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Criminal  作者: Dr.Cut
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第九十二章:説得

「な……に、を……」


心臓に氷を詰め込まれたような錯覚があった。

彼女の声を聞いた瞬間、彼女の感情の意味が分かってしまって、同時にそれが理解出来なくて、もうとっくに真っ白だった頭の中が更に漂白される。



――お姉ちゃん。



彼女・遠夜 亜希には、確か姉が居た筈だ。

こんなに酷い、絶望的な状況だっていうのに、それでも気にかけてしまうくらい大切な、彼女が本当に大好きな姉。


その姉を、僕がなんだって――?


――理解できない。


僕が、何を――、



「――――!?」


そこまで考えた時、ふと左のモニターが目に入った。

初めてこの警備室に入った時に亜希が見ていた、過去を映す十個のモニターの一つ。

今でも電源が落とされずに映像を切り替えている、この施設の記録を流す録画映像。



――そこに、僕が居た。



映っているのは、黒土が敷き詰められたあのすり鉢。

その真ん中には見覚えのある女性が転がっていて、半狂乱になってボロボロの髪を振り乱している。

彼女の全身は劇薬によってもうドロドロに溶けていて、蟻に集られているその手を、助けを求めるように必死にすり鉢の外に伸ばしている。


――そして、僕は。

その手の先に立っている、僕は。

すり鉢の外から、彼女が蟻に喰われていく様子を、何も出来ないままに見詰めていた――。



「亜希、まさか……」


それで、全てが繋がった。

いや、初めから薄々勘付いていたのかもしれない。

初めて亜希の姿を見た瞬間に、どうして僕は呼吸を忘れるほど驚いたのか。


……、似ていた(・・・・)んだ。


仕草や性格があまりにも違いすぎたせいで結びつかなかったが、彼女・遠夜 亜希の容姿は、蟻に喰われてしまった彼女に酷似していた。


つまり、彼女こそが。

亜希があれほど思って、会いたがっていた姉だったのだ――。


「……信じてた。

ここを出たらお姉ちゃんと会えるって。

アンタのあの言葉を、ずっと信じてたのに――!!」


「――――ッ!!」


亜希は、身を切るように叫びながら鉈を振り回す。

僕はそれをすんでの所で躱すが、その度に肌を掠めた刃が僕の身体を抉っていく。


「待ってくれ!!

僕は……、僕はそんなつもりじゃ――!!」


「うるさいっ!!!!」


僕の声を掻き消すように斬撃は走る。

立ち上がって逃げようとした時、右脚から酷い激痛が走り抜けて、それで僕は自分の太腿の筋肉が斬られてしまっている事に気が付いた。

パックリと裂けた傷口から、真っ赤な血が水漏れみたいに流れている。


――、絶望的だ。


こんな脚じゃ、今さら走って逃げる事も出来ない。

抵抗しようにも、僕の両腕は殆どスクラップ。

頭痛と吐き気が追い打ちを掛けて、視界すら歪んでおぼつかない。


何をしても、間違いなくここで殺される――!!



「信じてくれよ!!

僕だって――。僕だって彼女を助けたかったんだ!!

でも出来なかった!! 助ける手段が見つからなくて、どうしても彼女を助けられなくって、あの時は僕じゃどうする事も出来なかったんだよ!!」


「……、分かってる。

そんな事、とっくに分かってるのよ!!」


彼女は、ただ目を伏せて肩を震わせている。

彼女の心の中に降る雨が漏れ出すように。

床には数滴の涙が零れ落ちた。


「……分かってる。

アンタがどんなヤツで、だから今どんなに後悔してるのかなんて、もう知ってる。

……なんで、アンタなの? 何でアンタはそんななのよ!?

アンタが……、アンタがもっと嫌な奴だったら、こんな思いなんてしなくて済んだのに――!!!!」


速度を増して鉈が振るわれる。

今までよりも強い覚悟を感じた。

凶刃は僕の右腕を掠めて、亜希が巻いてくれた服を切り裂いていく。


「づっ!! 亜希……やめてくれ!!

君は無実なんだろ!?

僕は――、僕は確かにこんなに卑怯な人間だ!!

彼女が死んでいく姿を見ながら、手を差し伸べることすら出来なかった!!

君になら、僕は殺されたって仕方ないのかもしれない!!

……でも君は、ここを出てからも生きていかなきゃならないんだぞ!?

僕なんかを殺す為に、こんなところで罪を背負い込むなよ!!」


「――――っ!!!!」


亜希は僕の声を聞いて、一瞬だけ目を見開いた。

そして、次の瞬間には肩を落として。

俯いて、身体中を震わせながら、唇だけで何かを呟こうとしていた。



「……もう、遅いわよ」


「へ?」



――冷たい声だった。



怒り、


後悔、


悲しみ、


怨み、



どんな負の感情にも取れそうな、とても重くて暗い声。

そして、彼女は――、



「……あたし、もう人を殺してるの」



はっきりと、自らが殺人者であると告げた。

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