等部に所属していたんだよ……ッ。まあ、隣の貧乳オッドアイはその背丈やら胸を見るとどう考えても高校生じゃなくて中学生くらいなのだが、右に同じく女子高生だ。

 にしても、俺が言ったようにコイツらがマジで港元市関係者であれば余りに不可解過ぎる。そして、非常に良くない事態だ。何度も口を酸っぱくして言ってきたが、港元市は現在日本から半独立状態にあり、その国交はほぼ途絶している。寧ろ一触即発と言っても過言ではない。

 そもそも、港元市はその先進的な魔術技術を施した港元市内の学生を外へ出すなどということは決してしないことなのだ。市の出入り口の大きなゲートは厳重な警備体制が敷かれており、脱出に成功した者は誰一人とさえいないという。また、その場で処分という噂さえあるくらいだ。

 まあ、そこから引っ越してきた俺が言うのもアレだが、普通ならこんなド田舎の戦蓮社に港元市の人間がいるということ事態が希有な状況なのだ。希有というか、もう常軌を逸しているというか。

 しかし、現実はその事実に矛盾している。目の前の港元市製の女子高生は確かに、このド田舎戦蓮社にいる。コイツらはコスプレイヤーでなければ、恐らく密入国者ということなのだ。その密入国を成功させたのが彼女ら自身であると考えることは少々無理がある(さっきも言っただろう。出入りは個人の力では絶対に出来ないのだ)ので、あまり考えたくないが港元市自身が彼女らの日本への密入国を促したと考える方が適切と言えよう。つまり、これは港元市による『例外』(インダルジェンス)の可能性がある。

 だとすれば、俺はこの矢吹という女にチェックメイトをかけたつもりでいたが、逆にチェックメイトをかけられているのかもしれない。何故かと言えば、俺自身こそ港元市から公認ではあるものの逃げてきた身なのだ。

 まさか、やや強引にも俺をあの市へ連れ戻しにきたという線もなくはない。それに、今考えれば、俺こそ元港元出身のくせに真っ先に本名を名乗ってしまうとは余りにも不用心過ぎた。もしかしたら、矢吹という女が勝手に知りもしないあだ名で俺を呼んだのは、怪しまれずに俺の本名を聞き出すというとんでもなく巧妙な罠だったとでも言うのか。

 であれば、俺はブーメランをもう一発放ってしまったようだ。なーにが、この女に勝った、だ。やっぱり死亡フラグじゃねえか。ヤバいぞ、もう本名名乗っちまったぞ。玲華の引っ越しやら、父の遺言を色々思い出したが、まさか向こう側からこんな直接的に手を打ってくるとは想像だにしてなかったのだ……!


「あ……あんた、何でそれを知っているのッ?!」

「…………遥、制服着ていたら、バレるわ」


 巨乳ポニテがまたその真っ赤な顔に嫌な汗をだらだら流すと、遂に貧乳オッドアイが口を開いた。ようやく聞くこととなった貧乳オッドアイの小さな口から発せられた声は、やはり想像したように抑揚のない無感情ボイスだ。可愛らしい。もっとしゃべっておくれ。

 貧乳オッドアイはその特徴的なオッドアイをいわゆるジト目にして矢吹という女に華麗なる無感情ツッコミを放つ。ツッコミを食らった矢吹さんはもう怒りなのか恥ずかしさなのか分からないが、とにかく顔を真っ赤にして身体をビクビクしてやがる。恐ろしい焦り様だ、もう瀕死状態かな。

 って……あれ、コイツら俺が元々港元市出身ってことに気付いてないぞ。


「で、ででででも、優梨(ゆり)、コイツ、港元市のこと知っているなんて一体どういうことよ! 制服は市の外では一般公開されてないはずよ!」

「…………だから、そうじゃなくて、その校章を見たからと思われる。あと、さり気なく私の名前を暴露しないで」


 オッドアイはどうやら優梨ちゃんという名前らしい。教えてくれてありがとう、矢吹さん。あんなに卑怯なワザで俺の名前を聞き取ったのだからこれくらいは知っても良いだろう。

