第二十八章:研究
部屋の中に広がっていたのは、実験室の様な景観だった。
中央のロングデスクの上に並ぶのは、無数のフラスコやビーカー。
スラントや液体培地、滅菌装置などの、初歩的な微生物学の実験に使えそうな用具の数々までもが、まるでさっきまで使われていたかの様な無作為さで置いてある。
壁際の棚は薬品棚になっているらしく、信号機やルービックキューブを思わせるラベルの貼られた瓶が、所狭しと鎮座していた。
……出来れば抗生物質の類いを探したいところだが、厳重に掛けられた鍵を見る限り、諦めた方が良いらしい。
「ほう。もう少し驚くかと思ったが、思いの外冷静なのだな」
まるでここの主の様に、この場にピタリとハマる容姿をしたこの男が、平然とした様子で僕に問う。
「……、まあね」
僕は、大げさに肩を竦めてみせた。
「これだけ薬品の臭いが充満してるんだ。
ここが病院か研究所だっていうのは、ある程度予測はしていたから。
……、でも、そうだね。
ここで作られていたモノを見れば、僕もちょっとは驚くかもしれない」
薄汚れた部屋を眺めながら、続ける。
部屋そのものは酷く汚れていて、ろくに掃除をされた様子も無いが、実験器具には明らかに最近使われたような痕跡があったからだ。
……オマケに奥にあるらしい滅菌室は、今でも鋭意活動中らしい。
――犯罪者が監禁されていた施設で行われている、謎の研究。
……この字面を見て、ポジティブなイメージを抱ける人間が居るなら会ってみたい。
「……ふむ、なるほど。
まあ、そのくらいは気付いて当然であったか。
――おっと、コレは使えそうだな。
一本受け取るがいい」
実験室を眺めている僕に、氷室は部屋の中をゴソゴソと掻き回しながら、一本の棒を投げ渡した。
――コレは、点滴台、だろうか?
完全に折れてしまってはいるが、多分フックの付き方からして間違いは無いだろう。
なるほど。確かに、罠避けとしては申し分ない代物だった。
「……、どうした? 浮かない顔だが」
――それはそうだろう。
これで、ある程度確定してしまったのだから――。
「まぁよい。
――しかし、なるほど。
貴様は、私達が監禁されてからも研究が続いていたと見るか。
私は倒産寸前の研究所を、どこぞの暇な金持ちが貸し切ったものかと思ったのだが……」
「…………」
一理、ある。
氷室の論理でいくと、つまりこの状況は、狂った富豪の娯楽か何かだという事なのだろう。
僕は怨恨の線かと思っていたが、今の時点では何とも言えない。
「まあ、ここで考えても仕方ないよ。
結論が出る訳も無いしね。
ところで、一つ気になっていた事があるんだけど……」
「……そうか。私もだ」
――さて。
そろそろ、この疑問を解いてもいい頃合いだろう。
「「連れはどうした?」」
計らずして、僕達の声は重なった。




