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7-05 亡者の集う黒き溜め池、遺産を用いて亀を釣る

 セイクリットベル奪取計画は結局1ヶ月の仕込みが必要になった。

 それまで俺はひたすら穴を掘り、往復も少しずつ難しくなっていったのでトンネル内で眠る日々が続いた。


 しかしある問題によりここしばらく作業が延期になっていた。……1つは道具と鍛冶師だ。

 スコップというスコップを原型止めぬところまで使いつぶしてしまい、これ以上農具を潰すなとグフェンからのストップが入ったのだ。


 代わりの道具を買い入れたいところだがそうもいかない。侯爵がダークエルフとの商取引を禁止してしまっていた。


 なのでそこから先は作業を中断し、大詰めとなっていたベルの奪取計画に俺も力を傾けることにした。

 綿密に段取りを決め、今日という日のために陰謀の準備を積み重ねた。



 ・



 サウスの町には地下オークションがある。

 アウサルが横流しした財宝や、荒野という中立地帯を経由した各地の財宝がこの地に集まるため、好事家なら知る人ぞ知る穴場だ。


 今朝、セイクリットベル奪取計画が始動した。

 言い出しっぺの俺はこうして地下オークション会場に潜り込み、年に数度のお祭りムードに包まれている。


 それがおかしな世界だった。

 賓客用のゆったりとした座席が均等に並び、それが中央の舞台に向けられている。

 素性のわからぬ紳士淑女がそれにもたれかかって、そわそわとこれから始まる地下競売に期待をよせていたのだ。


「お客様、よろしければワインでもいかがでしょうか。この地で採れた20年物でございます」

「結構だ、悪いが酒で判断力を落としたくない」


 互いに素性を明らかにしないというのがここのルールだそうだ。

 酒を勧めるボーイに口元だけで微笑み返し、念のため自分の仮面をかけ直した。


「そうですか。ならばお紅茶をお持ちしましょうか」

「……いやいい。それもトイレに行きたくなってしまうからな」


 己の席からボーイを追い返した。

 シルクの手袋と燕尾服で呪われた肌を隠し、アウサルの蛇眼でそれとなく標的を探す。


 全ては侯爵という亀を釣るためだ。

 誰も彼もが顔を隠しているので、万一見落とすことがあってはならない。

 ……今のところ姿が見えなかった。


 さてオークションについてだが、スコルピオ侯爵の財力なら代理人を立てる手もある。何がなんでも競り落とせと、そう命じれば良いのだ。

 だからそうはならないように、国外の金持ち方に出品を宣伝しておいた。


 今回の地下競売にライバルが多数来席する。

 その噂を知った侯爵がようやく出席を決断したと、だいぶ前に間者からの情報が入った。

 やっと亀を釣り上げるチャンスが来たわけだ。


「おや見慣れないお姿です、どちらからいらしたのですかな? ワシは北の辺境の者なのですがね、良ければ世間話でもどうですかな」


 また声をかけられた。

 今度のはかなり位の高そうな痩せ老人だ。身なり、言葉、態度の全てに気品が溢れている。


「西です。これがとんでもないド田舎の出身でして、内心ヒヤヒヤとしています。貴方はここに詳しそうだ」

「大丈夫ですよ、大半のことはこの仮面が隠してくれますので。……ところで、もしや貴方もアレがご目当てですかな?」


 こっちは本物の田舎者だ、ボロが出ていないか心配になる。

 侯爵との付き合いもあるので上辺は理解しているものの、まさかこうして貴人のふりをすることになろうとは……。


「アレですか。アレというと……」

「ええわかっていますよ。貴方もわざわざ遠方から来たご様子だ、アレが出回ったとなれば、国で大人しくなどしていられませんでしょうとも」


 金に糸目を付けないタイプに見えた。

 あのオカマ侯爵と競り合って苦しめてくれる人となれば、考えようによっては味方だ。現金な好意を覚える。


「……無粋ですが、軽く転売するだけで莫大な利益となりますからね。額が額なので私のような成り上がり者程度には難しい商材でもありますが」


 紳士に微笑みかける。彼も俺の餌に群がる有象無象の1つというわけだ。

 謙虚な言葉で入札の意欲を演じておけばそれらしいだろうか。


「何十年も前のことですが、ワシはある国の国王にアレを一晩だけ借りたことがありました。まあ、身内の不幸を哀れんで下さったのです。ですが、アレは、アレはなんと申しますか……恐ろしい逸品ですよ、本当に……」


