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契約神霊と霊術師  作者: 瀬乃そそぎ
第三章 霊獣狩り Sacra_Venatione_Bestiam,
24/43

#14 霊界 Spiritus_mundi

早く皆様にお届けしたくて、書き溜めを作る暇もなく予約投稿してしまいました。

一応プロットは出来ているのですが、後々加文などして色々改訂するかもしれません。ご容赦を。


それでは第三章、どうぞ!

 美しく輝く丸い月が闇夜を照らす。雲一つない夜空には、都会では確実に見れない、吸い込まれそうなくらいに幻想的且つ神秘的な星の海が広がっていた。空気が澄んでいるためか異常な程鮮明に見える。


 人の手に加えられた跡の無い生い茂る自然。小川に流れる水も底が見える鮮度を誇っていた。


 ココは霊界。霊獣と魔の力――魔力に障られた魔物ではなく、純粋な動物のみが住まう世界。


 そこに、淡い水色の光に包まれて一人の少年と一人の女性が降り立った。


 光に当たると薄ら赤く見える黒髪を持ち、真っ黒い瞳を辺りにキョロキョロと這わせながら座り込む少年。身に纏うのは髪や瞳と同様に黒いスウェットとスウェットパンツ。全ての手の指には銀色の素材――魔法銀ミスリルで出来たノーラムリングが嵌められている。取り付けられた魔水晶は全て赤色だ。


 北條壱騎。


 日本生まれの異世界転移者であり、とある神霊と主従の契約を結んだ霊術師だ。


「イヴ……神霊はイヴを除いて何人いるって言ってたっけ」


 北條はすぐ隣に立っている女性に尋ねかけた。


 頭に狐を思わせるような黄色い三角耳を持ち、美しい輪郭を描くお尻からは木の葉型の尻尾が生えている。出る所は出て引っ込むところは引っ込んでいるモデル体型で、グラマラスな雰囲気を持った彼女は、おそらく都会の街を歩いていればすぐにモデルスカウトされる事だろう。いつもの様に胸の露出が多い白のワンピースを着た彼女は、北條に視線を向けて言った。


「私を除いて九人です、イツキ様」


 神霊イヴ。


 人と魔物よりも高位の存在である霊獣のうち、神霊と呼ばれるトップクラスの位に君臨する者で、異世界転移者である北條壱騎と従主の関係を結んだ従者だ。


 序列は第四位。九尾の妖狐の神霊である。


「……で、きっとあそこにいる人達はその九人の内の三人なんでしょ」


「はい」


 北條は霊界に降り立ってすぐに現れた三人の人影に視線を向けながら言い、イヴは静かに肯定する。


「――イヴの姉さんが連れてきたのは……人間……?」


 目を見開いてそう呟いたのは小学生程に見える小さな少女だった。


 美しい金髪はポニーテールに仕上げられ、同じく金色の瞳を持っている。身長はおよそ一四五センチメートル程で、相当髪が長いのか結んだ髪が胸より下まで伸びている。着ているのは丈の長いフード付きの白いパーカーで、太ももの辺りまである。陶器のように美しい肌が顕になっているところを見るに、下は下着しか身に付けていないのかもしれない。


 そんな物凄い格好をした金髪少女の隣に立っていたもう一人の少女が唖然とした様子で言う。


「イヴお姉さん、どうして人間と一緒なの? ……それよりも、どうして人間がココにいるの?」


 澄んだ青色の髪をハーフアップにした青瞳の少女。金髪の少女に似た容姿と体格を持っているため、おそらく双子か何かなのだろう。着ているのは金髪少女と色違いの黒いフード付きパーカー。こちらも丈が長いため、太ももが半分ほど隠れている。――きっとあの中も金髪少女と同じ事になっているのだろう。


