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電装戦記クアド・ラングル  作者: 神宮寺飛鳥
【クイーン・オブ・ソード】
10/24

3-2

「えー! 皆でカラオケ行ったんですか……僕たちも行きたかったなー」

「ごめんごめん! それより今回の大会なんだけど、ちょっと面白い事になりそうよ」


 すばるの受付で店内大会の申込用紙を記入する佐々木。カウンター越しにニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる鳴海に眉を潜めた。


「面白い事……ですか?」

「今回の大会、ラスボスは私がやろうと思ってたんだけどね。今回はスペシャルゲストをお迎えし、すばる至上最高の盛り上がりを見せる決勝戦になること間違いなしなのよ!」

「スペシャルゲストって……こんなゲーセンに誰が来るんですか?」


 既に記入を終えジュースを飲んでいた守谷の言葉に鳴海は唇を尖らせる。


「失礼ねー。スペシャルゲストはスペシャルゲスト。あんまり事前に発表すると大騒ぎになりかねないから、誰かは当日までのお楽しみよ」

「守谷、誰だと思う?」

「コスプレした鳴海さんとか……?」

「君達、結構私に対して遠慮がないわよね」

「あはは、すいません。鳴海さんってあんまり年上って感じがしないっていうか……僕らと同じ目線に立ってくれてるなって感じがして」

「そう、親しみやすい」


 普段から朝比奈や静流からの絡みを見ていればそういう風にも思われるだろう。二人の言葉の真意はともかく、鳴海は話を好意的に解釈したようですっかり機嫌を戻していた。そういうころころ表情が変わるところも子供っぽいという事に彼女は気がついていない。


「それはさておき、参加者って結局何人くらいになりそうなんですか?」

「今の所君たち含めて三組だけね……。んー、もうちょっと人が集まらないかしら」

「一応僕たちの間でも宣伝とかしてみますけど、効果は期待しないで下さい」


 苦笑を浮かべる佐々木。その頭を背後からぽんと叩く男の姿があった。


「あっ、神崎さん!」

「ちーっす。中学生諸君、今日も元気そうで何よりだねぇ」


 いつも通り緩い笑顔を浮かべる静流。それから鳴海へと片手を差し出した。


「鳴海さん、大会の申し込み用紙、俺にも一枚下さい」

「静流君……」


 鳴海が静流へとメールを送ったのは昨日の夜の事だ。この大会のスペシャルゲストと相談し、話を纏めたその場で連絡を入れたのである。その時は果たして静流がどんな反応を示すのか不安であったが、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。


「そっか。決めたんだね。偉いぞ、男の子!」


 はしゃぎながら身を乗り出し、カウンター越しに静流を抱き締める鳴海。中学生二人は突然の事に驚き、静流は強引に鳴海をひっぺがしにかかる。


「な、鳴海さん。中学生には刺激が強いから!」

「何大人ぶってんのよ! 私からすれば静流君も同じ様なもんなの!」

「俺に言わせれば鳴海さんも同じようなもんですけど……ていうか胸でかいっすね」


 割と強めに頭をどつきながら離れる鳴海。それから改めて用紙を差し出す。


「そういえば今回の大会は事前告知通り二人参加だけど、静流君はどうするの? パートナー、もう決まってる?」

「それは決勝のスペシャルゲストに俺一人じゃ勝ち目が無いからっていう理由からですよね」

「う……べ、別にそういうわけじゃないけどねー。それよりパートナーよ! この申し込み用紙には二人分の名前が必要だから、このままだと受理出来ないわよ」


 とりあえず自分の分だけ空欄を埋めてから考え込む静流。隣の男子中学生二人は既に組んでいるから、何とか他の知り合いを探さなければならない。


「おいっすー。今日も暇そうだな、神崎ぃ。陽鞠ちゃんとましろちゃんはいないのか?」


 周囲をきょろきょろ眺めながら歩いてくる三河。静流は振り返りその顔を見つめる。


「ん? な、なんだよ気持ち悪いな……人の顔をじろじろ見るなし。何? 何してんの? え! お前素人の癖に大会に出るつもりなのか? ぷぷっ、思い上がり乙! お前が鳴海さんに勝てるわけねーだろ! 身の程弁えろし!」

