第七十三章:産卵
扉を食い破るようにして、それはヌラリと現れた。
体色は吐き気を催す程の、悍ましいまでの黒。
プックリと膨れた腹は、フサフサとした黄土色の体毛に覆われて、身体の下からは針のように細い脚が八本も生えている。
「……、蜘蛛?」
知らず、言葉が漏れていた。
ああ、そうだ。見た目だけで言えば蜘蛛に似ている。
真ん丸の腹とか、ギョロギョロと回る8つの目とか、姿形だけなら熱帯地域に生息する大蜘蛛・タランチュラにそっくりである。
だが知らず語尾が上がったように、僕には断定する事が出来なかった。
――まず、大きさが異常過ぎる。
その生き物の体長は、氷室と比べた限りでは優に一メートルを超えているように見える。牙の縮尺もおかしく、監視カメラの映像では断定が出来ないが、僕の片手と同じくらいの長さがあるように見えた。
下手なナイフよりも、よっぽどよく肉に食い込みそうだ。
体内に、寄生虫でも住んでいるのだろうか。
もしくはアレは着ぐるみで、中には子供が5~6人くらいつめ込まれているのかもしれない。
蜘蛛らしきモノの腹は、ウゾウゾと不気味に蠢いているように見えた。
『――――!!!!
―――!!!
――――!!!』
モニターの中の氷室が、何かを叫んでいる
僕たちの耳には聞こえない。
この施設には盗聴器のようなモノは付いていないらしく、カメラに収められた彼の声は、残念ながら僕たちに届く事は絶対に無い。
だが激しく上下する彼の肩が、百の言葉よりも尚雄弁に彼の気持ちを表してもいた。
『――――!!!』
そして、氷室は倒れた。。
巨大なナニかに飛びかかられた彼は、あれほど長身の筈なのに、為す術も無く床に押し倒されて仰向けになる。
氷室は、抵抗していた。
始めの内は必死に抵抗して、目の前に迫る死を跳ね除けようとしていたが――、
『――――!!!!
――!!
……』
黒いナニかが、その牙を彼の首筋に突き立てると、徐々にその動きは鈍くなっていった。麻痺性の毒物でも注入されたのだろう。
やがてナニカは、力尽きたように動かなくなってしまった氷室を、見下すように一瞥すると――、
『――――!!!!』
ぷっくりとしたその腹部を、氷室の腹へと突き立てた。




