第一〇一章:祝日
そんな日々が続いている内に、僕は大学生になっていた。
本当は、当初は進学する気なんかサラサラ無かったんだけど。
当たり前だ。そりゃ、高校はいいさ。
成績に応じて授業料免除なんてところが、どこの地方にだって最低一個くらいはあるんだから。
ずっと“良い子”を張り通してきた僕にとっては、そんなの大して難しい事でも無かったしね。
……でも流石に大学となると、授業料完全免除なんていうのはちょっと難しい。
奈菜の進学の事もあったし、だから生活費の為に就職しようって、僕は二年の夏くらいからそう決めていた。
その僕が進学する羽目になってしまったのは、ひとえに担任の先生の責任だったな。
まあ、よくある話だ。
授業料を免除してまで生徒をかき集めている学校っていうのは、裏を返せば、どんな手を使ってでも進学実績を伸ばしたがっている会社なんだっていうこと。
あの教師もその被害者だったというか、生徒の実績がそのまま出世とやらにも影響しているらしく、高校三年になった瞬間からしつこく僕に進学を勧めてきたのだ。
『相原、もったいないぞ? お前なら絶対受かるから!! 諦めるなよ!!!』
『今どき高卒なんて働き口ないぞ?
本当に生活費が欲しいんなら、頑張っていい大学に入るんだ!!
それがお前のためなんだから!!』
……ホント。あの胡散臭い激励は、他にどうにかならなかったのかな。
やる気が低迷して、逆にモチベーションを保つのに苦労したものだ。
まあ、何にしても。彼のご高説にはある程度の筋が通っているって分かってもいたし、確かに高卒じゃ就職に困りそうだっていうのも事実ではあった。
結局。お優しい先生が、親切にも僕の学生ローンや奨学金の手続きを手伝ってくれると仰ってくれたので、僕は説得される形で少し無理のある大学を受験させられる羽目になってしまったというわけだ。
……まさか本当に受かるとは思ってなかったけど。
一応、彼の名誉の為に言っておくと、実際にこれは僕にとってもプラスになった。
何しろ肩書きに弱い日本人の事だ。
大学に入ってからは、学校のネームバリューを使えばバイト先には困らなかったしね。
高校時代に比べて時給は跳ね上がったし、奈菜の学費を工面したって、ある程度の貯金くらいは出来るようにもなった。
お陰様で、大学に入ってからは今までにないくらい遊びまわったな。
受験明けで吹っ切れた友人たちに連れられて、飲みなれない酒に舌を浸す日々。
正確には当時はまだ未成年だったのだけど、そんなの気にする奴なんかどこにも居ない。
――夜通しあちこちに連れ回されながら、内心ではいつも思ってたな。
大都会が珍しいって事もあったし、いつか奈菜も同じ場所に連れて行ってやりたいって、ね。
だから地元から離れて初めて迎えた、彼女の誕生日に。
前日の飲み会で泥酔しながらも、彼女を寮に呼んだのは、もしかしたら無意識に僕がそれを願っていたからなのかもしれない。
「全く……。
パーティーの準備でもしてくれてるのかと思ったら、部屋の掃除も出来てないんだもん。
……言っとくけどあたし、スッゴく怒ってるからね?」
――暑い、暑い、暑い、夏の日だった。
忘れる筈も無い彼女の誕生日。
不覚にも爆睡していた僕を訪ねて、彼女は寮にやってきたのだ。
……このところ、この日の為にバイトのシフトを増やしてたから。
前日には飲み会まで入ってしまったせいで、自室は殆ど壊滅状態だったのだけれど。
彼女はそんな僕をわざわざ訪ねて、部屋の片付けまでしてくれたのだった。
――まあ、その、
かなりご立腹ではあったみたいだけれど……。
「了解。でも、そうだね。
せっかくだから、シャンパンとクラッカーが欲しいな。
食べ物も、ケーキだけっていうのは味気ない。
買って来るから、ちょっとだけ待っててくれないか?」
「うん、わかった♪
楽しみにしてるね」
――こんな何でもない事でも、彼女は本当に嬉しそうに笑ってくれる。
それは、もしかしたら、それだけ豪華な誕生日を知らない事の裏返しなのかもしれないけれど――。
それでも僕は、いつもこの笑顔に救われてきたんだ。
だから彼女の期待に応えてやろうって、僕は急いで近所のスーパーへと向かった。
……、この事を、何度後悔したのか分からない。
どうして、僕は――。
この日、彼女を寮に呼んでしまったのだろう――?