「それがねー、私は今回出ないつもりなのよ。三河君はどう? タッグバトルなんだけど」

「タ、タッグバトルとか邪道……鳴海さんがいないなら勝ち目はあるけど。ていうか僕が優勝するだろうけど。ぼ、僕は基本的にソロプレイヤーだからね。クランもはいってないし」

「ただ友達がいないだけじゃないんですか?」


 佐々木の言葉にきりきりと首を回転させる三河。そうして地団駄踏みながら叫ぶ。


「と、友達くらいいるし! 中学生のくせに生意気なんだよ! いい加減にしろ!」

「三河友達いねーのか。じゃあ俺と出場するか?」


 後頭部を掻きながらジト目で用紙を差し出す静流。三河はぷるぷると震えている。


「き、貴様の施しなど受けん……そもそも大会に出ても意味ないし。優勝商品があるわけでもないし……じ、時間の無駄」

「優勝商品あるわよ? 優勝したペアにはクアラン20クレジット分プレゼント!」

「た、たったの20クレジットかよ……僕別に金には困ってないしな。まあでも貧乏人の神崎は20クレジットでもおいしいのか。ま、まああれだな。僕も暇だし、初心者育成のために貢献してやるという気持ちが無いでもない。お、お前がどうしてもと土下座して頼むのであれば、この僕がパートナーとして出場してやらない事もないが……ん?」


 目を瞑り語っていた三河だが、気付けば周りには誰もいなかった。ふと確認すると先ほどまで静流が持っていた申込用紙はいつの間にか現れた朝比奈の手の中にあり、彼がたった今鳴海へと記入を終えた紙を渡した瞬間であった。


「朝比奈、あんたが出るの?」

「ああ。20クレジットは美味しいしな」

「って言ってもあんた……」

「あ、朝比奈さんはもうクアラン引退したはずだろ!」


 駆け寄りながら叫ぶ三河。朝比奈は目を瞑ったまま腕を組んでいる。


「そうだ。確かに俺はクアランを引退した……だが、今回の大会には出ざるを得ない訳がある」


 頭に巻いていたタオルを脱ぎ、作業着の男は颯爽と振り返り静流と向き合う。その瞳には何か強い決意のようなものを感じさせる……ような気がする。


「静流。この勝負、お前の男を賭けた戦いになるであろう」

「朝比奈さん、どこまでこの話理解してるんすか?」


「皆まで言うな! 男にはやらねばならない時がある。そしてそんな誇りを賭けた戦いに挑む時、男は誰でも瞳に熱を宿す物だ。静流。今のお前は最高に燃えているぜ」


 がしりと静流の肩を掴み、男は握り拳を作る。


「だが今のお前にはまだ足りていない事が多すぎる。それを俺が残り凡そ二週間の間に伝授してやろう。同じ男として……お前の花道、必ずや鮮やかに彩って見せようではないか!」

「って言われてもなぁ。俺朝比奈さんがクアランやってるところ見たことないんすけど……」

「あ、朝比奈さんの強さは、ガチ……。旧バージョンとは言え、そ、その人元Sランだから」


 眼鏡を光らせながら呟く三河。暫しその言葉を反芻し、それから静流は驚く。


「Sランって……Sランクプレイヤー!? 世界に十人しか居ないっていう!?」


 クアド・ラングルのアリーナ戦、その中でも特に過酷なAランクの戦いを勝ち抜いた最上位のプレイヤーは、Sランクという格付けをされる。

 たった百の席しか存在しないAランクの更に一割の数しか用意されていないSランクは基本的に不動である。バージョン2にあがった時にこの空席を奪い合うA上位のサバイバル戦が行なわれたが、朝比奈はその公式大会で八位の成績を残した。即ち彼は全国八位のランカー。鳴海よりも更に上の実力者であったという事になる。


「Sランクナンバーエイト、【シックザール】……僕がどうしても勝てなかった相手さ」


 個数限定のレア武器であるクラウ・ソラスを持っていた時点である程度上級者であろうという事は静流も予測していた。だが実際に彼がプレイをしている場面を見たことがなかった事、それから普段の言動もあり、まさかSランクだとは夢にも思ってはいなかった。


