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13-03 翼持ちし者 2/2

「アウサルよ、ちと肩を貸せ」


 ユランはそれに混じらなかった。

 声色に真剣なものを混じらせて俺の肩へと着地する。ユランは軽いのでさほど重さは気にならない。


「少し気になる点がある」

「気になる点か、想像以上にかわいくて戦争の道具にするのが惜しくなった、とかか?」


 少なくとも俺たちの目の前にいるこの子供を戦いに巻き込むだなんて、誰1人として賛同しないだろう。

 しかしパパか。パパなんて呼ばれたのも、それを嬉しいと感じたのも生まれて初めてだ。悪くないかもしれない。


「違う。まあ、天使の平均を遙かに越える容姿ではあるがそうではない。……アウサル、天使はな、生まれると同時に絶対服従の祝福――いや、呪いをサマエルに刻まれるのだ」

「それはつくづく悪趣味な創造主もいたものだ。それで?」


「うむ……。その呪いはどこにいようと自動的に、強制的に発動する。だがおかしいのだよ、この天使には……なぜかはわからんがそれが発現していない……」


 神様の世界の事情など俺にわかるはずがない。

 ただ推理材料として見ればなかなかの価値があることは認めよう。


「アンタが天の牢獄とやらに封じたんだろ、その悪しき創造主様を。全ての種族を悪神から救うために」

「そうだ。牢獄から外へは力が及ばない。でなければ牢にならんからな。だが、そうなるとやはりおかしい……」


 何が言いたいのだろうか。

 確か表向きの神話では邪神ユランがサマエルに封じられ、地上に平和が訪れたということになっている。

 その邪神に味方した、ヒューマン以外の種族は大陸中央を追われ、それぞれは今の辺境に押し込まれたと。

 ああ、確かにそれは少しおかしいな。ならユランは……。


「ならば1000年前のあの時、我と雌雄を争い、相打ちとなったアレは……本当に創造主サマエル本人だったのだろうか……」

「さあな、モグラごときにはわからん話だ」


 一方的に封じられたのではなく相打ちになっていたのか。

 というのが人間ごときの感想だろう。

 事情を知らぬ俺からすればむしろ朗報だ、今生まれた天使の現状もまた悲観ではなく無事を喜ぶべきことだった。


「そんな返答があるか、つれないぞ……。もう少し相談に乗るふりくらいしておけ」

「ならば消去法で言おう。今生まれた天使にその絶対服従の呪いが発動していない、この事実からものを見よう。……つまり、創造主サマエルは、アンタの陥れた牢獄の中から動いていない。あるいは逃れることに成功したが今はその力を失っている、そのどちらかだ。理屈はわからんが、健在なら呪いがかかっているはずなんだろ」


 どちらにしろ俺にはよくわからん話だ。

 俺からすればユランは神というよりも傲慢不遜なお人好し、神々しいと思ったことはあるが神として見ているかと言えば否だ。

 人間ごときの俺に神々の尺度など無い、悪いが相談されてもまるでわからん。


「ああ……そのはずだ……。だから我が輩は、その呪いを解除してやるつもりで孵化させた……。むぅ……わからん……何がどうなっているのだ……」


 ところでだ、俺はふと小さな足音に気づいた。

 そこに渦中の中心人物がいた。

 純真無垢の心と白き翼を持つ幼き者、その天使が俺の足下に抱きついてきたのだ。


「ぱぱー、ままー」

「だからパパではない、俺はモグラさんだ」

「ママでもないぞ、我が輩はユラン、反逆の邪神ユランだ」


 まあ通じるわけがない。

 言ってる意味がわかりませんと、幼い天使があどけなく首をかしげた。

 ……愛らしい。そこは認めよう、逆らいようがないほどにこの子はかわいいと。


「あっ、ところでこの天使ちゃんの名前を付けませんと!」

「それは名案だ。これだけかわいい子だ、最高の名前を付けてあげないとな」

「でも名前……名前……うーん……。あ、ユラン様は何か考えていらっしゃったんですか?」

「……いや、全く考えてなどいなかったぞ。名前とな」


 俺は天使を抱き上げてユランのではなく、パフェ姫のベッドに腰掛けさせた。確かにこれは……この羽根は最高の触り心地だ。

 それから皆で名前を考えた。それが当然ながらなかなかに決まらない。


「ならリゼというのはどうですか? 短い方が呼びやすいですし、逆にうちなんてパルフェヴィア・ニル・フレイニアなんて長い名前で困ってます」

「その気持ち私もわかる。しかしだからこそ略称で呼んでもらえた時の喜びもまたあるがな」

「ジェシカ……うーん、なんか大人っぽい響きで合わないかな……サーヤ、というのはどうですか?」


 どの案にも賛同の意見が上がらない。どの名前にも決め手が欠けていた。

 どうも天使らしくない気がするそうだ。


「あ。アウサル様なら別世界の天使の名前に詳しいかも」

「別世界のか、それも悪くないかもしれないな」

「お願いしますアウサルくん! この子にどうか、天使らしいお名前を!」


「普通の名前でいいのではないか……? まあ聞かれたからには答えるが……末尾に、エル、フォンを付けることが多いな。さらに呪われた地で発掘された卵、そこから生まれた天使となれば……そうだな」


