第四十七章:荷物
「さて。いつまでも雑談しててもしょうがないし、そろそろ先に進もうか」
それぞれの素性も大体把握し、話も一段落したので僕はそう切り出した。
「異存は無いな。やれやれ。随分と無駄な時間をとらされたものだ」
「いちいち文句つけねぇと動けねぇのか、テメェは」
「だからやめなって!!
それにコイツ、性格悪いけど役に立ちそうでしょ?」
「…………」
……、うん。
どうやらこの僅かな時間で、三人も随分と打ち解けてくれたらしい。
口を開くたびにこんなに険悪で物騒な雰囲気になってくれるなんて、なんてチームワークが抜群で素晴らしい仲間たちなのだろう。
それぞれの素性も含めて、一緒に行動するのが泣きたくなるくらいに頼もしかった。
「あ~、と……。
それじゃ、取り敢えず先に進もう。
地図によると、地下二階への階段はあの扉の向こうみたいだね」
そこはかとない頭痛に頭を抱えながら、僕は点滴台のパイプを片手に立ち上がる。
氷室も哨戒中のカメレオンのように気怠い雰囲気で立ち上がって、亜希と船橋もそれぞれの荷物を持ってそれに続いて――って、あれ?
「そういえば、随分前から気になってたけど……。
二人とも、なんか随分と大荷物だね」
今更ながら、僕は二人の荷物を指さして言った。
見ると、亜希は大きめのトートバッグのような物を肩から下げていて、中には大量の紙みたいな物が詰まっているらしい。
それはそれでツッコミどころ満載ではあるものの、まだなんとか流せない事もない。
でも、船橋。あんたのそれはマズいだろう。
そのゴツい右手に掴んでいる巨大なアンカーと、そこから繋がって左手に束ねているぶっとい鎖。
そんな物、あんたは一体どこから持ってきてしまったというのだ。
「あん? ああ、これか。
こりゃさっき、この姉ちゃんが持ってたヤツを押し付けられたんだわ。
なんか、腕疲れたからアンタが持てとかなんとか――」
「なんて横暴な……」
――じゃなくて。
どうして亜希はそんなモノを持っていたんだ?
「それ、一番最初に仕掛けられてた罠だったの。
あたしが起きた部屋には、初めはもう一人居て、でもドアを開けた瞬間にそれが上から降ってきて――。
う……、ちょっと!! 嫌なこと思い出させないでよ!!」
口を開くごとにどんどん顔色を悪くしながら、亜希は吐き気を堪えるように口元に手を当てて俯いていた。
あ~、なるほど。
よく見ると確かに、アンカーには赤黒い血糊がべっとりと付着してしまっているみたいだ。
……脂肪や脳漿っぽい跡まで残っているのを見ると、それはもう、スイカも真っ青なくらいにパックリと割れたのだろう。
「ま、でも。それはそれで役にも立ったけどね。
こう――それをブンッて思いっきり振り回すと、周りから罠がビュンビュンビュン!! って……」
「振り回した――?」
身振り手振りで、大げさなジェスチャーを交えて言う亜紀。
それで僕の頭に蘇ったのは、彼女と出会う直前に聞いた何かを殴りつけるようなあの音だった。
あの時は、まだ罠に気付いていないのか、或いは何か別の意図があったのかと推測したものだったが――。
彼女の口ぶりからするに、恐らく種も仕掛けも考えずに、本当に手当たり次第に罠を破壊してここまで生き残ってきたのだろう。
……なんという破壊消法。
「……置いてゆけ」
氷室が、眼鏡を上げて冷静な突っ込みを入れる。
「――へ? でもコレ、結構役に立つし……」
「……置いて行こう」
僕もすかさず氷室に賛同する。
亜希は不満顔で、なんか苦楽を共にした相棒のような目でアンカーを見ているが、それでも断固として認める訳にはいかない。
……無鉄砲な彼女にあんなモノを持たせて、滅菌室の扉とかに穴でも空けられたら洒落にならないからである。




