5-2 邪神ユランと怪物アウサルの逢瀬(挿絵あり
「アウサル……アウサル……。ああ酷い傷だ……大丈夫かアウサル……」
目覚めればまたあのユランの楽園にいた。
ただ俺だけが場違いに傷ついて、やわらかな草むらに寝そべっている。
「大丈夫だ……今日のはいつもよりハードだったけどな」
「嘘を吐け、これが無事な傷なわけがあるか! わ、我が輩は……我が輩は……我々は一蓮托生ではなかったのか!?」
でかい竜が似合わないくらいうろたえている。
ときおり涙を堪えるようにそのまぶたが閉じ、しばらくユランが動かなくなる様子が見えた。
「そんな約束はしていない。ならこれからはそういうことにしようか、アンタと俺は……一蓮托生だ……」
「ああ……! ぅ……それで、身体は方のどうなのだ?」
今日は素が出る日のようだ。
まるであのルイゼみたいに心細げにこちらをうかがう。でかい赤竜が。
「……良くないな。ヤツら、思った以上に俺のことを怖れているみたいだ。だからバカみたいに痛めつけてくる……。足かせは無駄にでかいし、足の爪をやられてこれが、どうも立てない……。まあそれも目当てだったのだろう……」
「ぅぅ……我が輩が、私がお前にあんな願いをしなければ……。いや、しかしっ……、どうやって逃げ出すというのだ、その状態で!」
相変わらず善良な邪神様だ。
俺みたいな使徒1号までそう気づかっていたら切りがないだろうに……。
「さてな、どうしたものか……。はぁ……しかし、しかしここは良いな……美しい世界だ……あの場所に劣らない、まさに楽園だな……」
来る日も来る日も薄暗い地下牢の中では気が変になる。
俺が正気を失わずスコルピオに対して常に強気を保っていられるのは、きっとこの世界があるおかげだ。
「ここは……ここはもう楽園ではないよ……。ここはもう実在しない世界なのだ……」
だがしかし、ユランからすればそうではなかったようだ。
悲しげに辺りを見回してつぶやいていた。
「わた――我が輩の思い出の中にある場所……。けれど、本当のここはもう消えた。もうないのだ……」
「消えた……? なぜ消えたのだ……」
この邪神様が自分のことを語るなんて珍しいことだ。
この場所でユランが俺に望むのは、弱き種族たちの救済、そればかりだった。
「…………」
竜がそのまま黙り込んでしまった。
しかし俺は堪えようもない興味を覚えて、悪いがユランに催促を投げかけることにした。
「教えてくれ……。何だか話していると痛みがまぎれるのだ……。それにアンタの話が聞きたい。アンタの反逆の伝説……それと、それより以前のアンタが、何をしていたのか、とか……」
とにかく別のことが良い。
読書好きの俺からすればユランの語る全てが最高の本そのものだ。
「自覚していないようだがアンタは生ける神話そのものだ……。俺が命を賭ける、アンタの神話を聞かせてくれよ……」
「ぅ……仕方ないな……やれやれだ。ずいぶん好奇心旺盛な使徒を持ってしまったものだな、フン……」
調子が戻ってきたらしい、ユランが鼻で笑った。
それから語る内容を選んでいるのかしばらく黙る。
俺としては何だって良い。
伝説そのものから、伝説を語ってもらえるのだから。
「……そうだな。かつてここは……この楽園と貴殿が呼ぶ場所は、世界の中心だった。あらゆる種族がこの都で、争うことなく平和に暮らしていたのだ」
といっても草木と湖と太陽しかここにはない。
都と言われても……まあ、彼女の思い出の世界なのだしそういうものなのだろう。
「そんな夢みたいな世界が本当にあったのか」
だがそうなるとわかる。
なぜなら俺は隠し砦地下であの壁画を見ていたのだから。
確かに壁画には全ての種族がユランと共にあった。
