第五十八章:仮眠
頬に冷たいデスクの感触を感じた。
気付かないうちによっぽど疲れていたのだろう。
どうやら、デスクに突っ伏してうたた寝をしてしまったらしい。
「……、こっちが夢ならよかったのにな」
ため息混じりにポツリと零す。
どうやら、人間は弱ると思い出に耽りやすくなるというのは本当らしい。
あんな何でもない日常が、今ではとても尊いものだったように感じられる。
「――って、バカか僕は」
言いながら、気合を入れるように頬を叩いた。
――そう。あの日々を尊い物だなんて思ってはいけない。
だって僕は、もう直ぐその日常に戻るのだから――。
「……、奈菜、心配してるよな。
帰ったら謝らないと」
……うん、そうだな。
謝るついでに、帰ったらちょっと奮発して旅行にでも行こうか。
貯金も残ってた筈だし、バイトのシフトを増やせば、近場で一泊くらいならなんとかなるはずだ。
拗ねたような顔をしながらも、久しぶりの旅行を楽しみにしてはしゃぐ奈菜の姿。
幸せな未来をイメージしてから、僕は完全に意識を切り替えた。
「……これは、ここに置いて行こう」
デスクの上に散らばる資料を見て、呟く。
この資料が意味するところは未だ分からないし、彼らにわざわざ無用な混乱を与える必要も無い。
資料について聞かれたら、罠を避けた時に紛失したとでも言おう。
「ちょっと遅くなったな。亜希に殴られそうだ」
軽口を叩いてから、僕は地下一階への階段の前へと歩きだした。




