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契約神霊と霊術師  作者: 瀬乃そそぎ
第三章 霊獣狩り Sacra_Venatione_Bestiam,
38/43

#28 決意 Determination

 青い光を纏った霊力に身を包まれた北條壱騎と神霊イヴは、二日ぶりに霊界へとやって来ていた。降り立った座標は前回と同じ、開けた丘の上だった。

 霊界への転移術式は、その転移先の座標に特に決まりはない。こちら側で事前に座標を設定しておけば、次からの転移の際は設定した座標に飛べるし、設定をしなければランダムで何処かに飛ばされる。



 イヴに関しては、百年程前に設定した座標がここであったため、次なる座標を設定し直さない限りは下界からの転移は全てココへと向かう。

 辺りを見渡して前と同じ場所だと気が付いた北條は、そのまま視線を真上に向けた。



 下界と同じく、夜空が広がっている。やはり時間はあちらの世界と並走しているらしい。

 風で靡く髪を抑えながら、イヴは隣に立つ北條に尋ねた。



「イツキ様、この後は?」

「あぁ。今すぐにシグちゃんとリズちゃんの家に向かって欲しい。もしも二日前の事件に二人が関わっていたなら、聞きたい事――確かめたい事があるんだ」

「分かりました」



 北條の言葉に頷いたイヴは、身を委ねる彼を以前のように抱きかかえた。二人からは真剣な雰囲気を感じられる。前のように『女に抱かれるのは嫌だ』だとか『抱かれてる、幸せ』だとか言う感想は出て来なかった。



「なるべく速く頼む」

「はい!」



 次の瞬間、イヴは全力で地を蹴った。視界に広がっていた森が、まるでノイズが掛かったかの様に高速で揺れるのを見て、北條はギュッと目を瞑った。

 そうしながらもシグとリズの反応を探す。以前であった時に、二人の霊力の感覚は得た。もし彼女等がこの世界にいるならば、探すのは難しくはない。



 ――あった。

 前方方向。つまり今自分たちが向かっている方向に、シグとリズの霊力反応を感じ取った。しかし、どういう事か二人の霊力が以前よりもいささか強いモノに感じた。何故そんなに力を溢れさせているのか疑問に思って首を傾げるも、今はそんな事どうでもいいと邪魔な思考を振り払った。



 この世界で霊獣のみが扱える高速移動の能力で長い距離を移動した二人は、やがて一つの家の前まで辿り着いた。

 石や鉄等を司る神霊――北條曰く、建築の神霊――によって建てられた、シグとリズの家だ。



「どうしたんだい、イヴの姉さん、兄ちゃん」



 聞き覚えのある声が耳に届く。北條はイヴに降ろされながら声の主を探して視線を巡らせた。

 家の横の壁に凭れ掛かる一人の少女がいた。金髪ポニーテールの幼女――否、かろうじて美少女と称せる、白いフード付きパーカーを着た神霊だった。

 彼女――轟雷を司る神霊シグは、壁に凭れかけていた背中を離すと、高速で自身に接近してきた霊力反応の二つに聞く。



「突然現れたと思ったら、いきなりコッチに向かって飛んでくるんだもん。ビックリしたんだぞ」

「い、いきなりごめん……リズちゃんは……?」

「家の中」



 シグは自分の家を親指で指しながら簡単にそう答えた。

「そっか」と苦笑した北條は、



「えーと、二人はこの後もしかして用事があったりするの? 霊力も前より格段に強く感じるんだけど……気の所為ではないよね」

「まあ用事って言ったら用事だね。でももう大丈夫かも」

「???」



 シグの曖昧な解答にはてなマークを浮かべつつ、しかし用事が無くなった事だけは分かった北條が一歩前に出てお願いした。



「シグちゃん逹に聞きたい事がある。なるべく早急に終わらせたいんだけど、付き合って貰えるか?」

「いいよ」



 慌てるような、焦るような北條の早口な言葉に、シグは即答した。まるで最初から返事は決まっていた風にも見える素振りでそう言ったシグは、自宅の扉を開きながら首だけを捻って北條逹へと向けた。



「取り敢えず中に入ろうか。今頃リズがコーヒーを入れているはずだ。きっと目が冴えるよ」

「あ、あぁ」



 シグに先導されるままに家の中に入った北條とイヴ。やはり外と比べて暖かく、シグが言った通り、神霊リズがコーヒーを入れ終え、お盆に乗せてテーブルに運んでいる所だった。

 準備が早すぎる事に多少の疑問を得た北條だったが、そんな事も今はどうでもいい。

 つい先日来た時と同じような席配置で座った後、早速本題を切り出す。



「シグちゃん、リズちゃん、まず一つ教えて欲しい。二日前の夜、街外れで何者かと交戦をしていた子供って君達のことなのか? 聞いた話によれば、その二人組はそれぞれ金髪と青髪だったって事なんだけど」

