第八十五章:発想
地下一階の踊り場へと駆け上がる。
八畳ほどの広さがあるその個室には、左右と正面に合計三つの扉があり、左の扉が警備室方面、正面の扉が出口方面、右の扉がまだ行ったことの無い倉庫の区画へとそれぞれ続いている。
左と正面の扉は奥で連絡してループを作っており、正面の扉は僕たちを急かすように激しく揺れて、その向こうに居るナニカの存在を明確に誇示していた。
「相原!! どこに逃げりゃいいんだ!?」
船橋が問う。
僕は頭の奥から記憶したこの階の地図を引っ張り出して、即座に逃走経路の構築を図った。
「……よし、左の扉に行こう。
扉を閉めながら動けば、あとループ一周くらいは逃げられるはずだ」
大蜘蛛の移動速度は、どう見ても明らかに人間より速い。
ましてや、僕は手負い。
傷を負った獲物は、狩りをする捕食者の餌になるのが自然の摂理だと言える。
だが相手が知恵の無い虫であり、僕たちが万物の霊長たる人間である場合に限り、少しばかり事情が異なってくる。
……まあ、言っても大した事じゃない。
単純に手を使って扉を開け閉め出来る僕らは、閉まっている扉を食い破る事でしか移動出来ない大蜘蛛に対して少しだけアドバンテージがあるだろうというだけの、本当に簡単な打算である。
多く見積もっても、全ての扉が破壊されるまであと半周。
その間、僕たちは上手く逃げ続ける事が出来るかどうか――。
「逃げてみて、余裕があれば警備室に行こう。
さっきの鉈は使えそうだし、カメラでもう一度各部屋の様子を確認出来れば、有用な武器の有りそうな場所くらいは確認できるはずだ」
――だが、これ以上の方針は思いつけそうに無い。
何か武器になりそうな物があるとすれば右側の倉庫区画だろうが、生憎とあっちは行き止まり。
目の前に大蜘蛛が迫っている現状、いきなり向かうのは自殺行為に等しい。
「ちっ、あんま上手くねえ話だな」
そんな事は分かっている。
そもそも現状が絶望的過ぎるんだ。
この状況で一発逆転の切り札なんか、そうそう転がっている筈も無い。
「……、亜希はどうしたい?」
「…………」
問いかけるが、亜希は何も答えなかった。
彼女は眉を潜めて、顎に手を当てて俯いている。
「亜希?」
「…………」
彼女からの反応は無い。
だが、それは僕に対する無視というよりも、まるで何かを考えていて思考を割く余裕が無いというような――。
「……ねえ」
そして、亜希は不意に目を見開いた。
目を見開いて、何かを提案するように、真っ直ぐな視線を僕に向けた。