 さっきから描写の度にオッドアイというあだ名で呼んで、彼女のオッドアイを説明するという混乱を招くような暴挙をしていたからな、助かった。出来れば苗字も知りたかった。馴れ馴れしく名前で呼ぶのはあんまり好きじゃないからな……。だが、仕方ない。分からない以上は優梨ちゃんと呼ぶしか無い。

 優梨ちゃんはその特徴的な萌え袖から微かに見える指先をちょいと覗かせて矢吹さんの胸に貼付けられた校章を指差す。その微かに見える指先は真っ黒なのだが、ガントレットというヤツだろうか。彼女の細い指を綺麗に包む柔らかそうな素材にも見えるのだが、そのクセに金属光沢がうっすらと確認できる。ただの手袋ではあるまい、恐らく港元市製の武器、或いは魔具だ。

 一方で優梨ちゃんの話を聞いた矢吹さんは己の失敗に気付いたのか、もうクリスタルの瞳に涙をうるうるとさせ、脚をガタガタと震わせて優梨ちゃんに抱きついた。おお、百合か? キマシか?

 しかし、残念な事に優梨ちゃん自身はそれに動じる事無く、というか無視してぶっきらぼうに巨乳ポニテに応じる。背丈や胸は優梨ちゃんより圧倒的に矢吹さんの方が上なのだが、こんな情けない有り様を見てしまうと何故か俺自身も凄くやるせない気分になってしまう。まあ、身長は全然違っても同級生という可能性はある。でも優梨ちゃん、あの玲華より小さいのだが。

 さて、これはマジで俺が港元出身とバレてないということだろうか。案外これはそのまま逃げられるパターンかもしれない。俺がまた勝ったぞ……と口元を歪める前に、優梨ちゃんが何と今度は俺にそのオッドアイ&ジト目で見つめ、口を開く。な、何のご用でしょうか……?


「…………久しぶり。そして、初めまして、お兄ちゃん」

「もうその手には乗らないんだ。絶対に」

「…………そう」


 優梨ちゃんはその目を数ミリ伏せて、小さく空気を吸う。

 そして、再び口を開く。二撃目、来るッ。


「…………お兄ちゃんが元々港元出身だったから遥が港元出身であると見破った、という仮説が考えられる。仮説も何も、彼は港元市出身。これは、確定」


 二撃目直撃ス。我正ニ敗北ス。

 どうにもこの世は俺の思うようには絶対に動いてくれないらしい。俺のすることなすことあらゆる事と正反対の事が起こるのだ。全く、この世はツンデレか。照れちゃって可愛いなあこの世は。ふふ、だが俺はそんな素直じゃないこの世が大好きだよ。なんて言うとでも思ったかこの世。俺が好きなのは俺に絶対に逆らわない奴だけだ。俺に逆らう奴はたとえこの世界であっても赦さない。

 というか、この世をヒロインにするとかどんだけスケールデカいんだよ。だが、案外、世界そのものを擬人化するのは面白そうだ、誰かやってみてくれ。

 などと、もう人外萌えな方向にぶっ飛んで、併せて無機物フェチさえも凌駕する何かを放出させてしまう程俺は焦っているらしい。フェチというより、オールラブですね。

 あはは、お兄ちゃん死亡フラグ立て過ぎちゃったよ、誰に似たんだろうね。答えてくれよ、我が父親藤原衛世さんよォ。

 だが、この発言は同時に明らかに彼女らが港元出身であることを確信させるに足るものだった。予感的中。全く嬉しくない。ああヤバいですねえ。玲華が超努力家だとしたら、優梨ちゃんは飄々として実は凄いとかいう先天的な天才だ。まさか俺の視線や態度だけでこの事実を察知するとは……それとも精神系魔術でも用いたのか? だとすりゃ仕方ねえんだが。

 天才少女優梨ちゃんは俺の無意識的に強張る表情を見て、ほぼ無表情な顔を微かに逸らして口角を引き攣らせる。こ、この表情の変化、もしかしてドヤ顔のつもりなのか……。おいおい、顕微鏡使わなければこのドヤ顔がドヤ顔だと認識することは出来そうにないくらい無表情なままだぞ。