「現役の【ナンバーズ】に匹敵するとまでは言わんが、そんじょそこらの新参に負ける程衰えては居ない。この腕、静流のパートナーに相応しいと自負している。色々な意味でな」

「そりゃまあ……でも、そのSランクって……OPCとどっちが強いんですか?」

「ん? なんでここでOPCの話が出てくるし?」


 小首を傾げる三河を無視して話を続ける。そう。仮にSランカーとOPCが戦ってSランカーの方が強いのであれば、それこそこの大会の裏の意図を崩してしまいかねない。


「ふむ? まあ確実に勝てるとは言わんが……現状のOPCなら三割程度の勝算はあると思っている。どんな相手でも、それなりに接戦に持ち込む事は可能だろうな」

「マジかよ……」

「まあ要するにだ。俺と静流が組んだ場合、かなり高い確率でこの大会には優勝できるであろうという事だ。相手が仮に何者であろうともな」


 不敵な笑みを浮かべる朝比奈。そして男はビシリと鳴海を指差した。


「故に鳴海。お前もこの大会には出場しろ。そして決勝で【彼女】のパートナーになれ!」


 既に三河や中学生二人は話の展開についていけなくなっていたが、ここに来て静流もクエスチョンマークを浮かべる事になる。今朝比奈と鳴海の間にどのような認識がありどのような魂胆があるのか、既に静流にも理解できなくなっていた。


「それはつまり、私と戦おうって事ね……朝比奈」

「お前が現れなければ二対一。いかに相手が強かろうとも劣勢を強いられる事だろう。お前はそんな彼女を見捨てるつもりか?」


 険しい表情を浮かべる鳴海。それを満足そうに眺め、朝比奈は踵を返す。


「果たし状、確かに渡したぞ。行くぞ静流、作戦会議だ!」

「え、ちょ……一体何がどうなってんすか!?」


 朝比奈に強引に連れ出され店を去っていく静流。それを見送り三河と中学生は視線を鳴海へと戻す。こちらはこちらで、険しい表情のまま何かを考え込んでいた。


「あれ? 僕この大会出られなくね?」


 その事に三河が気付いたのは、暫く沈黙が続いた後の事であった。




「唐突に話を進めてすまなかったな。こいつは詫びだ、遠慮なく食ってくれ」


 静流が連れて行かれたのは傍にある牛丼屋であった。いつだったか陽鞠とここで会った事を思い返しつつ、今度は朝比奈と向き合って席に座る。


「侘びが牛丼ですか。もうちょっとましな選択肢はなかったんすかね」

「牛丼はパワーだぞ? 肉! 飯! 男の好きなものをシンプルに融合させた傑作だ」


 両手を合わせた後割り箸を手に取る朝比奈。そうして鋭い目付きで語る。


「あの大会、鳴海がお前達の為に私物化しようとしているのは知っているな?」

「あ、やっぱ朝比奈さん知ってたんだ。ていうか元々私物化してましたけどね」

「店の純利益を考えるならあいつはさっさと退くべきだからな。まあ企画から実行まで鳴海が一人でやっているから、好きにしていいんだという超理論なわけだ」


 がつがつと牛丼を口に掻きこむ朝比奈。静流もそれを真似て牛丼を食べる。


「大会にあのデイジーが出るとなれば、勿論決勝は盛り上がるだろう。そこから今後大会を立て直したいというのが鳴海の打算だろうな。ともあれお前が順当に勝ち残れば決勝で戦う相手はあのクイーンという事になる。それは承知の上なんだな?」

「色々考えたんすけどね。まあ、やっぱやるしかないかなって思ったんすわ」

「……そうか。お前のその勇気は賞賛に値する。男を見せたな、静流」


 そんな事を真顔で言われると少し照れくさい。まるで冗談のようなこのセリフが実際は朝日なの本気そのものだと、既にこれまでの付き合いでわかってしまったから。


「そんなお前達の戦いに割り込んでしまって申し訳ないが、俺にも一応打算があってな。俺が旧バージョンでナンバーズの一人だったという事は先に話したが、俺にはクアド・ラングルを引退した幾つかの理由がある。その中の一つに鳴海が含まれているのだ」


