6-3
クアド・ラングルには多数のゲームモードが用意されている。
対人コンテンツが多いというのはアーケードゲームの歴史と特性上当然ではあるが、全国のプレイヤーと共にNPCを相手に戦うゲームモードも存在する。それがミッションモードだ。
毎日ランダムに設定された条件のステージをクリアしていくデイリーミッションと、難易度に応じて用意された255の選択式ステージがあり、クリアする事でゲーム内クレジットやパーツ、装備などが報酬として与えられる仕組みだ。
一応のメインコンテンツであるアリーナ戦に挑む前に機体の調整や強化をする為にあり、レベリングとハック&スラッシュを兼ねたこのモードには、最大三人まで同時にプレイヤーが参加可能である。
もちろん、それはネットで繋がった全国の別店舗のユーザーだけではない。フレンド登録さえ済んでいれば、同店舗からも出撃が可能だ。
基本的には最大人数で参加することが前提の難易度である為、一人でプレイをする場合でもNPCの僚機がつく。
或いは、誰かが既に開始しているミッションにマッチングし、友軍として出撃する。一人でも手軽に遊べるコンテンツとして人気なのだが、静流は触り程度しかプレイしたことがなかった……。
「え? なになに? このフレンドからの招待ってやつに参加すればいいの? てか何で選ぶの?」
「右スティックの射撃ボタンで……ああ、射撃ボタンっていうのはね……」
HMDのヘッドフォンから聞こえてくる声に苦笑する陽毬。
何事も最初が肝心、そして最初こそ最大の難関というもの。ゲームの初心者にとっては、何から何まで“はじめて”づくしだ。
その説明に関してはある程度実稼働前に済ませたのだが、それでもまだまだ問題だらけ。
本当はすっかり完璧に説明しておきたかったのだが、三人同時プレイのためには筐体を三台も占領する必要があり、そのタイミングは見逃せない。
陽毬はホストとしてミッション部屋を設立。初級の簡単なミッションを選び、そこで参加者を待機する間、自身の愛機を見つめていた。
OPCに与えられた限定機、ナギサネルラ。Sランカー用の機体に匹敵する戦闘力を持つその機体ならば、初級ミッションなど恐れるに足らず。というか、どう考えてもやり過ぎて無双してしまうだろう。
「うーん……あの二人の活躍を横取りしちゃうのは、ちょっと憚られるなあ……」
そう言ってカーソルを横にずらす。そこには完全なノーマル状態の【アシガル】という機体が佇んでいた。
アシガルはムラサメワークスの中でも最低ランクの量産機だ。レギオンバトル等ではその圧倒的なコストの低さから採用される事もないとは言わないが、個人戦闘力がモノを言うアリーナやミッションでは選択肢にすらいれて貰えない機体である。
陽毬は迷うこと無くそれを選んだ。素組のフレームに唐傘のような頭部。装備は店売りのノーマルの実弾ライフルと、ちょっとした物理剣のみである。
『マッチングが完了しました。これよりミッションステージ6を開始します』
システムアナウンスと同時に三つの機体が画面に並ぶ。それからぱっと視界が開け、カタパルトの風景に変わった。
「うわ!? 何これ超リアルなんだけど!?」
「最近のゲームはスゴイですね……あ、う、こ、こいつ……動くぞ?」
左右を眺めると、ましろと春子の機体が並んでいる。三人の正面にあるゲートが開くと、宇宙空間が露わになった。
「ええええちょ……まさかこのままギューーーーンって行くの!? 心の準備が……!」
「まさかの落下式ですか……春子さん、目を瞑れば見えなくなることに気付きました」
「アタシ、ジェットコースターとか苦手……あああああああ!!」
いつもどおりの出撃画面。カタパルトが青白い光を放ち、機体を一気に宇宙空間に運んでいく。
HMDに映しだされている映像なのでGなど感じるはずもないのだが、春子とましろが踏ん張っているような気がして思わずおかしくなる。
宇宙空間に投げ出された機体は惑星アーリアルに落下しながらテレポートし、地表へと降り立った。ミッション開始を告げるシグナルと共に、視界にアリーナの風景が広がっていく。