「シグ、リズ……どうしてここに?」


「何だか久しぶりにイヴお姉さんの霊力を感じたと思ったら、全く知らない別の気配を感じたから……シグと一緒に見に来たの」


 弱々しい声音でそういったのは青髪少女だ。彼女が隣に立つ金髪少女をシグと示したと言う事は、おそらくこの子がリズなのだろう。


「そ、そうだ! そしたらイヴの姉さんが知らない男……しかも人間を連れてきたからビックリしたんだ!」


 リズとは違って勝気でボーイッシュな雰囲気を持つシグは、腰に手を当てて少し膨らんできた発展途上の胸を張ってそう言った。


「どうして人間がこんなところに? イヴの姉さん、どうやって連れてきたんだ?」


「うん。それと、その人は誰なの?」


 シグとリズが一辺に質問を繰り出す。イヴは手で頭を抑えながら目を閉じた。


「私もどうしてイツキ様がここに来れたのかは分からないのよ……」


「おいテメェ、イヴ。この俺を見て見ぬフリとはいい度胸じゃねェか」


 腰を下ろす北條に視線を向けたイヴに、もう一人、この場にいた男が口を挟んだ。


 赤黒い髪のショートヘアは重力に逆らって逆立っている。鋭い眼光を放つ赤い目はイヴを睨みつけていて、身体の輪郭が薄らと揺れているようにも見える。要所要所にプレートが取り付けられたアーマーコートを身に纏い、指にはゴツイ指輪が幾つか嵌められていた。


 そんな男の姿を見て、イヴが心底嫌そうな表情を浮かべ、忌々しいモノを見るような目つきで呟く。


「……ヘリオス」


「ンだその目は? 折角久しぶりに来やがッたから負かしてやろうと思ッたのによォ」


「イツキ様、こんな場所にいるのも何ですから、取り敢えずシグとリズの家に行きましょう? 以前話した石鉄を司る神霊が建てたものですよ」


「お! 前話してた建築の神霊? 楽しみだなあ、アッチの世界と同じ感じの家なの?」


「はい。さほど変わりませんよ。まあ、色はだいたい灰色なんですけどね……」


「いいじゃん! もしかして、タダ?」


「えーと、大抵みんな貸しを作っているんですよ。私も」


「ま、あんなに大きな洋館だしね。そんな簡単に借りは返せないでしょ」


「……生きている間に何とかして返しますよ。ささ、外は冷えるので。シグ、リズ、家に上がってもいいかしら?」


 話の成り行きを聞いていたシグとリズはお互いに顔を見合わせてうんと頷くと、


「おう! その代わり、その時に色々聞かせてもらうからな!」


「うん……聞きたいこと、色々ある」


「――オイお前ら、あんましナメてんじゃねえぞ?」


 その直後、ブワッと前方からただならぬ『熱』が発生した。摂氏五○度近くの熱気が放たれて、空気が歪んで見える。


 熱の発生源はヘリオスと呼ばれた男。


 彼もまた、世界に十人しかいない神霊の中の一人だった。


 神霊ヘリオス。


熱虎ネツトラ』の異名を持つ彼は、神霊の中で定められる序列は第五位となっていた。


 つまり、イヴの一つ下である。


「今日こそ俺がお前より上だッて言う事を示す時だ。無視してッとコッチから行くぞ、あァ?」


 ヘリオスが作り出した熱というエネルギーが凝縮して赤く輝きだし、そして一直線に放たれた。


 熱光線、熱レーザー。


 ソレは月の輝きを塗り替えて北條とイヴの元へ突き進んだ。


「――ッ」


 しかし、ヘリオスの放った熱レーザーは二人に届かずに消え去る。


 熱が発生した直後に霊術の術式演算を開始していた北條が地を殴った。それと同時に燃え上がる炎の壁が生まれ、辺りに生えた長草を燃やしながら地上二○メートル程まで伸び上がる。


 熱レーザーを物ともせずに受け止めた炎の壁は、北條の反撃の意思に従って、ヘリオスに向かって火炎球を飛ばし返した。


「……ほう」


 北條が行った一瞬の動作に感心した表情を浮かべたヘリオスは、徐に腕を振るい、熱レーザーで火炎級を払い落とした。そして、座ったまま自分を睨みつける北條を見て小さく笑う。


「見た目によらずやるじゃねえか。お前……霊術師だな。誰の契約者だ」


「……、」


「そうか、言うつもりはないッてか」

 

