第五十九章:怒声
「遅いっ!! 何やってたのよこのカタツムリッ!!」
扉に戻った僕は、開口一番亜希に怒鳴られた。
……カタツムリは、おそらくノロマという意味だろう。
流石にそこまで遅くは無いと、声を大にしてそう言いたい。
「ゴメン。例の荷物が、思ったよりも負担でね。
傷が熱を持ち始めたから、楽になるまでちょっと休んでたんだよ」
取り敢えず、即座に良い訳だけは練り上げる事にする。
まあ一応嘘はついていないし、大丈夫だろう。
それに、こうして彼女にも責任があるような言い方をしておけば、きっとそうそう攻撃される事も――
「はあ!? あのくらいの荷物で何言ってんのよ!?
……と、いうか。あんた、その荷物はどうしたわけ?」
「…………」
誤算だった。
今の言い訳でここまで非難できる人間が、まさかこの世に存在しようとは……。
「だからゴメンて言ってるじゃないか。
大体あんなガラクタ、なくなっても別に――」
「ガラクタぁ!?
ちょ、あたしがわざわざ探して来た資料を、アンタいま──」
「おーい、そのくらいにしとけ」
顔を真っ赤にして怒鳴る亜希を静止して、船橋が会話に入ってきた。
――って、ん?
「あれ、船橋? その顔……」
よく見ると、船橋の左っ面には痣のようなものがあった。
船橋は罠避けも持って行かなかったし、もしかすると罠にでも掛かってしまったのだろうか――?
「ん? ああ、コレか?
安心しな、罠じゃねぇよ。
そこの穣ちゃんが、お前が遅いから探しに行くって聞かなくてな。
お前なら大丈夫だっつったんだが、こう――、止めた時にだな……」
「な、なによっ!!
アンタがどさくさに紛れて変なトコ触るからでしょ!?
あたし悪くないもん!!」
「あー……」
なんか、物凄く想像できた。
……悪い事したな。
…………。
うん。亜希よりも先に、この男に謝っておくべきだったかもしれない。
「……なによ、その顔。
言っとくけど、アンタが遅かったのが悪いんだからね?」
亜希はピクリと眉を動かし、ジト目で僕を睨みながら言う。
「? だから、そう言ってるじゃないか。
大体、亜希はそれだけ僕を心配してくれてたって事だろ?
感謝こそしても、責める資格は僕には無いよ」
……いや、まあ。
被害者の事を考えると、“悪くない”という部分には完全には賛同しかねる部分もあるのだが……。
「なっ!! だ、だだだ、誰がアンタの心配なんか――!!」
「じゃぁどうして俺を殴ったんだテメェはよぉぉおおおッ!!」
あ~。
なんか、このやりとりもテンプレになってきたな……。
仲がよくなってきたって解釈しておく事にしよう。
「やれやれ、痴話喧嘩も大概にしておけ。こちらとしては、聞くに耐えん」
酷い頭痛に頭を抱えた時、階段の方から氷の様な声が聞こえた。




