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第28話 かつて勇者だった男



 ロブと三郎、アルセリア、そしてベルタは歓楽街の客を連れて警察署に辿り着いた。

 そこで待っていた警察や政府関係者からの情報でようやく現状を把握したわけだが、政府中枢も現場も酷く混乱し、すべてが後手に回っていた。

 そんなところに、事の元凶ともいえなくもない連盟関係者であるロブとアルセリアが現れたものだから、事情を知る政府関係者の目には敵意すら滲む。

「今はこの事態をどう収めるかが最優先だ。対策本部に案内してくれ」

 三郎はロブたちから警察や政府関係者を引き離すように、対策本部の設置された一室に入っていった。

 十数分ほどで、政府関係者を引き連れた三郎が戻ってくる。

 ロブたちには界境列車へ避難してもらい、引退していた三郎が迅速な事態の収拾のために一時的に復帰することが決まった。

 三郎はそれをロブに告げようとしたのだが、警察署の廊下に残っていたのはアルセリアだけであった。

「トイレにでも行ったか……」

 硬い表情をしたアルセリアは、小さく首を横に振った。 

「街へ、行ってしまいました。ロブさんから伝言を預かっています」

 その言葉に、三郎の背後にいた政府関係者たちが小さくざわめいた。

 勝手なことを。これだから連盟は、とまるでアルセリアに聞かせるかのような囁きであった。

「伝言とは?」

 ロブが何をしようとしているのか、三郎はなんとなく察していた。

「――全部ぶちのめしてくる、と」

 仮に三郎が復帰して、上から事態の収拾を図ったとしても、すぐに暴徒が大人しくなるわけではない。その間に傷つく人々がいる。ならばその前に、暴れる連中をぶちのめせば、事態の鎮静化の一助になるはず。そしてもし可能ならば、超法規的措置でこの行動を罰しないでほしい。

「……そうか」

 三郎はロブらしい伝言に納得するが、後ろにいた政府関係者の苛立ちが爆発させた。

「部外者が勝手なことをっ」

「法治国家をなんだと考えているんだ。これが連盟のやり方かっ」

「藤田大元帥、これは連盟による干渉です。厳重に抗議を――」


「――喝っ!」


 口々にロブや連盟への不満を露わにした政府関係者であったが、三郎の大声にびくりと身を震わせた。

「今はこの事態を収拾することだけを考えて行動しろ」

 その一言で、誰もが不満を引っ込めた。

 三郎は窓から見える混乱の只中にある街をちらりと見つめ、すまん、と口だけを動かしてから、すぐに事態の鎮静化に向けて指示を飛ばし始めた。

 

***


 それはちょうど三郎が一人対策本部に行ったときのことであった。

「……ちょっと行ってくる」

 ロブはアルセリアの耳元でそう言った。

「ならわたしも――」

 すぐにロブの目的を悟ったアルセリアであったが、ロブは最後まで言わせてはくれなかった。

「――射線に人がいると戦いにくい。三郎さんのほうも襲われる可能性があるから残ってくれ。それにアルセリアには三郎さんに伝えてほしいこともある」

 ロブは早口で三郎への伝言を告げると、アルセリアの返答を待つことなく、ベルタのほうへと行ってしまった。

「罰せられるかもしれませんっ」

 アルセリアはそれだけ言うのが精一杯で、その背を追うことすらできなかった。

 足手まといなのはわかっていた。連盟に罰せられないように、ロブが気を使ってくれたことも。

 言われずともわかってしまったから、それしか言えなかった。

 ロブは案の定、まるで問題ないとでも言うかのように、振り返ることなく手をひらひらさせるだけであった。

 

 アルセリアに伝言を頼んだロブは、気怠げな様子でぼぅと窓の外を見るベルタに声をかけた。

「――手を貸してくれ」

 そろそろ帰ろうかなと思っていたベルタは、面倒臭そうにロブを見る。

「どうするの?」

「――全員ぶちのめす。そうすれば、とりあえず静かになる。あとは三郎さんがどうにかしてくれるはずだ」

 あまりにも豪快で脳筋すぎる言葉に、ベルタは一瞬呆気に取られてしまった。

「あとは任せたらいいじゃない。それにそんなことをしたら連盟に怒られちゃうわ?」

「そんなことを気にするタマじゃないだろ? 俺の素性をこの国の政府にばらした貸しもある」

「あの武装客船の貸しをまだ返してもらってないわ?」

「じゃあ、今回の件で相殺だな。で、今回のこれは貸し一で」

「返すアテないじゃない。連盟に行っちゃうんでしょ?」

「連盟に行ってどうなるかは知らんが、魔王殺しと貸し付きのパイプがあるのは悪くないと思うぞ?」

「……なんでそこまでするの? 勇者だから? 同郷だから? そんなの馬鹿なのよ」

 心底不思議そうに、ベルタは首を傾げた。

 言いにくいことをはっきり言ってしまうベルタに、ロブは苦笑する。

「勇者だったから。それも理由の一つではあるだろうが、まあ、ただの感傷だ。……あそこで逃げ遅れているのは、俺なんだ。転生前の、だけどな。なら、見捨てるわけにはいかないだろ」