 それはデミウルゴスの涙と呼ばれている。

 ちっぽけといえばちっぽけな宝石で、持ち主に合わせて色彩を変える。

 最大のその特徴は、それを身につけて眠ると望む夢を見ることが出来るという奇跡的な性質だ。


「ええ、あまりのその力に破滅する持ち主も多いそうですね。……そこでついた名前が偽りの創造主(デミウルゴス)の涙」


 人を魅了して止まない、だが限りなくヤバいブツ。

 親父はこれの価値を知りながら世界に放出するのをためらった。不幸をまき散らすに等しいことだ。


「ホホホッそこまでご存じでしたか、全く恐ろしい石ですな。……その世界にたった2つだけの石が、まさかいきなりこんな辺境にその3つ目が現れようとは……ああ、あのアウサルが隠し持っていたという話にも納得ですよ」


 そうだ、価値のわからない彼らから転売屋が買い上げた――という筋書きになっている。

 呪われた地が出所なら裏付け確認も最小限で済む。

 立ち入ることが出来ないが、石の効果は本物だという結論に落ち着くのだ。


「おや、やっと始まるようですな。それではお互い楽しもうではありませんかフフフッ」


 舞台の前に司会が立った。

 ウサギ衣装のガールが本日最初の競売品を台へと運び、続いて部屋の明かりが減って、舞台の燭台の方に火が灯される。


 最初の商品は有角種の角だそうだ。ゼファーのものと違って黒ずんでいるので真偽はわからない。

 彼らは結界の中に閉じこもっているので、一部の地域では一定の価値が付くそうだ。気持ちの悪い話だ。


 金貨20から始まって95。景気良く値上がりしてゆく光景を眺めながら、俺は標的スコルピオ侯爵の姿を探す。

 居ない……ギリギリまで現れないつもりか……?



 ・



「一度も賭に加わってはいないようですな、やはり目当ては次のデミウルゴスの涙ですか。他には興味が沸かれませんでしたかな?」

「ええ、私はそれ目当てで来ましたので」


 気づけば隣の席があの痩せ老貴人になっていた。

 もしかして気に入られてしまったんだろうか……。


「ならやはりライバルというわけですな。おお、来ましたよ、ついに本日最後の……おお、見て下さいアレを……っ」

「本物です。しかし見れば見るほど不思議な石ですね」


 なぜ現れないのだ侯爵……。

 彼に合わせて舞台を見る。そこに小鳥の卵のようにも見える青い宝石があった。

 それを司会がバニーに手渡すと、色彩を桃色に変えたのだ。老貴人だけではなく誰もが驚き目を丸め、会場が大きなどよめきと興奮に包まれた。


「本日最後の商品はこちら、デミウルゴスの涙。眠る者に望む夢を見せ、この通り持ち主に合わせて色合いを変える珍品中の……珍品! お代はまさかの金貨500からのスタートです!」


 やはり居ない……しくじったか……?

