第七十八章:油断
跳ね飛ばされた船橋の巨体が、激しく壁に叩きつけられる。
彼が飛ばされた辺りには、簡素なパイプ椅子みたいなモノが沢山積まれていて、それらが彼の衝突と共に爆散されたように周囲に飛び散った。
「な……?」
ナニが起きたのか分からない。
分かりたくも無いのに、妙に冷静な僕の頭は勝手に状況の整理を始めてしまう。
船橋が立っていた場所では、入れ替わったように悪魔がその身体を蠢動させていた。
砕かれ、ヒビが入って、音叉みたいにU字にヘコんだ頭を振って、突進した後の身体を休ませている。
本当に、悪い夢だ。
単純なモノほど壊しにくいというのは本当らしく、どうやら彼らの梯子型神経というのは、僕たち人間の脳みそよりも随分と頑丈に出来ているらしい。
悪魔は八つの眼球をギョロギョロと回して、品定めするように僕たちを眺め回している。
そのまま八本の脚にタメを作って、嬉しそうに牙をギチギチと開け閉めして、
「きゃぁああっ!!!」
一番近くに居た、腰を抜かしたように動けなくなっている亜希に襲いかかった――。
「――――グッ!!!」
腕に、ヌメリとしたイヤな感触があった。
――、あれ?
何だコレ――?
いつの間にか大蜘蛛の巨体は手で触れるくらい目の前にあって、でも亜希は無事でどうしてか知らないけれど突き飛ばされたみたいな姿勢で床にへたり込んでいて、その顔は何故か真っ白で僕の右腕はまるで誰かを押したみたいに真っ直ぐ横に突き出されていて――、
「相、原……。何で……」
亜希が呆然と見つめる、その先では。
僕の右腕の真ん中に、猛毒の牙が突き刺さっていた。
「あ゛、あ゛ぁあああ゛あッッッ!!!!」
――瞬間、右腕を溶かされたような激痛が骨の真ん中を貫いた。
いや、もしかしたら本当に溶けているのかもしれない。
確か蜘蛛は口が小さいから、腐食性の毒液で獲物の内臓をドロドロに溶かしてそれを啜るって、子供の頃に図鑑か何かで読んだような気がする。
……バカにも程がある。
こんな役回りはそもそも僕の柄じゃないし、僕は船橋のようにそれを平然と出来るような人間でも無い。
そんな事、とっくに分かっていた筈なのに。
どうして僕は、わざわざこんなワケの分からない真似をしているのか――。
「……が、ぁああ!!!」
あまりの激痛に、自分がナニを呻いているのかも不明瞭になる。
神経を鷲づかみにされたように腕の真ん中から痺れが広がってきて、身体中に汗が滲んで視界がグワングワンと回り始める。
そして、大蜘蛛は。
タップリと僕の身体に毒液を流し込んだ後、自分から喰われに来たバカな獲物に標的を移して――、
「――このっ!!」
その身体に、鉈の一撃を受けていた。