戦闘訓練用に構築された偽装市街地。初級のミッションの多くは、適度にビルなどの遮蔽物が設置されたこのマップで行われることが殆どだ。
「二人共大丈夫? 別に本当に高いところから落ちたわけじゃないでしょ?」
「でも、なんか落下するときに風を感じたんだけど……。あとシートがガツンって揺れたんだけど……」
「落ち着いて下さい春子さん。風はあれです。筐体の中の扇風機みたいなやつです。シートは身体を固定しているので揺れっていうか揺さぶられてるんですよ」
震え声のましろと春子。そんな二人が一息つく間もなく、敵ユニットが迫ってくる。
配置されているのは人型ロボットであるウォードレッドではなく、浮遊する球体状のドローンと呼ばれる無人機だ。
プロクシー、即ちプレイヤーが操作するウォードレッドよりも格段に弱い量産兵器という設定で、ユニオンバトル等でも出現したりする。
「正面にドローン四機、来るよ!」
陽毬がそう声をかけても二人はあたふたとしている。そうこうしている内にドローンの放ったレーザーが春子を襲った。
「うわっ、揺れる!?」
「春子さん、動いて!」
「動くったって……こう!?」
フットバーを蹴ると春子の機体が大きく跳躍した。それだけで春子は悲鳴を上げ、視線が動き回っているのか頭部があちこちを向いている。
「なんか無理くさいんですけどぉおおお~~!?」
「フットバーを手前に引いて! 左右の足を動かして方向を決めるの!」
足を手前に引くと、機体の両足は前に突き出され背後へと跳ぶ。そこでブーストゲージが切れ、春子の機体はビルの上に降り立った。
「すご! 今アタシ飛んでなかった!?」
「春子さん、前です前! 武器を出してください!」
「どうやって出すの!?」
「操作がわからなかったら音声で出せるよ!」
「え、まじで? そんなすごいの……!? えっと……銃! なんでも良いから武器出して!」
春子の言葉に音声認識システムが作動し、左右の手に小型のマシンガンが出現する。
ツインマシンガンは威力と精度に欠けるが、面制圧と牽制に向いた射撃武器だ。接近しながら乱射する事でプレッシャーをかけつつ、敵の装甲を削る。
三河が春子にチョイスした機体はオールド・ギースの中量級二足機体、ジャックナイフ。黄色く塗装された機体名は【フォックス・ラン】。
装甲と機動性を両立した結果積載重量が犠牲になっているが、春子の性格や初心者の特性を考え、十分なチューンが成されている。
「こんのぉ!!」
前方へブーストしつつマシンガンを乱射する春子。集弾性の悪いツインマシンガンだが、だからこそ機動戦でも命中させることは容易い。
照準は目線で行う為、敵を睨んでいれば一応は合わせることが出来る。射撃トリガーを押しっぱなしにしてバンバン撃ちまくれば、次から次にドローンを撃破できた。
「うわーーーー割とやれそうな気がしてきたーーーー!!」
なんとなく感覚を掴んでしまえば、機体は直感的に動かすことが出来る。
大きく跳躍し空中から街を見下ろす春子の前髪を風が吹き上げる。それは得も言われぬ感覚であった。
「って、バンバン撃たれてる!?」
「どんどんドローンは出てくるからね。ましろちゃん、私たちも行くよ!」
「了解です!」
ましろはドローンを目線でロックし射撃ボタンを押す。すると機体の機体のスカート状の部分が展開し、そこから無数の球体が飛び出した。
ガン・スレイブ。それは自動的にロックした対象を追尾し攻撃する武装だ。本来は機体そのものの攻撃や動きと合わせて時間差攻撃に使ったりするのが正しいのだが、ましろは不慣れなので棒立ちでスレイブを発射している。
回転するボールは次々にレーザーを発射し、ドローンを貫いていく。それから右手に持っていた杖を掲げ、春子の機体をロックする。
杖を振るうと緑色の光が春子を包み、損傷が回復されていく。支援用装備、ナノマシンロッドだ。
「お!? なんかヒットポイント的なのが回復した! サンキュー、ましろ!」
ましろの機体はアヴァロン・メカニクス製の重量機体、ラタトクス。回復や支援に特化した純白の機体名は、【ホワイト・メイジ】。
スレイブを放った後は春子の後に続き、ナノマシンロッドで回復する。春子はその後押しを受け、マシンガンを撃ちまくりながら敵に突っ込んでいくだけだ。
