第六十九章:観察
部屋に入った僕の目が真っ先に捕えたのは、正面の壁いっぱいに埋め込まれた大量のモニターだった。
数にして、およそ30個。
証明が灯されていない薄暗い部屋の奥で、青白い画面だけが人魂のように薄ぼんやりと浮かんでいる。
それぞれのモニターは、コンビニなんかで見るような四分割になっている。
施設内の様子を絶え間なく流しているらしいが、これでもまだスペースが足りていないと見えて、画面の中の映像は数秒ごとに規則正しく切り替わっているようだ。
カメラそのものの数は、モニター数の四倍を遥かに凌ぐと考えて良いだろう。
よくもまあここまで仕掛けたものだと、妙な感心を覚えてしまった。
「……クソッ、もぬけの殻じゃねぇか」
船橋は、その部屋の中心で悪態をついていた。
おそらくはここの主が使っていたであろう、パイプ製のロッキングチェアのような物を蹴飛ばし、床にツバを吐き捨てている。
「仕方ないよ。
どうやら犯人は、僕たちを恐れて逃げたみたいだ。
予定通り、カメラの映像をチェックしよう」
――言うまでもなく、前半は船橋を宥めるための建前である。
だって犯人がこの部屋に居たのだとしたら、どんなに急いでいても最低限カメラの電源くらいは落として行く筈だ。
自分が仕掛けたカメラに姿を映すなんて、あまりにも間抜けに過ぎる。
少なくとも僕たちがこの階に着いた段階で、既に犯人はここには居なかったと考えるのが自然である。
「――、よし。操作はそんなに難しくないみたいだね。
それじゃ、二人とも。今から施設内の映像を切り替えていくから、亜希は左側の十個、船橋は右側の十個のモニターを見てて欲しい。
何か気になる物があったらお願いするよ」
「例えばコレとか?」
「へ?」
カメラの操作手順を見ていた僕は、亜希に言われて彼女の手元に目をやった。
……、鉈だ。
いったい、何の冗談なのか。
スポーティーで細身な彼女の右腕には、何故か、どういうワケなのか、恐ろしく重鈍で破壊力のありそうな、そしてまったく似つかわしくない筈なのに妙に似合って見える、刃渡り二十センチ以上はありそうな巨大な鉈が握られていた。
「それ、どうしたのかな?」
「ん? なんかあっちに転がってたんだけど……。
役に立ちそうだし、別に持っててもいいでしょ?」
「……、…………」
……、気になる。
何でこんなものが、仮にも“警備室”に転がっているのか、確かにどうしようもないくらいに気になる。
でも、取り敢えず言っておきたい事は――。
「……、そうだね。
そういうのに限らず、おかしなところがあったら教えてほしい。
……モニターの中でね」
説明不足だったみたいなので丁寧に言い直して、僕はロッキングチェアを起こして操作パネルの前に座った。
幸いにして、パネルには親切にも“切り替え”や“停止”など、分かりやすくテープでラベルが張ってある。
罠が無い事を必要十分に確認してから、僕は慎重に機器を操作して、手動で画面を切り替える事にした。
さて、何か手がかりは――、
「な、何だよあれ!? 嘘だろ!?」
三回ほど画像を切り替えたところで、船橋が悲鳴に近い声を上げた。
反射的に切り替えを止めて、僕は船橋が見ている画面へと視線を映す。
――そして、その映像を見た瞬間。
あまりの光景に、全身の血が完全に凍り付いた。