 抱きついたままの矢吹さんはオッドアイの発言を聞くなり目を見開いて、「や、やっぱりね、全部最初から知っていたわよ」だなんて嘯いてやがる。お前絶対に気付いてなかったろ。彼女はそのまま自分より確実に身長の低い人間に抱きついて涙目でガクガクしていたという実に情けない様を振り解き、両手を腰に添えて王者のポーズ。そのクリスタルの瞳にもはや一滴の涙はなく、そこにあるのは希望という輝きだけ。

 ああ……マジうざってえ。優梨ちゃんには勝てなさそうだが、絶対この巨乳ポニテだけは俺が倒して、願わくはそのおっぱい、俺が剥ぎ取ってやる。そして、小さいだとかまな板だとか絶壁だとか地平線だとかレーズンだとかゼロだとか虚無だとか真理だとか発言しただけで恐ろしい勢いで俺の首を刎ねようとする玲華に移植してやるんだッ。

 だって理不尽じゃないか、この世にバストの格差社会があるということより、「真理」と発言しただけで首を斬られそうになるなんて。しかも「レーズン」に悪意は無いだろう。

 ククク、それにこっちには俺に絶対服従を誓い、俺以外の人間には知覚不可能なメイドだっているんだ。お前に勝ち目など無い。いざ、反撃開始だッ!


「お、おおおお、お客様ッ! さ、三名様ですね! すぐにお席ご用意出来ますよ!」


 俺の謎なテンションが最高値に達したところ、かくして、ドアの向こうで目を白黒させていたウエイトレスさんの仲裁によって俺たちは半強制的に停戦することになった。

 だ、だって、滅茶苦茶ウエイトレスさん泣きそうだったんだもの。逆らえるワケないじゃないですか。いや、お店の前で戦争起こしてすみませんでした。大変ご迷惑おかけしました。良い子はくれぐれも真似しないように。

 というかルナ、お前ウエイトレスさんにカウントされてないけど、平気なのかなァ……。


   ***


「で、一体全体どうして」

「私たちが一緒の席なのよ」


 各自食べたい物を注文し終わった俺たち三人(四人)だが、何と三人(四人)全員同じテーブルで食事をすることになってしまった。今にも泣きそうだったウエイトレスさんの発言を聞いた限りだと、ルナがカウントされなかったのは当然として(ルナは誰にも見えない!)、俺と矢吹さんと優梨ちゃんはどうやら一グループとしてカウントされたようだ。まあ、話の輪から外れて見てみればそう見えるのも無理はあるまい。

 幸いなことに案内されたテーブル席は四人用のもので、俺の正面に矢吹さん、斜め前に優梨ちゃん、俺の隣の本来空くはずの席にはルナが座った。可愛い女の子三人と食べる昼食。なんて聞けば羨ましいかもしれないが、予想以上にドキドキする。果たしてこの距離でルナを隠し通せるのか……?

 だが、よくよく考えればルナの存在は現在外界への干渉率最低ランクの幽星体(アストラル)で、もはやその存在は俺の脳内のみにしかないと言える。加えてこの女を隠さなくてはならないのはあくまで滝沢玲華、及びその滝沢玲華と接触する可能性のある人物だけだ。コイツらにバレたから何だって話だ。

 それでも、この男は女を侍らせていましたとか、女の子にご主人様などと呼ばせているだとか、最悪な場合はヤンデレ男子、監禁系男子などという不名誉な噂を振り撒かれる未来を想定すると、何だか全人類からこのルナを隠さなくてはならないようさえに感じる。どうしたものか……。


「ご主人様?」

「ハッ…………トゥシャ?!」


 我ながら放心して、どこぞの王国の首都を叫ぶなんて恥ずかしい真似をしたものだ。どうやら昨日のテストで出現したアナトリア半島の鉄の大帝国が気になって仕方がないらしい。真ん前にいる矢吹さん何て肩をビクンと揺らして驚き、そのままテーブルのはじっこに突き刺さっているメニューで顔を隠す。そのまま視界に俺が入らないようにする。