 朝比奈は三年前、クアド・ラングルバージョン1が稼動した初期からのプレイヤーだ。

 当時彼はまだ大学生で、大学生になったばかりの鳴海と同じ大学に通っていた。


「実は俺と鳴海は幼馴染でな。ガキの頃から俺はすばるに入り浸っていた。まあ幼馴染というより鳴海は妹みたいな存在だったがな」

「へえ。それは知らなかったっすね」

「俺と鳴海は同じクランに所属していた。クランってわかるか? クアド・ラングル内で作るプレイヤーコミュニティの一つだ。俺はあるクランのマスターで、鳴海はそのサブマスターだった。俺達はそれなりに名の知れた存在で、俺がナンバーズに選出されたくらいから更に爆発的に規模を拡大していった」


 ナンバーズとはSランカーの別名である。上から十番目までのプレイヤー、彼らは時折公式サイト等の情報で露出する。クアド・ラングルは機体名だけしか設定が出来ず、プレイヤー名は表示されない。機体の名前と画像がランキングに表示される時、そこにナンバーが記されていたのがナンバーズという呼称の始まりだと言われている。


「バージョン2最強クランの名をほしいままにした俺達だったが、ある日重大な事件が起きた。そのせいでクランは一時解散の危機に追いやられたのだ……」

「その事件って……?」

「クランマスターが失踪したのだ」

「お前じゃねえかッ!」


 真顔のまま眉一つ動かさない朝比奈。静流が突きつける箸を片手で退かし話を続ける。


「その皺寄せは全てサブマスターである鳴海を襲った。その大変な事後処理で鳴海は酷い目に遭い、それまでは兄のように慕っていた俺の事を死んだ魚のような目で見るようになった」

「当たり前だ! 全部あんたの自業自得じゃねえか!」

「静流……人に箸を向けるのは良くないぞ。親に教わらなかったのか?」

「お前にだけは言われたくねーよ! 鳴海さんもよくあんたを許したな……!」

「それは違うな。鳴海は俺を許したわけではない。今でも彼女と俺の間にはわだかまりがある」


 そりゃそうだろうよとしか言えない。水を飲み一息ついた静流は牛丼を食べつつ。


「で? あんたはそんな鳴海さんをどうしたいんだ?」

「鳴海が陽鞠の面倒を見ている理由がわかるか? あいつはな、自分の姿を陽鞠に重ねているんだ。そして自分には出来なかった事を、あいつに達成してもらいたいと願っている」


 神妙な面持ちで呟く朝比奈。そして顔を上げて言った。


「俺自身は別に嫌われていても構わん。だが俺は鳴海には自分の力で歩いて欲しいと思っている。お前と陽鞠がクアランを通じて向き合おうとしているように、俺も鳴海ともう一度向き合いたいのだ。俺が逃げ出したクアド・ラングルの大地でな……」

「……それで? 結局あんたはどうして失踪したんだ?」

「日本一周旅行をしたくなってな。大学に通いながらこつこつためたバイト代が目算額に到達したので出発したら、そのまま大学を辞めて放浪してしまったからだ」

「だから完全に自業自得じゃねえか! 全部お前が悪いんだからな!」

「静流……ご飯粒が飛んでいるぞ。少し落ち着け」

「あんたが騒がせてんだろうが、あんたがーッ!」


 箸を振り回す静流。朝比奈はその様子にニコニコと穏やかな笑みを浮かべていた。




「朝比奈さん……最低のクズですね……」


 すばるの事務所。静流が朝比奈と居なくなった後、擦れ違いでやってきた陽鞠とましろが鳴海と共に作業をしていた。もうPOP作りは殆ど終わっていたが、色々と協力してくれた鳴海に挨拶する為に陽鞠が足を運ぶというのでましろもついてきた流れだ。

 朝比奈が静流にしたのと殆ど同じ話を鳴海も二人にしていた。話を聞き終えたましろが青ざめながら呟いた言葉に鳴海は苦笑を浮かべる。


「あいつとはまだちっちゃかった頃からの付き合いだけどね。昔から破天荒な奴なのよ。でもご両親は本当になんであれが息子なのかわからないくらいいい人達でね……本当、ご両親がかわいそうで……!」