「だがそれを良く思わない者がいたのだ……」
「サマエルか。この世界の創造主と唄われる、ヒューマンの神だな」
ユランが首を縦に揺らして静かに同意した。
それから瞳をまた閉ざし、その竜顔を何となく苦悶させる。
「たった一瞬のことだったよ。たった1度の光が都を飲み込み……人の住めぬ死の荒野にそこを変えた」
閉じた瞳が再び開かれ、この幻想の楽園を見渡す。
「生き延びたのは我1人……。エルフも、ヒューマンも、獣人も有角種も巨人も……全て白い灰へと変わり果てた……」
「白い灰に、荒野か。何だ、それはまるで……」
そこまで言われれば推測が付く。
なぜそこにユランが眠っていたのかはわからないが。俺はそこからユランを発掘した。
「そうだ。貴殿の住む呪われた地と呼ばれる魔境……。その地こそが我らの千年王国の跡地なのだ……」
「なるほど。悪いが面白い……面白いぞ、アンタまさに生ける神話だ。……いやすまない、ユランには辛い話か」
その光が神の呪いを呼んだのか。
だがおかしいな、ならなぜあそこから異界の異物が現れるのだ。
「もう過ぎた話だ……ここまでしてくれた貴殿になら、話してやっても良いと思っている」
「そうか、それは嬉しい。実際に痛みも和らぐ……あらゆる種族が平和に暮らす国か……すごいな」
それを完全にこじれ切ったこの土地で再現出来るとは思えないが、あの地下遺跡にはその希望がある。
傷を癒して、脱獄して、何としても仲間の元に返らなくてはいけない。
ユランの神話が俺に野望の欠片をくれた。
「だが今でも不可解なのだ……。サマエルは……天の牢獄の奥底で眠っていたはずなのだ……」
エッダは気にするだろう。
ルイゼもまだ幼い、俺という頼りどころを失って困っているだろう。
ラジールは……アイツは平気そうだ。立派な武人だからな。
「……待て、牢獄で、眠っていただと? ソイツ創造主なんだろ、ならなんで、この世で1番偉いヤツが牢獄にいるのだ?」
そこで飛びきり興味を引かれずにはいられない話が転がってきた。
今やコイツしか知らないのではないかというほどの、まさに神話中の神話が。
「ククク……アウサルよ、創造主が善良だと誰が決めたのだ。もし……もしこの世界の主が、悪意の塊のような存在だったら……貴殿はどうする……?」
「ああ、最悪だな。どうするもこうするも、どうにかしたいと考えるだろう」
そう語られると納得できる部分があった。
このサマエルと呼ばれる絶対神は、ヒューマンの聖典から見ても何かと……あまりにやり過ぎなのだ。
信仰心をいたずらに試したり、試練と称して地震を起こしたり、世界を何度か洪水で洗い流そうとしたともある。
それが善良な行いかと言えば、確実にNOだ。
「最初の種族は巨人族だった……。ヤツが生み出した巨人族はここ地上に都市を築き、魔物の住まう生まれかけの世界を、その力そのもので切り拓いていったが……。いささか暴力的で、あまり信心を持たず、言ってしまえば頭が悪かった……」
それは滅んだとされる巨人のことか。
ユランの壁画にもいたな、今も世界のどこかに生き残っていないものだろうか。
存在そのものに夢がある。
「絶対神サマエルはそんな彼らを失敗作と断定した。たった1晩にして己が独断で、文明ごと全てを滅ぼしてしまった……。わずかな生き残りも天使たちに狩られ、ごくごく少数の生き残りを残し、地上の表舞台から消されたのだ」
なるほどだから滅びたのか。
失敗作……傲慢な言い方だ、滅ぼされる巨人側に立ってみれば特に。
「容赦ないな……」
「……次にヤツが作ったのは有角種と獣人だった。獣人は巨人の身体能力を引き継ぎつつ、温厚な性質を持たせた。一方の有角種は身体の代わりに、知能に秀でた種として生み出された」
