第六十三章:適所
「…ぁ……ぉ……っ!!!」
気絶するかと思った。
背中じゃ無い。
いや、まあ、おそらくは手形が付くくらい思いっきりぶっ叩かれた背中も十分以上に痛いのだが、問題なのはその衝撃が脇腹とか左腕とかと連鎖反応を起こして、全身に未だかつて経験した事も無い程の大打撃が――!!
「……なんか悪巧みでもしてくれてるのかと思ったら。
まったく、そんな身体でナニが出来るってのよ!!」
涙目になって床に突っ伏す僕に向かって、いかにも「怒ってます」といった態度でソッポを向く彼女。
――いや、というかちょっと待て!!
「ちょ――、今、のは、いくら、なんでも――」
「うるさいっ!!
アンタ、さっき自分で『こんな状況じゃ、心配された方が怒る』って言ってたじゃない。
あたし、今ちょ~どそんな感じなんだからッ!!」
「――――ッ!!」
――き、キ~~ンとした!!
全身の痛覚だけでも限界だっていうのに、聴覚までもが許容量をオーバーしてマジで頭痛までするし、というかコレ本気で失神しても誰にも文句言われないと思う。
「アンタのクセがなんだって? お生憎様!!
そんなの、コッチはとっっっくの昔に分かってるの!!
アンタが率先して危険に突っ込んで、氷室殴り倒してあたし助ける?
ゴメン、それムリだから。
ぜんっぜん、まったく、これっぽっちも想像出来ないから。
いい? アンタには、あんな男前な行動なんか1ミリも期待してないの。
アンタにはアンタにしか出来ない事があるんだから、愚痴ってる暇があったら姑息な手で人様ハメて暗黒微笑でも零して高笑ってなさいってのよこのウスラバカァ!!!!」
「つ……っ!!
わ、わかった、わかったから、ちょっと落ち着いて……」
物凄い勢いでまくしたてる彼女を、あちこち痛いのを我慢してなんとか宥める。
……というか、酷すぎるだろコイツ。
僕が同じ学校だったら、マジメに不登校になりかねないぞ……。
「……まったく。
ちょっとは頼りになるかと思えば、あちこち抜けてるんだから。
はぁ……。兄とか姉とかって、みんなこうなのかな……」
その後も軽くトラウマになりそうなくらい僕を詰った挙句、彼女はそう言って言葉を切った。
……、僕にしか出来ないこと、か。
まあ、それもそうだ。
古今東西いつだって、生き残るのは卑怯者か臆病者って相場が決まっている――。
「……、ありがと」
だから、一言だけそう呟いた。
イロイロと言いたい事はあるが、今言うべき言葉としてはこれが一番妥当に思えたから。
やり方は随分と乱暴だったけれど、きっとこれが彼女――遠夜 亜希なりの、精一杯の励まし方なのだろう。
「ふ、ふん。
わかれば、いいのよ」
そう言って、彼女はまた不機嫌そうにソッポを向く。
……、まったく、素直じゃない。
そんなに耳まで真っ赤なんじゃ、横を向いても照れ隠ししているのがバレバレだっていうのに――。
「よし、それじゃ早速仕事をさせてもらおうかな。
亜希、船橋が持ってきた暗証番号っていうのを見せてくれないか?
ああ、暗証番号だけでいいから。“大事そうな資料”は無しでお願いするよ」
生来の軽口を叩き、地図を広げる。
――さて。一休みしたし、最初からフル回転でやらせてもらう事にしよう。
先ほどはああ言ったけれど、正直な話、考えなきゃならない事はまだまだ山積みなのだから――。