「な、泣くほどなんですか!?」


 わなわなと震える鳴海。陽鞠は慌ててその背中を撫でるが、鳴海は直ぐに顔を上げた。


「本当にしょうがない奴なんだけどね……でも、どこか憎めないのよね。それは多分あいつが本当に自由で……何にも縛られず、そして自分に素直だからなんだと思う」


 まるで羽の生えたような少年だと、幼心に鳴海は彼を見つめていた。

 朝比奈は鳴海がまだ怒っていると思っていたが、実際の所それは少しだけ違う。なぜなら鳴海は最初から怒ってなどいなかったからである。

 勿論、急に居なくなった時は文句の一つも言ってやりたくなったし、拳の一つも繰り出してやりたくなったものだ。だがそれも元々分かっていた事だ。いつもふらりといなくなってしまう彼の性格は、幼馴染である鳴海が誰よりも理解していたから。


「しょうがないのよ。人の心を縛り付ける事なんて出来ないわ。そんな権利私にはないもの」

「鳴海さん……もしかして、朝比奈さんが好きなんですか?」


 突然のましろの言葉にきょとんとする鳴海。その顔が見る見る真っ赤に染まっていく。


「ち、違うわよ! なんでそうなるの!?」

「いえ、陽鞠ちゃんが兄さんの事を話す時と同じ目をしていました。ちょっと呆れたような、でも優しくて穏やかな目です」

「ふええ!? ましろちゃん、いつも私の事そんな風に思ってたの!?」

「朝比奈はただの幼馴染よ! 別に今はなんでもないんだから、ねえ陽鞠ちゃん!?」

「そそ、そうだよー。ただのーおさななじみーだよー!」

「何故棒読みなんですか?」


 あたふたする二人を脇目にコーヒーを飲むましろ。鳴海は咳払いを一つ、気を取り直し。


「まあ私と朝比奈の関係はそんな感じ。だから多分あいつ、静流君の事を自分に重ねてるのよ。だからいちいち首突っ込んで面倒みてるんじゃないかな」


 語りながら苦笑を浮かべる鳴海。それから自らの頬を軽く叩いた。


「ん! 私の話はこれで終わり! それより陽鞠ちゃん、お父さんに許可はもらえた?」

「はい。お父さんが丁度帰ってきてて、一緒にご飯を食べながら話したら即OKでした」


 陽鞠と鳴海の付き合いの始まりは一年前にまで遡る。

 陽鞠がOPC、デイジーとして活動を始めた頃の話だ。OPCはオフィシャルの存在ではあるが、基本的には一般のプレイヤーである。故にゲームをプレイする場合、特殊な場合……例えばイベント出演などを除き、自腹でクアド・ラングルをプレイしている。

 OPCに選出されたプレイヤーは自らがOPCであると名乗る事を制限はされていない。例えばイベントで顔出しでステージ上に立つような者もいる。だが陽鞠はそういった人前に立って目立つという事をあまり好まなかった為、出来れば内密にOPCとしての活動をしたいと考えていた。

 OPCは十二人しか存在しないアイドルプレイヤーである。当然名前も顔も知れ渡るし、このご時勢ではインターネット上に情報が流布されるのなんて一瞬の出来事だ。当時はまだ陽鞠は初心者同然であった事もあり、惣介はとりあえず練習場所を確保する事を勧めた。

 元々惣介とすばるの店長は知り合いであった。そんな事もあり、惣介の頼みならと言う事で鳴海が陽鞠の面倒を見る事になったのである。

 クアド・ラングルではプレイの様子は自動的にターミナルに記録されてしまうが、これは設定をオフにすれば済む事だ。別に店側に許可を取らずともプレイ中はドレッドノート筐体に閉じこもる事もあり、基本的にOPCであるいう身分がバレる事はない。だが惣介は陽鞠にせめて協力者との間くらいにはゲームの繋がりを作ってやりたかったのだろう。