「子供って言うなし……」



 北條の言葉に、何百年と生きている神霊のシグは頬を膨らませつつも頷いた。


 どうやら北條とイヴの推理は正しかったらしい。二日前の夜、街外れで戦闘を行ったのは神霊シグと神霊リズだったのだ。となると、おそらく繰り広げられていたのは魔術戦ではなく霊術戦だったと考えられる。本来ならば魔術と霊術の違いはハッキリしているため、分かりやすいもののはずだが、多分発見者である衛兵が魔術に疎い者だったのだろう。霊術を魔術と勘違いしても何らおかしくはない。



 シグが頷いたのを確認してホッと一息ついた北條は、軽く身を乗り出して聞く。



「それなら単刀直入に聞く。君達はそこでどうして、誰と戦っていたんだ? 迷宮に行ったんじゃ無かったのか?」

「迷宮に行くつもりだったのは本当だよ。ただ少し事情が変わってね」

「シグの言うとおり」

「なら」



 北條は一度言葉を区切ってから、緊張感を帯びた言葉で再び尋ねた。



「二人は、一体何を相手していたんだ?」



 ゆっくりと。

 内心で焦りながらも、北條は冷静を装ってそう尋ねた。

 もしも、北條が考えている通りの相手と戦闘していたのならば、彼の推測はほぼ完璧なものになり得るだろう。

 出来る事ならばそうであって欲しくないと思いながら、二人の回答を待った。



「シグ逹が戦っていた相手は、赤い・・ショートヘア・・・・・・に赤い瞳・・・、黒と青の・・・・アーマーコート・・・・・・を着た、長い刀・・・を持った男」


 シグはそこまで言って一度言葉を切った。

 そして、目を見開く北條を見据えて短く、端的に言った。



「霊獣狩りだよ」



 北條がシグの言葉を聞いて、息を詰まらせた。

 全身からぶわっと嫌な汗が溢れ出す。まさか、まさかとは思っていたが、この推測が当たってしまうとは。

 彼の考えは簡単なものだった。



 事の始まりは先日の朝。セリアから街外れで魔術戦が行われた事を知らされた時だ。その情報は勿論、一等級のクラスだけでなく他のクラスの生徒にも知らされただろう。となると勿論、シーナも知っていることになる。



 そこまではいい。

 その時はまだ普通だったシーナに誘われて、北條、イヴ、メリアン、そしてシーナの四人で水着を購入に出かけた。途中で寄り道をし、北條にとっては過酷な時間――収穫はあったが――を過ごした。

 何だかんだで楽しかったと話をしながら歩いた帰り道、そこでシーナに変化が訪れた。



 確かアレは――いや、あの道には、たった今シグから伝えられた特徴の中で一つだけ同じモノを持つ者がいなかっただろうか?


『深くフードを被り、長い刀を腰に差した者――』



 長い刀。

 もしかすれば、あのフードを深く被った者こそが、霊獣狩りだったのではないだろうか?

 そして、霊獣狩りの容姿をしっていたシーナは、そこで相手がそうなんだ・・・・・と気が付き、様子を変化させた。



「そう考えれば合点が行く……ならやっぱり!」

「イツキ様?」

「買い物の帰りだ! あの帰り道にいたんだ、霊獣狩りが! フードを被って長い刀を携えた奴が!」



 叫ぶ様にそう言った北條の言葉を理解したイヴは、目を見開いて言う。


「つまりシーナの様子が変わったのは、それが原因って事ですか……」

「あぁ……早くアイツを探さないと!」



 北條の深読みが正しかったのなら、彼女はおそらく一人で霊獣狩りに挑み、戦う事だろう。もしかすれば、その戦いはもう始まってしまっているかもしれない。

 なんとしても助けなければいけない。

 少なくとも、神霊であるシグとリズが戦って仕留めきれなかったと言う事は、相当な手練なのだろう。

 考えがそこまで至った北條は立ち上がりながら、家の扉へと向かった。

 しかし。



「待ちな」


 鋭い、そして今まで聞いてきた中でも格段に低いトーンの声音の言葉が、シグの口から発せられた。その対象が他でもない自分に向けられた物だと気が付いた北條は、ピタリとその動きを中断して振り向いた。