 ああ、はいはい、一人で急に意味不明な事言ったら気持ち悪いですよね。しかしだな矢吹さんよ、この軽はずみな発言を仮にも滝沢玲華にしようものなら膨大な知識が延々と彼女の口からは迸るのだ。聞きやすく分かりやすい彼女の説明は一見してそこいらの教師を凌駕するそれだが、いや、それは本当に助かるのだが、特に必要としてない知識までをも語らう悪癖があるのだ。

 矢吹さんはメニューで隠した顔の半分を上げ、その目だけでこちらをちらちらと窺う。うわあ、俺滅茶苦茶警戒されている。当たり前だが。


「……ゴホン。ご存知の通り、私は矢吹遥、港元帝立第一学園の高等部の二学年よ。先程は取り乱したわ、失礼しました。ほら、この私が名乗り、謝ったんだ。次はお前が名乗り、そして謝る番よ!」


 咳払いをして自己紹介を改めて行い、謝罪をした矢吹さんなのだが、反省心はゼロのようだ。何より、未だにメニューで顔半分を隠したままで彼女の顔が見えない。コミュ力皆無の俺が言うのも何だが、人と人が会話を行う際に実際に相手の顔が見えるか見えないかというのは案外重要な要素だ。俺は実際のところネットはあんまり見ない方なのだが、ネットによって性格が急変したり、器用に使い分けたりするというケースもあるそうだ。これはやはり、実際に顔を見ない、という事実が引き起こす、ないし少なからず作用する現象なのかもしれない。

 なんて思うが実際、衛世の奴はネットでも多くの友人がおり、リアルでは引き蘢りながらも人とは普通に、いやそれ以上に語らう術を持っていたではないか。そう考えると、実は顔が見えようと文字だけだろうと声だけだろうと、ボディーランゲージやジェスチャーだけでもコミュ力を有する天から愛された者共はそのコミュ力を最大限に引き出す術さえも持っているのだろう。いや、それこそが真のコミュ力なのかもしれない。ところでボディーランゲージとジェスチャーって何が違うんだろう。


「さっきも言ったが、俺は藤原衛紀だ。地元の戦蓮社高校の二年だ。俺こそ先程はお前らの出身を大きな声で暴いて済まなかった、反省している」

「本当に全ッ然ッ、反省している? どのくらい? どのくらい?」


 お前、超嬉しそうに目をキラキラさせてそんなこと聞くなんて本当に高校生なのか、矢吹さん。本当に義務教育を修了しているのか。俺の記憶が定かであれば、俺が第一学園の初等部に在籍していた頃は量こそ少なかれ道徳という名の授業があったのだ。もしかしたら、俺が転校してからそのカリキュラムは余りの魔術教育の展開によって削減、消滅してしまったというのか、そういうことなのか。

 それとも、港元市の道徳教育なんてやっぱりクソで、この戦蓮社の分校の道徳の授業で視聴したあの人語を解すピンク色の怪獣や獣畜生共の番組こそが、今の俺の清く正しく美しい人間性を築いていたというのか。だとすれば、日本の道徳教育はかの港元市に打ち勝ったと言えよう。……はいはい、俺の人間性なんてどこも清らかじゃないし、正しくないし、美しくもありませんって。

 にしても、矢吹遥、全然ムカつく奴だ。ついつい口癖が伝染して、フルネームで認識してしまうくらいムカつく。もうさん付けで何て呼ばねえからな、矢吹遥。

 そして、俺がどのくらい反省するか聞く割には、矢吹の謝罪からこそ悲しい程の罪悪感の無さがひしひしと伝わってくるではないか。何だか逆に悔しいから俺は徹底的に、滅茶苦茶反省してやる。俺様の恐るべき反省力(?)の前にお前はただただこんなに反省させてしまったことに対して衝撃を受けるしかない。そうしてお前は言うのだ、「そんなに謝らなくて良いよ、私も悪かったから」、と。


「それはもうこの俺たちを取り巻く地球、またそれを内包する太陽系や大宇宙より広く、この俺たちを立たせる大地の砂粒、またそれを構成する原子や素粒子より深く反省しているとも」

