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第23話 巡り会う二人



 果てしない水面が広がっていた910番世界を旅立った界境列車は、ロブがスライム捕獲事件を起こしながらも、次の世界へと到着する。

 この世界を越えれば、あと四駅で終着駅であった。

『――まもなく989番世界、日輪列島日輪皇国・伊図諸島鵜渡島に到着致します』

 キューバスの涼やかな車内アナウンスと共に、界境列車はするりと無人島の入り江に入り込んだ。

 界境列車が入り江深くにプラットホームを作り出すと、ロブとパッシェを連れたアルセリアは、入り江に係留されていた小さなクルーザーに乗り換える。

「興味がないわけじゃないんだが、下りて大丈夫か? これ以上なにかあればそろそろアルセリアの出世というか、そのへんが絶望的な感じがするが?」

 界境列車から下りるとトラブルが一緒についてくるような気がしていたロブが、どこかで見たことのあるデザインのクルーザーの内部を見渡しながらそう呟く。

「問題ない……はずです。本部から許可も下りています」

 アルセリアはもはや出世のことは考えないようにしていた。そもそも調査員になれればそれ以上は望んでいない。

「ふーん、で、どこへ?」

「きっとロブさんは気に入ると思います」

 アルセリアは何故か言葉を濁す。

「そうは言ってもなあ。何があるのかわからないんじゃなあ」

 それから何度かそんなやり取りが続いたが、アルセリアは目的を話そうとはしなかった。


 無人島を出発したクルーザーは二時間半ほどで埠頭に到着する。

 聞き覚えのある地名、見覚えのあるクルーザーやコンクリートの埠頭。

 ロブの中にはあり得るはずのない考えが浮かんでいたが、埠頭に到着してしばらくして現れた大型車。そこから下りてきた珍妙な調査員を見て、それは確信に変わろうとしていた。

「――ようこそ、日輪皇国へ。拙者はエドモンド・リスタルと申しマス」

 カンカン帽を被り、着流しを着て、下駄を履いた金髪の中年男性であった。

 これがこの国にいる現地調査員だというのも驚きであるが、ロブがそれ以上に驚いたのはその妙な日本かぶれの服装であった。

「ロブさんの聴取り調査から類似する世界を調査していると、たまたまここが界境列車のスケジュールにありましたので、本部に上陸の許可を取りました」

 いつものように説明するアルセリアであったが、言葉の端々にはロブを驚かせたことによる誇らしさが漂っていた。

 ロブは驚くことすら忘れ、二人に案内されるままについていく。

「皇国では一般人の武装は禁止されていますので、それは預からせていただきマス。魔法、異能に関しても使用は厳しく制限されており、自衛に関しても過剰防衛にならないよう気をつけてクダサイ。身分上はこの世界にある小国の出身ということになっていマス」

「ロブさんは……着替えなくても問題ありませんね。アルセリア調査員は調査員服を脱いで、こちらに着替えてクダサイ」

「それでは、皇国を案内せていただきマス」

 そう言ってエドモンドは、ロブたちを車に乗せて駅に向かう。

 くすんだ銀色の車体に青いラインの入った電車に乗り込み、十数分で電車を乗り換え、さらに一時間ほど揺られてから、ロブたちは電車を下りた。

 調査員の奇妙ないでたちに驚き、車や電車がすべて魔法で動いていることに驚き、見覚えのある駅に驚き、行き交う人々に驚き、巷に溢れる日本語・・・に驚いていたロブであったが、ここまで来ると気づきもする。

 まるで日本であるかのような世界。

 だが、日本ではない。

 ここは日本によく似た国。

 違うところは、自然科学ではなく、すべてが魔法と魔道具で代替されているところ。そして電線がないことくらいであろう。

 ロブはなんと言っていいかわからず、エドモンド調査員を見て、アルセリアを見て、そしてふと、あたりを見渡した。

 秋日原あびはら駅。

 地方都市の中心駅といった様子で、かつてロブもよく見た光景であるが、なぜか視線を感じた。日本かぶれ、いや日輪皇国かぶれの変な外国人を見る好奇の目はあるが、それ以外の気配である。