次の種族その2つも今や地上の支配者とは呼べない。
ダークエルフ同様に世界の端へと追いつめられている。
「だが獣人はその温厚過ぎる性質と、豊か過ぎる身体能力が仇となり向上心に欠け……やがて有角種に支配されることになった。……そして、それを支配した有角種も、賢さゆえに傲慢となり、やがて信仰心さえも失っていった……」
どちらの種とも会ったことがない。
その特徴的な性質にも興味を引かれる。
「で、それも失敗扱いになったというわけか」
「そうだ、サマエルはこの2種族を滅ぼし、旧種族の良いところを掛け合わせて今度はエルフを作り……だがその後、早々にエルフにも失望したヤツはヒューマンを生んで、あろうことか地上での生活を優遇した……」
それはエルフからすれば悲劇、ヒューマンからすればえこひいきしてくれる希望の神となったわけか。
たまったものではないな……確かに善神とは呼べないかもしれない。
まるで、生き物を生み出してはそれをもてあそぶ、悪魔か子供そのものだ。
「エルフという完璧な種族を、ヒューマンという不完全な種族が倒す。もはやそれは実験というヤツの言う名目すら失われ、完全に人形遊びの次元にまで落ちたのだ」
「だからそれを封じた……?」
だからユランは反逆した。
邪神と呼ばれる道を選んだというのか。おお、悪いがやはり面白いではないか……。
「ああ、我ら絶対神の使徒たちはサマエルを罠にはめ……天の獄に封じ眠らせたのだ。そして我が輩たちはその責任を果たすため天より地上に堕天し、生き延びた5種族たちを守って暮らし続けた」
…………。
……。
「だがその平和な時代も、目覚めるはずのない、天獄より抜け出せるはずのないヤツにより終わったのだ。……ん、どうしたアウサル、眠いのか?」
すまないユラン、時間が来たらしい。
起きるのは嫌だ、あそこには戻りたくない、ずっとここに居たい。そんな弱音がつい浮かぶ。
ここでユランの伝説をもっと細かく、より詳細に聞き続けていたい。
「フフ……聞きたいと言い出したのは貴殿だろうに、仕方のないやつだ……」
「……すまん」
話が終わると急に身体が痛んできた。
ああ辛い、また目覚めれば苦しみの時間が始まる……。
「……仕方ない、その傷を特別に癒してやる。この姿を人前にさらすのは、しゅ、趣味ではないのだが……。仕方ないことだよな……?」
朦朧としているとユランが世界から消えた。
ああいよいよ目覚めが来るのだ……。
「アウサル……こんなに傷ついて……。貴殿はつくづくバカな男だ……」
しかしどうもおかしなことが起こっていた。
誰かが寝そべる俺の隣に来て、同じようにピッタリと添い寝し始めたのだ。
誰かが俺の身体をやさしく抱き寄せて、スベスベとしたやわらかな肌が苦痛に満ちた全身を包み込む。
「貴殿はここで力尽きてはならない」
……それだけで痛みが消えた。
あるのは人の温もりと、柔らかな弾力と、確かな鼓動の加速のみだ。
「今の私は……こうして傷を癒してやることしか出来ない……。だが、いつかどうか……お前が仲間の元に返れる日が来るまで……」
眠気が開眼を拒んだが、何とかそれに逆らい薄目を開けた。
するとそこに……赤い……何かがいた……。
焦点がぼやけてよくわからない……。
「何者かが残したあの遺跡……お前が呼ぶ、反逆の地下帝国に、いつか帰れる日が来るその日まで……私がお前を守ろう……。諦めるな、いつか貴殿にも再起の時が来る……そなたは私、邪神ユランの使徒なのだから」
その日より俺に走る痛みが半分に減った。
まるで誰かが、ユランが痛みを肩代わりしてくれているかのようだった。
挿絵が抜けていたので追加いたしました。