「全然安っぽい。五点」

「お前だって、全ッ然ッ、反省してねえだろォが!」


 しまった。ついつい当たり前の事を大人げなく本気で叫んでしまった。いやあ、俺もまだまだ未熟だなあ。これでも日本の道徳教育を受けた清く正しく美しい人間性を持ち合わせているというのに。……もうツッコミはいらないよな。

 それはそうとして五点だが、その割にはこの矢吹という女、意外にこのノリが気に入ったのか普通に楽しそうである。栗毛色のポニテがぴょこぴょこと揺れているのが分かる。

 傍らでルナは「百点です! 私の採点基準でこれ以上の反省心は言い表せません!」だとか必死に訴えてくるが、普通に煩いから無視しといた。彼女はその場で椅子をガタガタ揺らして喚いているが、目の前の少女二人にはルナの声が聞こえないのは勿論、椅子が揺れる音さえも届いていないようだ。寧ろやたらと空席(・・)に気を配っている俺自身を奇異の視線で見ているようでさえある。


「ふぅん、衛紀くんね。全然、覚えたわ。やっぱり、同級生だったのね」

「一応、そういうことになるな……」


 コイツらにはひとまず俺が七年前、第一学園の初等部に在籍していたことは知られてはいけない(もう知られているかもしれないが)事なのだが、もしかしたら俺はこの矢吹遥という女とクラスメイトの関係にあった可能性もあるわけだ。まあ、当時の記憶なんて全くと言って良い程ないし、思い出したくもない。それに、如何に知り合いだとしても「つーくん」は無いだろう。


「ああ、それと、この全然めっちゃ可愛い子は私の親友の霧谷(きりや)優梨よ。優梨も私と同じ第一学園の二年生よ。ね、可愛いでしょ?」

「あの……」

「…………遥」


 まーたこの子は勝手に他人の個人情報ばらしちゃったよ、何やっているんですか貴女様は。ほら、霧谷優梨さん、ジト目で私を見つめていますよ。っておい、何で俺を見るんだよ、個人情報バラしたのは俺じゃなくて矢吹だろ!

 名前に引き続き、遂に苗字までもバラされた彼女は俺から視線を外して矢吹を見つめ(それで良い)、萌え袖からちらりと見える指先で矢吹の制服を摘む。そして、ほんの数ミリ頬を膨らませているようにも見える。やっぱりそれはどうしようもなく無表情に見えるものの、顕微鏡で見なければ確認出来ないレベルでの表情の変化は一応あるらしい。顕微鏡で確認してない以上、この変化というのはもしかしたら俺の脳内で無理矢理そういう風に見せている幻影であって、もしかしたら全然無表情のままかもしれない。どちらにせよ、彼女の顔が怒っていると理解するのには多大なる努力が要求されよう。

 うっかり発言をしでかした矢吹はまたも嫌な汗を流して霧谷を見てビクビクしている。もうここまで来ると上下関係というのが明白に分かるものだ。遠目から見れば、霧谷の表情は全く怒ってないそれと変わらないため、霧谷は矢吹の制服を摘み、更に二人は見つめ合っているように見える。というか遠くから見なくても充分仲の良い二人に見える。百合だ。キマシだ。矢吹の言う通り、彼女たちは大親友なのだろう。まあ、霧谷は表情では分からないが、多分今は怒っているはずなんだけどね……。


「ぜ、全然、他人なんかじゃないもん! ねえ、優梨!」

「…………そういう話じゃない。それより、お兄ちゃん」

「誰がお兄ちゃんだ」


 霧谷は無言で俺に萌え袖からちょびっとだけ見えるガントレットで包まれた指先で俺を指す。いつからお前は俺の妹になったんだ。

 俺が引き攣り笑いをして話題を逸らそうとするが、その指先はさることながら、彼女のオッドアイの視線までもが固定されていることに気付く。


「…………お兄ちゃんは、もう、この件からは逃れられない」

「な、何を言っているの、優梨? この件ってどういうことよ……」


 その余りの突然の発言には矢吹までもが眉を顰めた。しかし、霧谷の発言の意図は伝わったのだろう。矢吹は先程までのおちゃらけた雰囲気の一切を粉々にし、真剣な面持ちを作る。