「流石三河さん、二人の性格と初心者の特性を良く理解してるね」
そう言って微笑み、陽毬はレーザーを踊るように回避する。攻撃を掻い潜りながら初期ライフルを乱れ打つが春子とは違い無駄球などない。
ロックオンはしていない。視線のエイミングだけで完璧に敵を捉えているのだ。その華麗な立ち回りは初心者と比べるべきもない。
「……でも二人共自分の事に精一杯で見てない……」
「うおおおおりゃあああああ!!」
「め、目線を敵に合わせるの難しいです……あと春子さん足速いです!」
「あははははは! たーーーのーーーしーーー!!」
「……まあ、二人共満喫してるみたいだからいっか……」
ましろは元々ゲーム勘があり、二つの武装を安定して使えるようになっていく。
目を見張る程の成長を見せたのは春子で、左右につきだしたマシンガンをぶっ放しつつ、回転しながら敵陣に飛び込んでいく。
「視線がちゃんとあってる……運動神経がいいんだね、春子さん」
大きく跳躍すると空中を移動しつつ、眼科にマシンガンの雨を降らせる。そうして景気よくぶっ放しまくっていると、あっという間に弾薬が底を尽きた。
「あれ……弾切れ?」
「近接武器を使ってみたら?」
「そういえばそんなのもあったね……武器変更! ナイフ!」
左右の掌からマシンガンが消え、代わりに取り出したのは大きめのナイフだ。
敵の迎撃を無視し突進すると、ドローンの中心にナイフを突き入れる。
「コッチのほうが性にあってるかも!」
「春子さん、被弾しまくってます! もう少し避けてくれないと回復が間に合いません!」
慌てて回復するましろだが、春子は話を効かずナイフでドローンを破壊していく。
結局終始そんな感じで、突撃する春子をましろが支援するという、ある意味いつも通りの展開が繰り広げられるのであった。
「え~~!? あんなに頑張ったのにクリアランクDなの!?」
「クリアランクは被弾率とかも関わってくるからね……春子さん攻撃完全無視だったから」
「そっか~……なんかありがとね、ましろ」
「いえいえ。おかげで回復のコツがつかめた気がします」
筐体を後にした三人は交代待ちのプレイヤーに筐体を譲り、ターミナルで先のプレイの内容を振り返っていた。
その様子はまごうことなきゲーマー。女性三人組のプレイヤーというのもロボットゲーム故に珍しく、周囲からはチラホラと好奇の視線が飛んで来るが、そんな事は歯牙にもかけない。
「それで、どうだった? クアド・ラングルは」
「うーん……すっごくリアルだったよ。なんか本当に違う世界に行ってるみたいだった。風も感じたし、気持よかったよ」
「そうですね。直感的に操作できるからか、思ったほど難しくはありませんでしたし」
「そっか……それならよかった」
にっこりと微笑む陽毬。春子とましろは未だ興奮冷めやらぬのか、先ほどの戦いの話に興じている。
あのゲーム……というよりオタク嫌いだった春子が当たり前のように場に馴染んでいる。それは陽毬にとって喜ぶべきことだった。
ゲームを通じて人と人とが分かり合う。それも夢物語ではないのかもしれない……そう思えたから。
「そういえばアタシらは普通に動いてるだけって感じだったけど、ターミナルで確認すると陽毬はすごい動きしてるわね?」
「ああー。これはコマンドステップとか、コマンド技だから。予め設定しておいたコマンドを入れると、こういう動きが出来るんだよ」
「真正面から突っ込むだけのゲームではないということですね」
口元に手をやりクスクスと笑うましろ。春子は少し頬を赤らめ。
「コマンドステップかあ……それも練習した方がいいのかな?」
「幾つか三河さんが使いやすいのを設定してくれてるはずだから、直ぐに出せるようになると思うよ」
ユニフォンを取り出し、コマンドを確認する三人。
もう一度三人揃ってプレイするには予約し、順番が回ってくるのを待つしかない。
しかしそうしている間にもいくらでも話すべきことがある。時間はあっという間に過ぎていく。それはきっと悪いことではない。
それだけ今この瞬間を楽しんでいるという証拠なのだと、陽毬にはそう思えたから。