 ベルタはあまり納得できないようであったが、少し考えてから頷いた。

「いいわ。健気な女とか、好きでしょ?」

 ベルタはロブの肩越しに、所在なさげに立つアルセリアをちらりと見た。

「……ああ、好きだ。ただ、俺はあんたみたいなのも好きだがね」

 愚直なアルセリアも奔放なベルタも、己が選んだ道を歩く女にロブは惹かれた。

「口ばっかり。アタシは都合の良い女にはならないわ?」

 そう言いつつも、ベルタもソロバンを弾いている。

 ロブの名が売れれば売れるほど、リクルート成功時の報酬は上がる。魔王殺しとの貸し付きパイプというのも悪くない。一種の先行投資であった。

 

 それからすぐ、ロブとベルタはこっそり警察署を抜け出した。

 時刻は深夜一時半。サイレンの赤い明滅と、警察署から漏れた明かりとで、外は意外と明るい。

 そんな明るさから逃れるように、二人は警察署から少し離れた建物の影に入り込むと、ベルタはあの武装客船を追ったときに作った大型二輪車ほどもある犬型魔動機械を魔法陣から取り出した。

「乗せるだけよ?」

 暗に運転以外はしないと言い切るベルタにロブは頷く。

「ああ。できたら、暴れている連中がいる場所に向かってくれ」

「もう、面倒なことばっかり」

 ベルタはそう言いながらも、脳内で索敵魔法を発動。

 ロブが後ろに乗ったことを確認すると、犬型魔動機械は音もなく走りだす。

 まるで本物の犬のように、それでいてその力は犬を超越していた。

 ベルタは暴徒らしき連中の元へ、夜の歓楽街を文字どおり縦横無尽に魔動機械を走らせる。狭い路地では壁を蹴って駆け抜け、室内に飛び込んでは窓から窓へと飛び移る。

 ロブは両手に握った突撃銃アサルトライフルで、次から次へと暴徒を狙い撃つ。

 タタン、タタンと規則的な銃声が鳴り響く。

 ベルタは一切速度を落とさず、ロブも一度たりとも狙いを外さない。

 散発的に飛来する火矢や放電はベルタが躱すか、ロブが撃ち落とす。

 日輪では民間への攻撃系魔法具の売買は禁止されており、裏社会に流れている魔法具は型遅れ品であった。そのため、ロブの脅威となるような魔法具はほとんどなかった。 

 さらにときおりロブは、犬型魔動機械から飛び降りては、ビルや店舗に突入し、速やかに制圧してはベルタのもとへと戻るといったヒットアンドアウェイを織り交ぜた。

 加えて、あえて銃声を消さないことで敵を引き付け、探す手間を省き、時間の短縮を図った。

 こうしてヤクザの抗争や思想の違う暴徒同士の衝突、火事場泥棒から暴行の現行犯まで、ロブは周囲に影響を及ぼすことなく、無力化していった。

 殺してはいない。両足を撃ち抜くか、あるいは麻痺弾や麻酔弾、粘着弾で動けなくしただけである。もしかしたら死んだやつがいるかもしれないが、ロブもそこまで面倒見る気はなかった。

