第六十七章:突入
この施設でもう数え切れないほど見た、何の変哲も無い白い扉が見える。
地図が警備室と示すその部屋の前で、僕たちは慎重に息を殺しながら目配せし合っていた。
突入の前に、先ずは自分たちの状況を再確認しなくてはならないだろう。
まず船橋の手にあるのが、僕が渡した点滴台だ。
土台も無く軽いそれは、鈍器としては非常に頼りない代物だが、折れて槍のように尖った先端は刺されば十分な殺傷能力を発揮する。
何よりも彼の体格と合わせると、下手な刃物よりもリーチが図抜けて長いという点が好ましい。
亜希の手には、地下二階から彼女が携帯している点滴台がある。
こんな性格でも、彼女は一応女の子だ。
武器を持たせるのは少々気が引けるところもあったのだが、片腕しか使えない僕よりはきっとまともな打撃を繰り出してくれるに違いない。
……無傷でも僕より強そうな気もしないでもないが、情けないので考えるのはやめにする。
そして僕の右手に収まっているのは、ここに移動する途中で罠として使われていたバタフライナイフだ。
罠として使われた刃物は折れたり欠けたりしてしまう事が多く、まともに使える質の物がこれ一本しか手に入らなかった。
怪我が酷く、点滴台では十分な殺傷力が見込めないと思われたので、誰が使ってもある程度の傷を負わせる事の出来る刃物は僕が持つという事で合意している。
「突入する前に、いくつか確認しておきたい。
まず、ここの警備室はそんなに広い物じゃないみたいだ。
中に居る人数は、多くても精々が三人くらいだと思うけど……。
船橋。アンタ、何人くらいまでなら相手出来る?」
「バカにすんじゃねぇ。
拳銃でも出されなきゃ、三人どころか三十人居ても負けやしねぇよっ!!」
船橋は、グッと拳を握りこんで意気込む。
あ~……。
相手が本職の警備員とかなら別じゃないかとか、色々突っ込み所のある発言ではあるが、まあ取り敢えずは大丈夫みたいだ。
今まで罠に銃の類いが使われた事は――、無かったよな?
「……分かった。それじゃ、突入はお願いするよ。
どうせ、扉を一度に潜れる人数は一人だけなんだ。
僕と亜希は入り口で待ち伏せして、船橋が取り逃がした犯人がいたら捕まえるって方針でどうかな?」
「安心しな。一匹も逃がしゃしねぇからよ」
獰猛な笑みを浮かべる船橋は、絶対の自信を持ってそう言い切る。
――まあ、ある意味この男も本職の人だ。
僕たちを気にする事がない分独りの方がやりやすいだろうし、独りで居る限りは多分大丈夫だろう。
「船橋、頑張りなさいよね?
あたし、無実なんだから。
間違ってもあたしにこんなの使わせて、余計な罪とか背負わせないこと。
……約束だからね?」
「それと間違いなく、僕達の行動は犯人にはばれている。
逃げるか、罠を張るか、或いは武器を用意するかくらいはしてるはずだ。
……突入する時は、くれぐれも気をつけて欲しい」
「おうよ、任せとけ」
そのやり取りが合図になった。
船橋は警備室の扉を蹴破って、点滴台を金属バットのように振りかぶりながら部屋の中へと突入していった――。