 俺の表情に残ったままの引き攣り笑いは彼女たちの展開した重々しい圧力によって失われ、代わりに疑念と警告が渦を巻く。

 そう、だ、忘れてはいけない。彼女たちは港元市の学生であり、間違いなく『例外』(インダルジェンス)を持つ存在だ。さっきも言っただろう、個人の力のみで港元市の外には到底抜け出すことは出来ない。だとすれば、彼女らは港元市自体によって港元市から抜け出し、日本に密入国するよう促された可能性が非常に高いのだ。港元市の人間はこのように、港元市本体が国外への移動を促進、公認するような事態を『例外』(インダルジェンス)と呼ぶ。俺が港元市にいた頃、噂話として聞いていた話だが、この制度が存在することは知っている。その最たる例こそが、この戦蓮社に引っ越してきた俺なのだから。

 その都市伝説の多くで語られた『例外』(インダルジェンス)とは、いわゆる、おつかいというヤツだ。俺自身は別に何のおつかいも課されていないが、都市伝説の中での『例外』(インダルジェンス)の付与された者の多くは国外での厄介事を対処してくる、というものだ。

 何だ? 目の前にいるのはたった二人の少女じゃないか、だって? 全く、馬鹿は休み休み言え。港元市製の魔術師の多くはもはやその辺の国の魔術師として格が違い過ぎるし、高ランクの魔術師であれば大国の首都を一晩で陥落させる力をも持つという噂もある。それに、今回のお使いのターゲットが俺なら並の魔術師程度でも充分だ。このまま二人を倒してやるどころか、逃げ切る自信さえも毛頭無い。今の俺には絶対に無理だ。


「ご主人様。何かあれば……私が」


 ルナはその険悪な雰囲気をいち早く察し、既に霧谷の後ろ側で大口径の魔銃、空間加速砲(エアアクセル)を構えている。安全装置は、外れている。このまま空間加速砲(エアアクセル)の引き金が引かれれば、まず間違いなく霧谷の顔面は綺麗に切断される。そうなれば彼女の死は免れ得ないだろう。

 だが、チェックメイトには至らない。そもそも引き金を引き、大口径内部の空間を高速で射出させたとしても、霧谷に空気の刃は干渉することが無い可能性がある。

 その通り、ルナの魔術(かは知らないが)である幽星体(アストラル)の機能だ。いかに誰からも認識されない素晴らしい力があろうとも、そもそも幽星体(アストラル)ではルナ側からの干渉も出来ない。ルナの幽星体(アストラル)の支配下にあるものはルナや俺が接触出来たとしても、それは俺を除く外界の一切に干渉することがないのである。空間加速砲(エアアクセル)や、その引き金や銃身内部の空間が幽星体(アストラル)の支配下にある以上、そこから放たれる空気の刃も幽星体(アストラル)の支配下に置かれる。

 少し考えれば分かるはずだ、ほら、彼女の体内から発せられる声や吐息だって彼女の体内から外に出ているのに誰にも認識されない。それはつまり、声や吐息だって幽星体(アストラル)の支配下にあるということなのであり、このルールは空間加速砲(エアアクセル)と空気の刃の関係に於いても成り立つはずだ。

 そうだ、ルナが霧谷を射殺するには第一に幽星体(アストラル)から生気体(エーテル)になる必要があるのだ。しかし、生気体(エーテル)ともなれば相手からの攻撃だってルナに届いてしまう。加えて和服ではさぞ動きにくいだろう。そうなれば、彼女は間違いなく俺が預かった身体強化のお札を使うはずだ。そんなことがあれば……。突如、苦しむルナの姿が脳裏にちらつく。

 これは身体強化の魔術による副作用のそれだ。そのイメージは恐ろしいまでのリアリティをもって俺を取り囲む。まるで、俺がこんな状態に陥ったルナを見てしまったような、どこかで見たことがあるような感覚だ。

 ダメだ、彼女を苦しめてはいけない。俺がここまで走ってくるだけで彼女は例の魔術を使用したのだ。この場で何かあれば彼女はまたしても躊躇なく使うだろう。だから、ルナをあてにしてはいけない。俺が、何とかしないとッ。


