第八十四章:逆転
思考が完全に凍り付いた。
いま過ぎった考えがあまりにもバカバカしくて、なのにあまりにも筋が通り過ぎていて、自分でも何が何だか分からなくなってくる。
「……相原? オイ、相原!! 大丈夫かよ!? まさか毒が――」
「…………、逆?」
「は?」
無意識に呟いていた。
全ての前提を崩壊させる、あり得なさ過ぎる仮定。
だが全てを説明し得る、あり得ない仮説を――。
「……二人とも。
今からバカな事を口走るけど、どうか笑わないで聞いて欲しい。
――僕たちを拉致した何者かは、この施設に狂気としか思えない罠を仕掛けた。
――その目的はおそらく、僕たちの殺害とその鑑賞。
――僕たちを逃がさないために罠を仕掛けて、僕たちを殺す為に罠を仕掛けた。
これが僕たちの共通認識だと思う」
二人は相槌も打たずに聞いていた。
――当たり前だ。
これはわざわざ確認するまでも無い事だし、いま時間を取る価値があるとも思えない。
いや、無かった。
いま、この瞬間までは――。
「……でも、違った。
逆だった。全てが逆だったんだ。
ここの罠は、中の人間を外に出さないための物じゃない。
外から来る人間を、中に入れない為の物だったんだ」
「…………、へ?」
「……、なんだって?」
二人は、目を丸くして顔を見合わせている。
当然だろう。
きっと僕だって、もしも他人から同じ話を聞かされていたとしたら、彼らと全く同じ反応をしていたに違いない。
だが今までの違和感を全て説明するには、これしか無いんだ。
「……そうだね。
例えば、分かりやすいのが暗証番号だ。
ここは研究所なんだから、危険物を扱っている下階層ほど桁が増えるのは当たり前だと思ってたけど、地下三階にマスターキーなんて仕掛けがあるのが違和感だった。
――だって、そうだろ?
地下三階の鍵が全部外れたって、地下二階に進む僕達には関係が無いじゃないか。
……違ったんだ。
アレは、僕たちに対する罠じゃ無かった。
外部から誰かが侵入して来ていたとしたら、地下三階であの悪魔と鉢合わせしていたんだよ」
他にも根拠は幾つか挙げられる。
氷室は気づいていたんだ。
――外部からの侵入者は、まず冷蔵庫を漁らない。
だから、食料に毒は入っていない。
――全ての罠は、外部の侵入者に対して仕掛けられている。
だから内側を探して仕掛けが無ければ、その扉にはもう罠が無い。
「お、おい待てよ!!
さっきからテメェは何言ってんだ!?
現に、俺たちは今アレに追いかけ回されてんじゃねえか!!
外だか中だか知らねぇけどよ、そんなもんどっちでも同じだろが!!」
――違う。
罠の対象が、根本的に違ってくる。
つまり、犯人は――、
「!?」
そこで、思考は狂ったような扉の音に遮られた。
僕たちは、揃って身を凍らせる。
「急いで!! アイツ、もう踊り場の前まで来てる!!」
少し上の段に居た亜希が、切迫した声でそう叫んだ。
僕たちは一度顔を見合わせると、大急ぎで地下一階の踊り場へと引き返した。




