第四十八章:手提
「あ~、もう!! 置いてけばいいんでしょ!? 置いてけば!!
ほら、船橋。それさっさと捨てて。
――あっ、あと相原。アンタはコレ持って」
僕と氷室が必死の説得をする事、約五分。
どうやら、亜希は渋々ながらも英断をしてくれたようだ。
それはいいけどね、亜希。思い出したように僕に押し付けてくれているこのトートバッグは、いったいなんなのかな?
大量の紙が入っているせいで、妙にずっしりと思いんだけど。
「? 見れば分かるでしょ?
大事そうな資料を沢山見つけたから、手当たり次第持って来たんだけど……」
心底不思議そうに、コクンと首を傾げながら呟く亜希。
いや、首を傾げたいのはコッチなんだけど。
……主に、君の頭の中とかのコトについて。
「……僕、怪我人なんだけど」
「うん、だから?」
「……、…………」
――殺してる。
コイツ、絶対誰か殺してる。
「船橋。アンカーは置いていく事になったんだし、代わってくれる優しさとかは――」
「俺も怪我人だ」
船橋はわざとらしくミミズ腫れをさすりながら、チラリと氷室の方を見た。
これはもしや、
『俺に怪我させたんだからコイツに持たせろ』
……なんていう意思表示のつもりなのだろうか?
「……、氷室?」
「自分の女の荷物くらい、責任を持って自分で持て」
氷室、もとい元凶その2は、明らかに分かっている顔でそんな事を言う。
その1のワガママ娘よろしく、どうにも僕の事を気遣ってくれる様子は無い。
「それでは、先に進むか」
途方に暮れる僕を無視しながら、階段の方に向かう扉へと手を掛ける氷室。
そして彼は、躊躇う素振りすら見せずにそれを開けてしまった。
「なっ――!?」
呆気に取られた。
――この罠だらけの施設で、よく確かめもせずに扉を開ける。
今のは、この男の行動とは思えない程の軽率さだった。
「何を惚けているのだ――ああ、なるほど。
貴様はそう考えたか。
クックックッ。だが、そんな訳があるまい」
僕の困惑を完全に見切った顔で、そしてそれを嘲笑うかのように、氷室はクツクツとした笑みを貼り付けながら扉の向こうへと消えていった。
「? どうしたの」
「…………」
考え込む僕に、亜希が聞いてくる。
どうやら彼女は、今の氷室の行動を特に意に介してはいないらしい。
「……、いや、なんでもないよ。先を急ごう」
――あの扉に、罠がある筈が無い。
氷室が得たらしい確証に未だ謎を残したまま、僕は鞄を右肩に掛けて後に続いた。