 口を割らずに鋭い眼光を光らせる北條を見て小さく息を吐いたヘリオスだったが、次の瞬間に放たれる言葉を聞いて唖然とした。


「彼は――イツキ様は私と支配の契約を結んだ者――私の主ですわ」


「……は?」


 思わず口から溢れる声。それ程までにイヴが言った言葉が信じられないモノだった。


 本来、神霊に限らず霊獣と言う存在は人と魔物より高位の存在であり、元々備えられた身体能力は元より、身体の内に秘めたエネルギー、つまり霊力は人が持つ魔力の遥か上を行くはずである。もっとも、最近では同格に至らずとも、追いつきそうなまでのエネルギー量を秘める人間も現れる様になったが、それもひと握り。世界的に考えて一割程度の魔術師に限る。


 更に言えば、霊獣は人間や魔物よりもその器の大きさが違う。


 そのため、普通ならば人間が霊獣と契約する際、基本は『主従の契約』――霊獣が主で人間が従者、霊獣が譲歩すれば『対等の契約』となるのだが――


「イヴ、お前今、『支配の契約』ッて言ッたか? 主ッて……」


「えぇ、そうですわよ。イツキ様は私よりも霊力総量が多く、器も大きい素晴らしいお方です。――本気を出せば貴方位容易く殺せますわよ?」


 威圧的な態度でヘリオスを睨み返すイヴ。どうやら突然攻撃してきたことに少なからず怒りを覚えているらしい。


 北條に至っては一瞬たりともヘリオスから視線を外そうとしない。いつでも術式が展開できるように準備しつつ、ヘリオスを睨みつけていた。


「――――そうかそうか。コレは面白いことになッてきたなァ。イヴを従者とする人間か。くッ、ははは!!!」


 片手で目を隠すような仕草をとって大仰に笑ったヘリオスは、やがて悪い笑みを浮かべて二人を睨み返す。


「今すぐ戦いたい所だが、見るに貴様は準備が整ッていないようだしなァ。俺の術の前には反術アンチスペルが施された防具を身に付けてもあンまし意味が無いが――無いよりマシと言うしな。次の機会にまた会おう、イヴの主君?」


 ヘリオスがそういうのと同時に再び凄まじい熱気が発生する。そんな中で彼の身体の輪郭はだんだんと歪んでいき、やがて霧散した。


 完璧にヘリオスの霊力が感じられなくなったところで北條が息を吐いた。


「はぁ……何だアイツは。まるで逃げるように消えやがった」


「案外、序列が上である私の主だと聞いて震え上がったのかもしれませんよ?」


 うふふ、と自分の主を見て誇らしげに笑うイヴ。心底嬉しそうな表情をする彼女を見て、やがて北條もやんわりと笑い、隅で静かに事の成り行きを見守っていた神霊の二人――シグとリズに声を掛けた。


「えーと、シグ様とリズ様。お邪魔になります」


 座ったまま深く頭を下げた北條を見て、逆に慌てたのはシグとリズだった。


「え、あ、えーと、イヴの姉さんの主となれば『様』付けされる訳には行かないよ、なあ、リズ?」


「そ、そうだよね。イヴお姉さんの方が序列は上だし……まさかイヴお姉さんに主が出来るだなんて思ってもいなかったけど……」


 シグの言葉をリズが消え入りそうな声で肯定する。


「だからシグの事は呼び捨てでいいよ! 兄ちゃん!」


「うん……リズも呼び捨てでいい、お兄さん」


 リズに至ってはやはり語尾がうまく聞き取れないのだが、それ以上に思わず「?」マークを浮かべてしまう単語が出てきたことに首を傾げる。


「に、兄ちゃん? お兄さん? ……なんで?」


「だってイヴの姉さんの彼氏なんだろ! だったら兄ちゃんじゃないか!」


「うん、リズもシグと同じ」


 そんな理由で自分を兄と言うようになった世界に十人しかいない神霊を見て北條は唖然とする。そんな彼の隣ではイヴが嬉しそうに身体をクネクネさせて「彼氏、彼氏!」と頬を手に当てながら呟いていた。


 北條に神霊の妹分が二人出来た瞬間である。




 

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