第八十九章:太陽
「相原……!! アンタ、何言って――」
亜希が、鋭い目つきで僕を睨みつけている。
真っ直ぐに僕を射抜くその瞳には、どうしようもないくらいに強い怒りが込められているように見えた。
両の拳は固く握られて、次の瞬間には殴りかかってきそうな程の剣幕だ。
「……ありがとよ。
キツいだろうが、その姉ちゃんよろしくな」
「っ!! バカ。アンタ、ホンットにバカ!!」
――だが、それはそこまでの話。
本当に納得がいかなくて、本気で僕に怒りを覚えているのなら、彼女は今すぐにでも踊り場に飛び出して、船橋を殴ってでもここに連れてこなくてはならなかったのだ。
それをしなかったという事は、その時点で、彼女も心のどこかで船橋の決意を認めてしまったという事なのだろう。
或いは、彼女自身もそれを自覚していたのかもしれない。
だからこそ、彼女はただ目を伏せて、こうやって肩を震わせる事しか出来なかったのだろう。
「……失敗したら、死んでも張っ倒すから」
彼女は、俯いたまま彼に背を向けた。
振り向く時に一瞬だけ見えた、彼女の横顔。
頬には薄っすらと、透明な線が入っていたように見えた。
「ナメんなよ。
あんな虫ケラ、三十匹居ても楽勝だっつの」
さっきまでと全く変わらない声色で船橋は笑う。
その顔はあまりにも泰然としていて、平気そうで、これからの彼が辿る運命を伺わせもしない。
だからこそ、僕は見ていられなかった。
見ていられなかったからこそ、僕は黙ってドアノブに手を掛けた。
「……あ~、ったくよぉ。
まただ。いつもいつも、俺はカッコつかねぇよなぁ……」
――だからこそ、それは偶然。
扉に手を掛けたその瞬間、僕は偶然に彼の声を聞いていた。
明らかに僕たちに向けられたものじゃない。
それは、ただの独白だった。
「あの時もそうだったよなぁ。
アイツを一日でもいいから、正月だけでもいいから仲間のとこに連れ出してやりたくてよぉ。
……分かってんだよ。
どんなゴタク並べたって、しょせん俺は犯罪者だ。
今さらどうこうしようとも思わねぇ。
罰を受けろってんなら受けてやるし、足りなきゃ地獄で償ってやるよ」
彼の呟く言葉の意味を、僕は半分も理解できない。
彼がどんな思いで何を言っているのか。
彼が犯したという罪の詳しい事情は、傍観者である僕には知るよしも無い。
だから僕に分かったのは、次に彼が僕たちの方を見て、閉めようとした扉の隙間から声を投げたという事実だけ。
そして、
「相原、遠夜!! お前らは、まだ自分の無実を信じてんだろ?
それなら犯人ぶん殴って、胸張ってここから出て、パンピーらしく余生を謳歌しやがれってんだ!!」
それが僕たちが聞いた、彼の最期の声になった。
扉を閉める瞬間に、僕たちが見たのは。
とうとう扉を食い破った大蜘蛛に飛び掛られて、団子になりながら階段の方に消えていく船橋の姿だった――。