「この件ってのは、何だ。何のことだ、霧谷さん」


 霧谷は俺の顔に向かって固定していたその悪魔のような真っ黒い指先をゆっくりと胸の方に下ろした。胸の方、つまり、胸ポケットに向けて、だ。より正確に言うのであれば、その胸ポケットにあるのは衛世の遺品である謎の指輪と、問題のお札だ。


 俺は確信する。

 霧谷優梨、コイツは俺の胸ポケットにある指輪と不気味でボロボロなお札を感知したのだ。つまり、魔術の使用だ。


「霧谷、お前、()えているのか?」

「…………札、を提示せよ。もう一つの環状の魔の塊ではない。いや、その環状の魔の塊は……コード99の構造と酷似して、いる? いや、まずは札の提示が最優先。直ちに札を提示せよ」


 そして、彼女の右目にあたる赤眼。千里眼(クレアボヤンス)顕微鏡(マイクロサイト)望遠鏡(テレスコープ)などに代表される魔眼に違いない。

 俺の質問を適当にあしらった彼女だが、もう見紛う事はない。彼女の赤眼が妖しく不気味に輝いているのを。霧谷はそのまま真っ黒な指先で俺の胸ポケットをとんとんと叩く。その震動はもはやお札やらを突き抜けて俺の心臓そのものを叩いているようにも感じさせた。もう、このお札を誤摩化す術はなさそうだ。いわゆる、チェックメイトだった。


「ご主人様、ここは提示すべきかと。その上で、ご主人様に危害があれば……」


 ルナは繊細な人差し指を引き金にかけ、俺は頷いて胸ポケットから慎重にその紙片を取り出す。霧谷は満足そうに、しかし決して表情には表さず頷いて眼を細める。一体、その魔眼がどんな力を秘めているものかは不明だが、透視、または魔力の直視ないしその両方を持っているのは確実だ。

 一般的に、護符や魔銃などに代表される魔具には一つ、もしくは二つ以上の魔法陣が刻まれており、一度使用された魔具には魔力の扱いに長けた玄人が使わない限り、余分となった微かな魔力が残留してしまうのだ。魔力の直視とはそういう細かい魔力の動き全般を視覚情報として捉えることが出来る魔術だ。あんまり詳しくもない説明をして何だが、彼女がこれとは全然違うメソッドで覗いていたら笑えるな。笑えないけど。

 長らく真剣な顔のまま固まっていた矢吹だが、そのお札が俺の胸ポケットから飛び出すと舌打ちをした。どうやら、このお札を持っている以上、彼女たちの『例外』(インダルジェンス)と干渉するのだろう。場合によっては、マジでこの二人の魔女と激突する可能性だってあるのだ。


「…………そう、それ。あの村にあったお札。違う?」

「衛紀くん……君は、何てモノを持っているんだ」


 俺が黙ったまま頷くと、矢吹は何か苦虫でも噛み潰したような顔をする。余程、このお札はあの村から剥がしてきてはいけないものだったらしい。何かの封印でも解けたのだろうか……。


「…………封印。解除。そんな事ではない。単に、貴方は私たちの『例外』(インダルジェンス)に干渉し、この一連の事件の解決、収束に関わらなくてはならない。それだけのこと」

「な、何だよ……『例外』(インダルジェンス)って。飛行機の名前か? それに、一連の事件ってそもそも何の事だよ……」


 謎の儀式。

 斬殺事件。

 そして、玲華の奇行。


 『例外』(インダルジェンス)も一連の事件も何もかも全部知っている。

 いや、そうじゃない。一連の事件については知らないことだらけだ。だが、一つだけ知っている。他のいくつかの事もそりゃあ知っているが、確信を持って言える事はこれだけだ。


 それは……。


「…………知らばっくれるのはお兄ちゃんの自由だけど、『例外』(インダルジェンス)を知って逃げることは単純に……死を、意味する」


 そう、港元市の発動させた『例外』(インダルジェンス)を知った以上、このまま逃げる事は出来ない。何故なら、『例外』(インダルジェンス)は港元市の超機密事項であり、超機密事項を無関係な者が知れば……社会的に抹消される。

 まあ、言わせてもらうが、俺だって逃げる気はないんだけどね。

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