 ここに侯爵が現れないようならこの先の計画も全てご破算だ。

 まさかここ1ヶ月の苦労がただの金貨になり果てるというのか……。


 遠方から来た連中はデミウルゴスの涙が目当てだ。

 瞬く間に掛け値が1000を超え、今1500の大台に上った。

 だが俺たちの目当てはセイクリットベルただ一つ。

 金はいらん、むしろ払ったっていいから侯爵を出せ。ヤツからベルを奪わねばニブルヘルに未来は無い。



「2000よっ!!」



 その時だ。会場の後方入り口が慌ただしく押し開かれ、聞き覚えのあるオカマ声が響いた。

 ヤツだ。やっと愚かな亀が釣られに来た。

 見れば悪趣味なバタフライマスクをかけて、よっぽど急いでやって来たのか息を荒げて、無粋な足取り足音で地下競売に飛び入る。


「あれは……あれはもしや、ここの領主ではありませんかな?」

「ええ、そのようですね」


 この会場を訪れてより心から笑ったことなどない。

 その俺がニヤリと自分らしい笑みを浮かべていることに気づく。


 合いたかったぞスコルピオ侯爵。

 俺にあれだけの傷を負わせたアンタが、まんまと俺の前に引っ張り出されたんだ。

 この事実を知ったらアンタは悲鳴を上げて逃げ出すだろうか。


 今すぐ、アンタに襲いかかって後悔させてやりたい。その憎悪の感情を抑えた。

 困ったことにヤツを殺すと状況がこじれてしまう。

 今の目当てはあくまで、俺たちからニブルヘル砦を奪った、あのベル1つだけだ。


 ここで絶対に奪い取らなくてはならない……。


「2000。2000が出ました、上はおりますかな。2000、2000です。……無ければデミウルゴスの涙はあちらの方のものに――」

「……2500だ」


 腕を上げてボソリとつぶやいた。

 ヤツに悟られてはならないので低い低い声で。


「に、2500っ?!」


 隣の老貴人が驚愕する。

 ア・ジールとニブルヘルが逆立ちすれば出せない額ではない。……払う気など元より無かったが。


「ぐっ……2600!」


 侯爵が額を上乗せしてこちらに寄ってくる。


「じゃあ3000だ、金貨3000出す」

「なっ、なななっなによアアタッ、さ、3000ですってっ?!」


 そこでもう事実上の一騎打ちになった。

 侯爵は俺の斜め後ろに立ち、のぞいてみれば食い入るような目付きでデミウルゴスの涙と、俺を交互に睨んでいた。……鬼の形相だ。


「何も問題ないわ……出せるわよっ、3300、いいえ3500出すわ!」

「こっちは3800だ」


 間髪入れず口を挟んで上乗せしてやった。

 侯爵の口からギリリとでかい歯ぎしりが鳴り響き、興奮しきった足取りが俺の隣に現れる。


「3800ってアアタッ、ふざけんじゃないわよっ!! アレはアタシが買うのッ邪魔ァすんじゃねーわよォッ!!」

「何を言ってるのです。どなたか知りませんが、ここでそんなわがままが通るわけ……ぐっ!」


 さらに挑発すると襟首を掴まれた。


「そんなもの知るもんですかっ! こっちは首がかかってんのよっ、アアタ1人くらいぶちっ殺してでも落札してやるわよっ、ここはアタシの土地よっ文句なんて言わせないわ!」

「嫌ですね。貴方の土地だなんてそれこそ何様ですか、そんな横暴が通るわけないでしょう」


 こちらもスコルピオ侯爵の胸元を掴み返す。

 ……しかしつい笑ってしまった。

 あくまでそう見せかけただけで、俺はやつの懐を確認し、目当てのブツを盗み取った(・・・・・)のだから。……やはり持ち歩いていた。


 幸いそのベルは音が鳴らぬよう布に包み込まれている。

 感触だけではハッキリしないが間違いない。これこそヤツらの切り札、策略を重ねてでもどうしても俺たちが奪いたかった物だ。


 ならばこんなの笑うしかないではないか。1ヶ月の執念が実ったのだ。

 俺は侯爵よりセイクリットベルを奪い取った。


 もうここに用などない。暴君の横暴に応じて競売を下り、計画の第2段階に入ろう。ベルのついでに、俺たちはニブルヘルの隠し砦も返してもらうのだ。


 今は生かしておいてやる。だからもっと苦しめ、俺は拷問の恨みを忘れてなどいないぞ。


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