第六十四章:理由
地図を広げて、これからの道順を確認する。
現在僕たちが居るのは、地下一階に続く階段の前だ。
階段に入る為の扉には六桁の暗証番号が設定されているが、それは船橋によって既に発見されている。
ここからの道のりを考えれば、ようやく生還が見えてきた事になる。
「はい、相原。これが暗証番号」
ややあって、ようやく亜希がツルツルした紙を持って戻ってきた。
番号を持ってくるだけにしては、やたらと時間が掛かったような気もするが――。
「な、ナニよその顔!! 仕方ないでしょ!?
アイツが資料ごちゃごちゃにしちゃったんだからっ!!」
――ああ、なるほど。
そういえば氷室は、亜希に掴みかかる前に散々に資料を破ってぶち撒けていた。
あの散乱した資料の中に混ざってしまったのだとすれば、確かに時間も掛かるというものだろう。
「ったく、アイツも何を考えてたのやら。
あんな病気、隠してたってはた迷惑なだけじゃない」
「僕達にとってはね。でも、氷室には他の選択肢は無かったんだよ」
――細菌兵器。
貧者の核兵器とも呼ばれるこの武器が核兵器と根本的に異なるのは、それが対抗手段とセットになって初めて使用可能になる物だという事だ。
兵器として使えるレベルの感染症が、最終的に使用者の元に戻って来てしまったのでは目も当てられない。
細菌兵器が存在しているのなら、その治療薬がここで開発されている可能性は十分にある。
既に感染してしまった氷室が助かる為には、なんとか僕たちに気づかれずに犯人に会い、治療薬を手に入れる以外の方法が無かったんだ。
「なによそれ。
結局、自分だけ助かろうとしてるだけじゃない!!
一言相談してくれれば、あたし達といっしょに犯人とっちめるだけで済んだ話でしょ!?」
亜希はあからさまに不機嫌だった。
でもそれは、自分が感染していたかもしれないから怒っているというよりは、氷室が自分に何の相談もしなかった事が許せないといった感じの言い方に見える。
なんだかんだ言っても、彼女は面倒見のいい性格なのだろう
「同感だよ。
……確かに、ちょっと違和感がある気がする」
眉間にシワを寄せる亜希に和みつつも、僕の頭はもう別の思考を紡ぎ始めていた。
――そう、例えばの話。
ここは、生物兵器を作っていた研究施設なのだ。
先ほど僕たちは、手分けをしてこの階を捜索した。
ならば万が一、そこで治療薬やその手がかりくらいは手に入る可能性だってあった筈ではないか。
流石に治療薬そのものがあると考えるのは、少々楽観的に過ぎるだろう。
だが、実際に細菌に関する資料は亜希が見つけている。
少なくとも、何か治療の手がかりが見つかる可能性はゼロでは無かったはずなのだ。
なのに氷室は感染を隠し、自らその可能性を不意にした。
彼がそうした理由は何故なのか。
いや、違う。
そうしなくてはならなかった理由は、何なのか――。
「……まったく。
そんなにあたし達が信じられなかったっての!?
犯罪者かもしれないから!?」
亜希は心底頭にきたらしく、僕の肩に掴みかかって声を荒げる。
……、いや、だからそれを僕に言われても困るんだって。
そう思った時だった。
「よう、邪魔するぜ?」
踊り場の入り口の方から、熊のような大男が戻ってきた。




