第九十七章:逆流
扉を潜った先にあったのは、とても簡素な書斎だった。
広さは八畳程度のものだろうか。
左の壁には辞書みたいに分厚い専門書を収めた本棚があって、右側には大きな窓がある。
部屋の中央にはいかにも高価そうなシステムデスクが置かれていて、ブラインドカーテンの隙間から侵入した黄金色の光が、幻想的な美しさでソレを照らし出していた。
――人の気配は全く無い。
だから僕は安全な筈で、でも、だから落胆しなくちゃいけない筈だっていうのに。
黄昏時で綺麗な筈の、その部屋が――、
「う……っ」
――気味が、悪かった。
美しい夕日に照らされた、黄金色の部屋。
何時間ぶりにか見た陽光に感動を覚えても良い筈のその書斎は、何故か呪われたフランス人形を連想させる。
――人の形をしていて、人より綺麗なのに、絶対に人では無いナニカ。
人間は、自分に似た何かを無意識に不気味だと感じる生き物だ。
じゃあきっとこの部屋は、僕が知っている何かに似ているのだろう。
「バカな!!」
僕は、何をバカな事を考えている?
そんなワケが無いじゃないか。
僕はこんな部屋なんか知らないし、知っている筈も無いし、だから気味悪がる必要なんかどこにも無い。
――なのに。
この、強烈な既視感は――、
「――――っ!!」
頭蓋を抉るような頭痛。
強烈な吐き気。
黄金色の光。
この光景は、前にどこかで――、
「…………クッ!!」
視界がチカチカと明滅している。
視神経が侵されるようなその感覚に耐え切れずに、僕は朦朧とした意識のまま、部屋の中央にあるシステムデスクに手を突いた。
犯人が未だ現れない事に対する安堵と落胆と、自分の中に渦巻く訳の分からない何かのせいで何がなんだか分からなくなる。
「…………?」
そして、その時。
僕の手は、冷たい金属の感触を得た。
ソレが、目に入った瞬間――、
「!!??」
視界が歪んだ。
未だ嘗て感じたことが無い程の、凄まじい激流が僕の意識を飲み込んでいく。
そのまま僕の思考は、滝壺に巻き込まれる木の葉のように流され続けて――、
「グッ!!!」
――瞬間。
全ての記憶が、逆流した。