 シグの視線は、放たれた言葉並みに鋭いものだった。隣に座るリズも同様に、ただならぬオーラと言うヤツを振りまいているのが分かる。


「ど、どうしたんだよ? 僕は早くシーナを探さないと! きっとアイツ、一人で――ッ!」

「行って、どうするの?」



 リズだった。

 冷めた声音でそう言い放った彼女は、テーブルに乗ったコーヒーカップを手に取り、湯気立つコーヒーを啜りながら、



「お兄さんは、行ってあの子を助けられるの?」

「勘違いだったら悪いけど、兄ちゃん、今まで本当の戦闘――違う、『殺し合い』なんてした事ないでしょ?」

「――ッ!?」



 シグの冷淡な、しかししっかりと的を得た指摘に、一瞬呼吸が止まった。

 殺し合い。

 たった四文字のその言葉が脳裏を過ぎって、ようやく現状を冷静に理解し始めた脳が軽い拒絶反応を示した。

 そうだ、自分は、『殺意』を向けられた事がないんだ。



「その反応、やっぱりそうなんだな」

「一つ言わせてもらうと、殺し合いっていうのは、お兄さんが今まで行ってきた仕合とは全然違うんだよ」



 全然違う。

 それはそうに決まっている。

 確かに北條はこの世界に来てから今まで、数々の手合わせをしてきた。

 イヴとの修練に始まり、学園に入学するための、対セリアの入学試験。一等級組の実技演習の際のアウラとの手合わせに、教室で行ったカゼルとの仕合。

 しかしどれも、相手から『殺意』なんてものは感じられなかった。



 カゼルに関しては凄まじい敵意を向けられた。しかし彼は、北條の事を殺そうとまではしていなかった。イヴとセリアは勿論、アウラだってそうだ。

 立ち尽くす北條を見据えたシグが、先程のように低い声で言う。



「シグ逹はこっちの兄ちゃん逹が来なかったら、既に下界の方で殺し合ってる彼女を助けに行くつもりだったんだ。霊力が前より強かったっていうのもその所為」

「こ、殺し……」



 シグの言葉に絶句する。

 彼女――シーナはもう、霊獣狩りと戦っているのだ。

 命を掛けた殺し合いをしているのだ。



「だ、だったら――」

「早く助けに行かないと?」



 北條が言わんとしたことを先回りして答えるシグ。

 どうして助けに行こうとも、行かせようともしてくれないんだ? とでも言いたい様な顔をする北條を見たリズが、冷静に伝える。



「まだ大丈夫」

「な、何を根拠に――っ」


 北條の言葉を遮るようにシグが声を重ねた。


「そんなんじゃ兄ちゃんは霊獣狩りには勝てない。それとも、助けに行くとか言って、イヴのお姉さんにだけ戦わせるのか? 相手は二人だぞ? それに、相手は霊獣狩りだ。兄ちゃんが契約者だと分かれば、確実に殺しに掛かってくる」

「このままだったらお兄さんが死んで、契約の力でイヴお姉さんも一緒に死んでしまうのがオチ」


「だからさ」


 シグの言葉が脳天に響き渡る。


「シグ逹は聞きたいんだ。兄ちゃんは、霊獣狩りと殺し合うことが出来るのか? いざ、明確な殺意ってヤツを目の当たりにして、お前は戦う事ができるのか? アンタは、それでも彼女を助ける事ができるのか?」



 無論、シグもリズもこれが酷な質問だという事は分かっていた。

 しかしコレは、北條が絶対に通らなければ行けない道だ。そう理解した上で、シグもリズも容赦なく言葉を重ね、イヴも沈黙を続けていた。

 遥か昔、転生したばかりのシグとリズにイヴがこうしたように。

 シグとリズは、自分からこの役を買って出たのだ。



「……、」



 彼はこの世界に来る前までは、身体が弱いと言う点を除けば普通の高校生だった。それは多少、性格がやさぐれている部分もあったが、容姿に至っても声に至っても、普通の少年だった。



 そしてある日、階段から落ちた彼は気がつけば異世界の森に倒れていて、尋常ではない力を持っていたために殺されかけたりもした。もっともそれに関しては、気を失っていたため実感はわかないが。

 この世界は前の世界とは違う。

 命の奪い合いが頻繁に起こる世界だ。



 自分にそう言い聞かせ、北條壱騎は己の力を磨いた。半年以上もの間、森の中でイヴと手合わせをした。

 結果、霊術の腕はセリアに認められ、学園に入学し、メリアンやシーナと出会えた。

 まだ数日しか経っていないと言うのに、正真正銘の一等級の魔術師といざこざも起きた。結果、北條の勝利となったが――



 そんなもの、実際は彼の経験値にはなっていなかった。



 自分がこの世界に生きるために求めていたものは何だった?

 己に敵意を向けるモノと戦って生きるための力だ。

 でも、もしかしたら心の何処かで『自分は他の人とは違う、特別な存在なんだ』と過信していたのではないだろうか。



 かの神霊を上回る力を持った故に。

 慢心していたのではないだろうか。

 つい最近考えたばかりではないか、『本当の殺し合い』というモノについて。そして自分に、殺し合いをする覚悟はあるのかどうかを。



 自分よりも遥かに長い時間と、数々の戦いをしてきた神霊に指摘されて思い知る。

 震える手を見ながら北條は深く俯いた。

 こんなことで、本当にシーナを救えるのか?



「別にシグは兄ちゃんをいじめたくて言ってるわけじゃないよ。下で戦ってる彼女はまだ大丈夫。後は兄ちゃん次第さ」

「ダメならリズ達が行く。お兄さんはココで静かに事が終わるのを待ってればいい」



 言いながらシグとリズは席を立つと、立ち止まる北條の横を通って外へと出ていこうとする。

 そして――

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