第六十五章:黒土
「船橋、氷室は――?」
「小部屋にぶちこんで来たわ。
ま、しばらくしたら目ぇ覚ますだろ。
んで、これからどうすんだ?」
症状の進行具合を聞いたのだが――。
こういう言い方をするという事は、きっとあまり変化も無かったのだろう。
油断は出来ないが、取り敢えずは安心していい筈だ。
「そうだね――。
幸い出口も近いし、まずはなんとかこの施設から脱出しよう。
――と、言いたいところなんだけど。
その前に、出来る限りは犯人と治療薬を探すべきだと思う」
多少回り道になるかもしれないが、仕方がない。
氷室は善人とは言い難い男だったが、それでも見殺しにするのは忍びないし。
……何より、これはもう氷室だけの問題では無いのだ。
氷室と一緒に行動していた以上、僕たちだって細菌に感染している可能性があるのだから――。
「――ったりめぇだろうが!!
こんな施設造ったイカレ野郎、野放しにしとけるかってんだ!!」
「……ふーん。
アンタでも一応、アイツを助けてやろうとか考えるんだ。
いいんじゃない? それで」
この二人にとっては、これはわざわざ確認するまでもない事だったようだ。
今は話が早くてありがたい。
「――ありがとう。
それじゃ、早く先に進もうか」
ドアの前に跪いて、手元の機械を操作する。
――、良かった。
いちおう最悪のケースも考えたが、番号を入力すると、扉を閉ざしていた電子ロックはあっさりと外れてくれたらしい。
「おし。そんじゃ、行こうぜ」
その扉が、乱暴に開かれる。
三人になってしまった今、彼にも何か思うところがあるのか。
船橋は、率先して扉の先へと進んでいった。
僕もそれに続こうとして――。
不意に、おかしな物を見た気がした。
「……、ん?」
不審に思って、目を細める。
開かれた扉と床板の間。
五ミリくらいの、本当に小さなその隙間。
そこに、奇妙なモノが挟まっている事に気が付いたのだ。
「……、土?」
――そう。
そこに挟まっていたのは、熱帯の森林に敷き詰められているような黒土だったのだ。
腐葉土、だろうか?
よくよく見るとこの辺りの床一面に、薄っすらとその土が散らばっているように見える。
……、おかしい。
こんな地下の研究施設に、いったいどこからこんなモノが紛れ込んだというのか――?
殆ど無意識に、僕は地図を取り出してしていた。
調べるべきは、地下三階と地下二階の間取り。
それを比べると、今僕が立っている床の真下にあるのは――。
「相原? ナニしてんの?
船橋、もう行っちゃったよ?」
そこまで考えたところで、階段からは亜希が引き返してきた。
……、これ以上待たせるのも悪いか。
「――、ゴメン、すぐ行くよ」
ちょっと考えれば、すぐに結論は出る事だ。
ただ、今だけはその答えに目を瞑って、僕は逃げるように地下一階への階段に駆け出した――。




