第九十五章:関所
独りになってしまった僕は、彷徨うように廊下を歩く。
――視界が暗い。
――呼吸が辛い。
殆ど死に体の身体を引き摺って、何度も何度も壁にぶつかりながら、それでも必死に出口を目指して歩いて行く。
「……う……あっ!!」
一回息を吸い、心臓が一回脈を打つ度に、脳が溶けているような頭痛に意識が朦朧とする。
一回息を吐いて、足を一歩前に動かす度に視界が暗転しそうになるから、意識を保つ為には常に思考を回し続けなくてはならなかった。
……脳裏に過るのは、やっぱり彼らの顔ばかりだ。
――彼らは、どうしてあんな死に方をしなきゃならなかった?
彼らは確かに犯罪者だった。
法の報いを受けるべき罪だって犯していた。
でも――、それでも。
彼らは彼らなりに、どうしようもないくらいに人間だったのに――。
――そう。
彼らは、人間だった。
歯車の噛み合わせが悪くてこんな事になってしまったけれど、その本質はどこにでもいる、ごく普通の人間たちだった。
「……そうだ、彼らは人間だ。
罪を犯したけれど、ちゃんとそれに値する理由があったじゃないか!!」
もう殆ど力の入らない右手を握り締める。
――僕は、まだ倒れる事は出来ない。
彼らの為にも、僕は犯人に責任を取らせなくてはならない。
そう考えると、中身がグチャグチャに沸騰してしまったような僕の頭でも、まだ何とか意識を保っていられるような気がした。
そして、扉の前に辿り着く。
「!? う……そ……、だろ?」
だが地上へと繋がる筈のその扉には、満身創痍の僕を嘲笑うように、最後の関門が待ち受けていた。
「暗…証……、番号……!?」
僕は、完全に失念していたのだ。
これまでにも何度も見た、ドアノブの真下に取り付けられた電子ロック。
たった四桁のその数字が、今の僕には決して解けない難問であるようにしか思えなかった。
「……けんな。ふざけんなよっ!!
ここまで……!! ここまで来て──!!!!」
気が付いた時には、僕はソレをメチャクチャに叩いていた。
番号の入力装置部分を、殆ど無意識で、無作為に叩き続ける。
……、絶望的だ。
こんなボロボロの身体じゃ、もうろくに動きまわる事も出来ない。
奈菜の為にも――、彼らの為にも。
僕は、絶対にここから外に出ないといけないのに――!!
「…………、へ?」
そして、つい間の抜けた声を上げてしまった。
僕の目の前にあるのは、行く手を阻む四桁の暗証番号。
正解は確率にして一万分の一。
総当りすれば途方も無い時間を費やす筈の、その鍵は――、
「……開い……た?」
無作為な僕の行動によって。
当たり前のように、開いてしまっていた。
「……、ついてるな」
――まったく、なんて運がいいんだろう。
神様が見方してくれるっていうんなら、どうせならもっと早く手を貸してくれれば良かったのに。
まあ、凄まじい確率の偶然ではあるけれど、宝くじよりはずっと期待値が高いのだし、こんな事だって――、
ホントウニ、グウゼンカ――?
「――――っ!?」
一瞬、バカな考えが頭を過ぎった。
――、偶然じゃ、ないとしたら?
もしも全てが必然だったとしたら、可能性は直ぐに何通りか上げる事が出来るだろう。
そう、例えばの話。
初めからここには鍵なんか掛かっていなかったとか、実はこの鍵はダミーで、どんな番号を入力しても開く仕掛けだったとか、或いは――、
「……っ!!!!」
頭痛が、酷くなった。
……これは、今考える事じゃ無い。
今は時間も惜しいので、ありがたく扉を開けて、僕はその先へと進んだ。