 そうして疾走と銃撃、襲撃、迎撃を何度も繰り返した後、ロブは不意に犬型魔動機械から飛び降りた。

「終わったらまた行く。待っててくれ」

「もう疲れたわ?」

 すぐに犬型魔動機械を止め、ベルタはいつにもまして気怠げな様子で駄々をこねる。じんわりと掻いた汗が艶かしいが、ロブは鼻の下を伸ばすことなく薄暗い通りを見つめた。

 そこには一方通行の道路を挟んで、しんと静まり返った古いビル街と、まだ明かりの残る雑多な飲み屋街があった。

 すでに深夜の二時半を回り、人気は少ない、が――。

 突然、ビルの窓ガラスが割れた。

 突然、街灯が半ばから断ち切られた。

 突然、赤提灯の小さな飲み屋の屋根が陥没した。

 悲鳴こそ上がらないものの、怯え、惑う人々の気配はあった。

 ロブは目を凝らす。

 何かが、いる。やりあっている。

 暗闇に紛れ、高速で動いているせいか、見えるのは速度を緩めるほんの一瞬。

 特に際だって速いのは、痩せぎすで白衣を羽織った白人男性。武器はメスと蹴撃。

 もう一人は、般若面に黒い作務衣を着込んだ日輪人らしき男。速度こそ白人男性に及ばないものの、まるで先を読むかのように仕込み刀で対応している。 

 ロブは路上駐車している車の影に隠れ、耳を澄まし、機会を待った。

 すると、二人の男の声が、少しずつ聞こえてきた。

「――鍛錬もせず、修養もせず、人と魔法具を融合させて強さを得ようとは外道の所業よ」

「――現実と理想が一致しないならば、現実のほうを変えればいい。理想に近づけたことを喜ぶべきであろう」

 話の内容をそのまま信じるとすれば、あの異常な筋肉男を作ったのはこの白人男性であるらしい。

 声は途切れ途切れで、金属を打ち合う音だけが夜の街によく響いた。

「――平等を成し遂げてこそ、平穏は訪れる。貧困や格差を自由と競争の代償だとのたまう国家など邪悪である」

「――叩かねば名刀は生まれぬ。絵空事を願う、敬うものなき平等など軟弱な者どもを唆すだけの戯言よ」

「――化け物に騙され、特権階級に抑圧されるこの国を、この国の民を導かねばなりません」

「――夷狄の欺瞞に満ちた教えなど、この貴き神国には不要だ」

 今度は外国人が言い、日輪人が言い返した。お互いに己の正義を語っているらしい。

 それが何度か続き、さらに少し街が荒れた頃、二人の声と気配がちょうど道路を横切った、その瞬間――。

 

 轟音が、連なった。


 それは、行進する軍隊が鳴らす靴音のような銃声であった。

 この百発単位の銃弾の群れに、破壊的な戦闘を繰り広げていた二人は弾けるように距離を取って躱すと、同じ方向を睨みつけた。

 両手に銃を構えた、ロブであった。

「――いちいち正義を騙らなきゃ何もできないのか。よそでやれ、近所迷惑だ」

 フード付きの戦闘服に、二丁の回転式多銃身小銃ガトリングライフル

 そんな得体の知れない物を持ち、この場に立ちうる者など一人しかいない。

「……貴様がロブか。連盟の犬がなんのようだ」

 赤尾武光。某大物政治家の始末屋で人斬り。この騒ぎに乗じ、他国の工作員を秘密裏に抹殺するよう命令を受けていた。

「アナタがフジタの同胞ですか……フジタと同じく不遜な男のようですね」

 ヨシフ・スタルギン。こちらは某国の工作員で、あの筋肉男を施術し、日輪に混乱をもたらした者の一人であった。

 もっとも、ロブはそんなことを知る由もない。

「ここから去るなら見逃すが?」

 とはいえ手練れ。戦わないにこしたことはない。

 だがそんなロブの言葉も虚しく、二人は引く様子はなく、戦意を高めるばかり。

「大局も見ず、幼稚な正義をふりかざすな」

「化け物でさえなければ同志となれたものを……いや、今からでも遅くはない、我らの元へ来るがいい。その力をワタシが正しい道へと導こう」

 ロブは呆れ、鼻を鳴らす。

「正当な行いだけが、正義たり得る。お前らのどこに正義がある? 悪とは言わんが、せいぜい動物だろ。動物なら動物らしく、人気のないところで黙って殺し合え」

 人は生きねばならない。

 それが満たされたあと、正義を選ぶことができる。

 正義とは選ぶものであって、宿るものでは決してない。

 一つ一つの行動の結果が、正義か、悪か、もしくはそのどちらでもないかが決まるだけ。

 ロブもできれば、己の手にあって欲しいと願い行動しているが、そうではないのかもしれない。

 ただそれでも、誰も巻き込むことのない戦いならば、悪ではなく、『人という名の動物の習性』に過ぎない。それならそれでいい。

 いつかアルレッキーノの聴取り調書に書いた『善良にまではなれなくとも、正しくありたい』とは、そんなロブの生き方を端的に表したものであった。


「ここで消しておかねばなるまいな」

 赤尾が命じられたのは他国の工作員の排除。その工作員には、連盟の関係者であるロブも含まれていた。

「二匹目の化け物。同志への手土産としては上々でしょう」

 思想を否定され、動物とまで貶められた二人の男たちは、ロブを標的に加えた。

 人斬りが僅かに腰を落として仕込み杖を構え、イカれた科学者がメスを握ったまま腕をだらりと垂らすと、勇者も二丁の銃の引き金に指を掛けた。

 そして、あるかなしかの、瞬きの刹那。

 甲高い金属音が一度、二度、三度と鳴り響いた。


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