 ピンと来る名前が今浮かんだ。

 しっくりくるではないか、彼女らも俺の前置きに期待を込めて視線を集中させてくれた。


「スコエルというのはどうだ」


「すこ……え、何ですか、すみませんよく聞こえませんでしたボク、もう1度お願いします」

「アウサルお前……。まさかスコップで掘り当てたからスコエル、などと安直でセンスのかけらもない話を始めるなよ、この子の将来がかかった名前なんだからな!」


 期待は裏切られると怒りに変わる。

 ルイゼもフェンリエッダもパフェ姫すらも不満と不機嫌を呈していた。


「ダメか」

「ダメに決まっている! スコルピオのクズとも響きがかぶる、却下だ!」

 

「わかった、ならばコプエル……スコフォンでどうだ?」

「響きがよくありません。アウサルくん、まずはスコップから離れて下さい」


 スコップから離れろか。

 確かに女の子の名前に泥臭いスコップ要素は必要なかったか。ならば……うん。


「わかった、モグラエルでどうだ」

「……はい、やっぱりアウサル様は抜きで決めましょう」

「そうですね、女の子にモグラだなんてうちガッカリです、こんなにかわいくてふわふわなのに……」


 ならばなぜ聞いたのだお前たちよ……。

 そうしてああでもないこうでもないと続けていると、栗毛の幼天使も退屈になったのかゴロゴロと一人遊びを始めてしまっていた。


「ならばもうこの際だ、ユランに決めさせるといい。なにせ、ママだからな」

「ユラン様にか。いいかもしれないな、少なくともエルフの中ではそれは光栄なことだ、そうしよう」


 ちなみにそのユランだが、またとっ捕まって抱きまくら代わりにされていた。

 まったく小さなママもいたものだ。


「はぁぁ……少しでも貴殿に期待した我が輩が愚かだったよ。ならば我が輩が決めてやろう、いいか、よく聞け。この子の名は……異界の伝説にもある、天駆ける聖剣、ティルフィンだ! まあ略してフィン、といったところか」


 ところで何だ、ユランよ。

 その物言いはまるで、本当はもう決めてあったとしか思えない具体性を秘めていやしないか?

 異界の剣ティルフィンか、その神話も後で詳しく教えてもらわなければならん。俺たちはそういう契約だからな。


「フィン! 悪くないわ!」

「そうですね、呼びやすいですしかわいいです。ボクも賛成」

「さすがはユラン様です。アウサル、これがネーミングセンスというものだ、使徒ならよく見習え」


 皆も満場一致で納得していた。

 これは何か様子が変わったようだ、これならかまってもらえそうだ、とフィンが1人遊びを止めて起き上がった。


「ままー」

「むぅ……ママではないと何度言えば……。もう好きにするがいい……フィン」


 それから胸の中の抱き枕、もといユランが再びギュッと抱き直された。

 よくわからんが結局ママ扱いを受け入れるそうだ。


「今日からあなたはフィンよ! よろしくねフィン!」

「お、おお……ままー?」


 その推定3歳児フィンをパフェ姫が抱き込むと、どうもそのパフェ姫までママ扱いの洗礼を受けていた。

 竜族のユランよりはよっぽど母親らしい。姫は愛情豊かな人だからな。


「クックククッ……そうだぞ、そやつもお前のママだぞフィン。やれやれ……おかしな天使を拾ったものだ」

「ず、ずるいですよ! ボクもママとか呼ばれたい!」

「ああ私も同意しよう。この子が相手なら私はママになれる!」


 パフェ姫が天使フィンを抱き寄せたおかげで、ユランは拘束を逃れ自由の身となった。

 竜の翼を羽ばたかせて己の寝床に移動して、これがどうも寝直しに入ったようだ。


「パパー」

「何だ? おい……何を……おわ……」


 ところが落ち着きがない。幼天使フィンはパフェ姫の胸を抜け出して俺の前にまたやって来た。

 何が目当てなのかわからないが、さも当然だと俺に抱きつき、なぜかよじ登る動作を始める。

 その際に背中の羽根がパタパタとたどたどしく上下した。


「では俺は発掘の仕事をやり直す。よって今日は早寝だ、この子の世話は……パフェ姫、悪いがユランのついでに頼んだ」

「それはもう喜んで! ふぁぁぁ~~っ、ルイゼちゃんにユラン様だけでもたまらないのにさらにこんなかわいい子が増えるだなんて……! ア・ジールは天国ですわっ!!」


 人の胸元によじ登ったフィンを下ろそうとするとジタバタと暴れる。

 絶対に下りない、と主張するがしょせんは3歳児体型だった。それをパフェ姫の胸に押しつけておく。


「待てアウサル、姫に任せるのはどこか心配だ……私も手があいたらまめに通うぞ」

「ぼ、ボクもお休みを取ろうかな……。鍛冶場はブロンゾさんとライトエルフさんたちがいればどうにかなるし……こんなにかわいいとフィンが気になって仕事が手につかないです……!」


 ちなみにユランは抱卵に疲れたらしく熟睡していた。

 俺も寝よう、フィンを中心にした賑やかな集まりに背を向ける。


「ままー、ままー、ぱぱー」

「アウサル様、フィンちゃんが行くなって言ってますよ」

「そうよアウサルくん、明日の出発は遅くてもいいじゃない」

「フィンが帰るなと言っている、それでもお前はここから立ち去るというのか? 父親の風上にも置けない……」


 天使ティルフィン生まれる。

 不思議にも生まれながらに人々から愛される。


「俺は子供のあやし方など知らん。まあ……それでもいいならもう少しだけ付き合おう」

「ぱぱー、きゃっきゃ♪」

「か、かわいい……かわいいですっ、ずるいですよーっアウサル様ッ」


 だがこの天使、後から考えればやはりただの天使ではなかったようだ。

 天使の成長を見守り育むこと、これは言うほど簡単なことではなかったのだ……。


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