「……説明はあとで致しマス」

 エドモンドはそう言って駅を出ると、貸車屋で車を借り、中心地を離れてさらに田舎へ向かった。

 視線はそのあとも感じられたが、一時間ほどでそれも消える。

 橋、川、田んぼと、どんどん人里から離れていき、車はついに森へと入る。

 そうしてしばらく行ったところに、その家はあった。

 日本家屋。

 ロブは都市化が進んだ地域の出のせいか、見たことはあれど入ったことはなかった。

「着きマシタ」

 日本によく似た国で労をねぎらおうというアルセリアの気遣いかと思い、ロブはちらりとアルセリアを見るが、何故かアルセリアも緊張している。

 はて、と思いながらも、その日本家屋に向かうと、表札には『藤田』とある。

 ホームステイかと色々考えている間に、家主が姿を見せた。

 老人であった。腰は曲がっておらず、ピンと伸びている。

「……藤田三郎だ。君が、田山朗太か?」

 ロブは、息を呑んだ。

 すぐに、転生前の名前を聞かれる意味に思い至る。

 だが、と信じ切れない気持ちがあった。

 それは相手も同じであったらしく、疑わしい目でロブを見つめている。

 当たり前である。ロブは転生し、もはや転生前の姿を保っていない。顔つきからしてそうであるが、適当に撫でつけられた焦げ茶色の髪も、オレンジ色の瞳も、コメカミに走った銃創と思わしき二条の深い傷跡も、普通の日本人にはないものである。


「――日本における軍とは?」

 唐突な問いであった。

「あ、えっ……実体はともかくとして、軍は存在しないことになっている。あるのは自衛隊だけだ」

 ロブは遠い記憶を辛うじて思い出しながら、答える。

「北方領土の実行支配国は?」

「……ロシア」

「日本の同盟国は?」

「アメリカ……以外にもあったかな?」

 それからいくつか質問が繰り返され、ロブはそれに答えていった。

 日本人にしかわからない質問で色々と計っているのはわかるが、内容が軍事的な観点に偏っているのはなぜだろうか。ロブがそう考えたところで最後の質問であった。

「――日本の上空には一部日本に自由のない空域がある。それはどこか」

「えっ、いや、知らん。沖縄か?」

 ロブは慌てたが、そこで三郎の表情が僅かに緩んだ。

「確かに、私の時代には沖縄の航空管制の一部は米軍にあったが、他にも一都八県に及ぶ地域の上空七千メートルまでは米軍の空域だ。ただ、申請すれば許可はあっさり下りるが。……そうか、本当に日本人なんだな」

 一般的な日本人ならば知っているであろう質問、そして知っていることが稀な質問をすることで、三郎はロブが元日本人であると確信したようである。

 三郎は引き戸をしっかりと開け、居住まいを正し、ロブと相対した。

「――改めて名乗らせてもらう。元航空自衛官一等空尉、藤田三郎だ。この国でも似たようなことをしていたが、引退している」

 ロブも珍しく背筋を伸ばし、しっかりと答えた。

「日本では田山朗太。大学四年生でした。こちらではロブと名乗っています。仕事は……今は無職です」

 果たして今後どうなるのか、ロブ自身すらわからない。

 三郎は無職という部分を気にすることもなく、懐かしそうな顔で頷く。

「――旧交を温めているところを恐縮ですが、いくつか注意事項があります」

 ここまで黙って聞いていたエドモンドがそう切り出した。

「まず、ロブさんが元日本人であるということはこの国の政府には伏せてあります。可能な限り伏せたほうが、この国での滞在が有意義なものになると思いマス。滞在時間は三泊四日。昼までにはお迎えにあがりマス」

「色々ありがとう。しかし三泊四日か、今回は随分長い気がするな」

 ロブがそう言うと、エドモンドはにこりと笑った。

「アルセリアさんが本部や車掌、乗客に頼み込んだそうです。それに連盟としても魔王殺しという偉業を果たしたロブさんが、世界を越えて同郷の人と再会することは喜ばしいことですし、それは無差別召喚されてしまった三郎さんに関しても同じことデス」

 それを聞いて、ロブはアルセリアを見て礼を言った。

 すると、アルセリアが小さく首を横に振る。

「こちらこそ、これまでろくに仕事も果たせず、ご面倒ばかりをおかけしてしまいました」

 何かと裏目に出てしまっていたアルセリアの異世界案内であった、ロブとしてはこの世界の、連なるこの世界の実体を見ることができて、それほど苦ではなかった。

「それでは、四日後に」

 そう言ってエドモンドは去り、ロブたちは三郎の家の中に招き入れられた。

「……孫娘がいればもう少しマシなもてなしもできたのだがな」

 その夜、初日ということでエドモンドが用意してくれたらしい仕出し屋の料理を突きながら、晩酌をした。

 どちらともなく、ぽつらぽつらとロブと三郎は話した。

 三郎が召喚されてから日本はどうなったのか。

 無差別召喚された三郎がどう生きてきたのか。

 転生召喚されたロブがどう生きてきたのか。

 それは夜更けまで続き、アルセリアとパッシェも飽きることなくそれを聞いていた。

 


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