 案の定陽鞠と鳴海は親しい間柄になった。歳は離れていたが、鳴海は元々子供の相手をするのが得意だ。引っ込み思案な性格の陽鞠も、優しい鳴海には直ぐに心を開いた。

 そして二人は共に特訓をする間柄になった。鳴海は自分の技術と知識の全てを陽鞠に伝授し、陽鞠はそれを直ぐに吸収、いつしか鳴海さえも越える腕前へと成長したのである。


「私にはゲームの事は良く分りませんが、二人は師弟関係という事ですか。そして朝比奈さんと兄さんもある意味師弟関係……ダブル師弟対決なんですね」

「まあそういう事かな。朝比奈の奴が好きそうな展開だわ。それにしても……本当によかったの? 今更だけど、そのー、デイジーとして顔出しする事になると思うけど」


 鳴海の心配はそこであった。OPC【デイジー】として陽鞠が決勝戦に登場すれば、それは盛り上がるだろう。何せデイジーは人気のOPCであり、これまでどんなイベントにも顔を出していなかった人物なのだから。


「OPCとして大会に出る許可はお父さんに貰いましたから、大丈夫ですよ?」

「そうじゃなくて、陽鞠ちゃんの気持ちとしてそれでいいのかなって。それほど人が集まらない大会だからいいけど、まともに名前出したらちょっとすばるに人が納まりきらないような事になると思うわよ、たぶん」

「鳴海さん、それは大げさですよー」


 頬を掻く鳴海。多分陽鞠は自分がどういう人間なのか、はっきり理解していないのだろう。


「私、正直今はあんまり細かい事は考えたくないんです。静流ちゃんと戦いたい、ただその事だけに胸を躍らせていたいから」

「なるほどね……恋する乙女は無敵ってやつかー。羨ましいわねー」

「こ、恋だなんて……違いますよ! だって私は……そりゃ、静流ちゃんの事は好きですけど。でも静流ちゃんは私なんか全然好きじゃないだろうし……」


 左右の人差し指をつんつんしながら俯く陽鞠。


「私はドジだし、とろいし、いつも静流ちゃんをイライラさせてばっかりだし……足引っ張って迷惑かけて、いつも静流ちゃんに助けてもらってて……。静流ちゃんはかっこいいし優しいし強いし素敵だから、私なんかより可愛い女の子からきっときゃーきゃー言われてるだろうし……私なんか……私なんか……うぅ」


 だんだんと声が小さくなっていき、最終的には机に突っ伏してしまった。その様子を眺めていたましろが徐に立ち上がり、唐突にマジックペンを壁に投げつけた。


「うわびっくりした! ましろちゃん何してんの?」

「いえ…………なんかもう爆発しないかなと思って……」


 兄の本音を聞いてしまったましろとしては、この二人は一体何に擦れ違っているのだろうかという気しかしない。ちゃんと話せば解決する事にしか思えないのだ。

 それを物凄く精巧に遠回りし、タイミングよく誤解を重ねている。なんだかその様子がじれったく、同時に腹立たしくさえあった。


「兄さんも大概へたれですが、陽鞠ちゃんも陽鞠ちゃんですね……」

「な、何に怒ってるのかな、ましろちゃん……」

「別になんでもありません。まあ結局……私が一番兄さんの事をわかっているという事です」


 背を向けながら呟くましろ。陽鞠はアホ面で小首を傾げていた。


「あららー……複雑な愛憎関係ねぇ……。ま、とりあえず話を戻すとして。静流君のほうは朝比奈に任せておきましょう。あいつが絡んできた以上、彼も何か秘策を携えて挑んでくると考えた方がいいわ」

「はい。私も最近腕が鈍っていましたから鍛えなおすつもりです。鳴海さん、対戦相手になってくれますか?」

「腕が鈍った、ねぇ……。ま、いいわよ。どれくらい成長したか私が確かめてあげるわ♪」


 ユニフォンを取り出しわいわいと楽しそうに話をする二人。ましろは少しはなれたところでその様子を一瞥し、自らのユニフォンを取り出す。

 お気づきの方も多いかと思うが、ましろは唯一クアド・ラングルをプレイしていない人物である。故にこうしてゲームの話で盛り上がられてしまうと、蚊帳の外におかれてしまうわけだ。


「……兄さんの言う通り、良い子にしすぎたのが仇に出ましたね」


 小さく溜息を吐きながらお小遣いを確認する中学生のましろであった。

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